第33話 戦い。
ついに、ボルドビア軍による砦への攻撃が始まった。
砦の中は大混乱に陥っていた。そんな中を、リリアは傷を負ったジェラルドの元へと向かう。
わあわあと絶え間なく聞こえてくる兵士達の怒号と共に、金属が擦れ合う音や馬の嘶きに交じって敵なのか味方なのか分からない断末魔の叫び声が時折リリアの耳に飛び込んで来る。その度、耳を塞ぎその場に蹲ってしまいたいと思う衝動に何度も駆られる。
だが、リリアが立ち止まることはなかった。そんな彼女の両側を、固い表情を浮かべたガルロイと、同じく顔を強張らせたルイが彼女を守るようにぴったりと寄り添っていた。
「危ない!」
ガルロイが咄嗟にリリアを庇い小さな体を抱き込んで壁際へ避ける。不意に通路の角から人影が飛び出してきたのだ。リリア達の横を、弓兵隊が血相を変えて駆け抜けて行く。ガルロイは兵士達の後ろ姿をひどく思いつめた眼差しで追う。
「姫様!」
突然リリアの前に片膝を付いた。
「ガルロイ?」
驚くリリアをガルロイはまっすぐな眼差しで見上げる。
「しばしの間、お側を離れることをお許しください!」
「えっ……」
「ジェラルド卿が倒れられた今、この砦の兵士達は皆、動揺したまま戦っています。私一人が加わったところで何かが変わるとは思いません。ですが、私も騎士の端くれ、この砦の兵士達と共に戦いたいのです」
「親父?!」
驚いたのはリリアだけではなかった。ルイも酷く狼狽しているようだった。
しかし、リリアはすぐに表情を引き締め、覚悟を決めて口を開いた。
「ガルロイ、私は大丈夫です。私には戦のことは何も分かりません。ですが、この砦の将軍であるフリッツ将軍が『眠り病』で倒れ、ジェラルドの容態も分からない状態の中で、兵士達が不安な気持ちのまま戦っている事だけは分かります。だから、ガルロイ。あなたは思うままに動いてください。剣術大会で優勝したことのあるあなたが共に戦ってくれると分かれば、きっと皆も頼もしく思うでしょう」
気丈にもリリアはガルロイを安心させるように微笑んだ。ガルロイは強く握った右手を胸に当て、リリアに向かってさらに頭を下げた。
「有難いお言葉、痛み入ります。私の命を懸けて、援軍が到着するまでの間、なんとかこの砦を持ちこたえさせてみせます!」
ガルロイは立ち上がると、絶句しているルイの耳元へ口を寄せた。
「……ルイ、姫様を頼んだぞ。もし、万が一、この砦の中へボルドビアの兵達がなだれ込んでくるような事態になれば、おまえは何としても姫様を連れ、王都へ逃れるんだ。いいな?」
ルイが息を飲むのが分かった。
だが、ガルロイの真剣な眼差しを受け止め、大きく頷(うなず)く。
「……親父も、無理はしても、無茶はしないでよね!」
「ふん! 外で親父と呼ぶなと言っているだろう。さあ、早く姫様をジェラルド卿のところへお連れしろ」
「了解!」
リリアとルイは再び駈け出した。その後ろ姿を、後ろ髪を引かれる思いでガルロイはしばらくの間見つめていたが、強い光を瞳に灯し、二人に背を向けると、兵士達が走り去った方角へ足を踏み出したのだった。
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