第27話 宴。

 ボルドビア国とローラン国との戦は、今のところ小康(しょうこう)状態(じょうたい)にあった。

 理由は、ローラン国の二か所の砦を奪ったボルドビア軍が、その砦に籠ったまま不気味な沈黙を守り続けていたからであった。

 そんな中、縁あってローラン国の王城に身を寄せていたクロウは、国王オリオール・ド・ローランの呼び出しを受けた。

 だが、何故かローラン国の衣装に着替えさせられることとなった。熱い砂漠の国らしいゆったりとした白いシャツと白い下履きを身に着け、腰には金色の布を巻く。さらに、袖の無い紺色の上着を羽織らされた。そんな姿で案内された部屋の扉が開かれた瞬間、クロウは目を見張る。

 室内には十数人の女達が控えていたのだ。ほとんどの女達は肩や腰の辺りが露わになった煽情的な衣装を身に着けていた。


「まあ! 素敵なお方」

「珍しい黒髪に、綺麗な容姿をされているわ!」 


 扉の外にいるクロウの姿を目にした途端、女達の間で騒めきが起こる。


「……何だ? ここは……?」


 クロウの眉間に深い皺が刻まれる。彼は部屋には入ろうとせず、そのまま背を向け立ち去ろうとした。


「ローラン国の女達だ。どの娘も美しいであろう?」


 突然、若い男の声が廊下に響いた。その声の主は、オリオール国王、その人であった。彼の背後には近衛隊隊長のラファエロと将軍アンリが控えている。


「! おっと、どこへ行くおつもりですか?」


 オリオールの横をすり抜け立ち去ろうとするクロウの腕を、アンリが掴んだ。

 

「……」


 無言のまま冷ややかな目を向けるクロウに、アンリは溜息をつく。


「お気持ちはお察しいたします。ですが、折角陛下があなたを労おうとこの宴のために集めさせた娘達です。ほんの少しの間だけでも、楽しまれてはいかがです?」

「……俺には、あんた達の考えていることがまったく理解できん」


 腕を掴んでいるアンリの手を振り払うと、クロウは引き留める声を無視して歩き出す。その時、一人の女が慌てた様子で部屋から飛び出してきた。亜麻色の髪の女だった。

 

「あの! 待ってください!」


 女はクロウを必死で呼び止めようと声を張り上げる。

 だが、クロウの歩みは止まらなかった。女は意を決した表情を浮かべると、歩き去るクロウの元へと駆けだした。

 そして、クロウに追いつくと、彼の前に回り込んだ。肩で息を吸いながらクロウの行く手を阻むように両手を広げる。そこでやっとクロウの足が止まった。


「先日は、ありがとうございました!」


 クロウが口を開こうとしたその瞬間、突然女はお礼の言葉を口にし、深々と頭を下げた。

 背後に居たオリオールとラファエロ、そしてアンリが『おや?』と驚いた表情を同時に浮かべ、二人の様子を見守っている。


「私は、サラと言います。あなたのお陰で、私も聖堂の中にいた子供達もみんな無事だったんです! 奇跡としか言いようがありません! 本当にありがとうございました!」


 その言葉でクロウにも思い当たることがあったらしく、険しい表情がふと和らぐ。


「……そうか、無事であったのなら良かった。だが、わざわざそんなことを言う為だけに、ここまで来たのか?」

「はい。どうしてもお礼が言いたかったんです。あなたがお城にいるという噂を聞いたので、来ました。それであなたに会わせて欲しいとお願いしたら、なぜかこのような服に着替えて、こちらの部屋で待つようにと……」


 顔を赤らめ、恥ずかしそうに体を隠そうとしはじめたサラの姿を見て、クロウはすぐに自分の上着を脱ぐとサラに着せる。

 そして、その様子を少し離れたところから楽しそうに眺めているこの国の若い王を睨んだ。

 だが、オリオールは反省するどころか、満足そうにクロウへ頷いてみせる。

 この男とは一生意思の疎通は図れないだろうと判断したクロウは再びサラに向き直った。

 

「……すまない。どうやら、あんたを巻き込んでしまったようだ」

「え?」


 突然クロウに謝罪され、意味が分からないサラはクロウの黒水晶のように澄んだ瞳をただ茫然と見上げている。


「子供達はどうしている? 建物は酷いあり様だったはずだ」

「あ、はい。さすがに、あのまま暮らすことは出来ませんでした。でも、壊れた聖堂が再建されるまではサリマにある大聖堂が子供達を預かってくれることになったのです」


 サリマとはローラン国の王城を取り囲むように造られた城下町のことだった。


「そうか。では、あんたもその聖堂で働くのか?」

「はい」

「では、今からそこへ送って行く」

「え?! そ、そんな、いいのですか?」

「ああ、ついて来い」


 驚くサラの前を道案内よろしくクロウは出口に向かって歩き出した。


「あ、おいっ! どこへ行く? クロウ?!」


 これ幸いとこの場から立ち去ろうとするクロウに気付いたオリオールが慌てた声を上げている。

 もちろん、クロウは若い国王の声は聞こえていたが、わざわざ応じてやるつもりはなかった。

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