第25話 強行軍。

 草木が色づき、秋の気配が色濃く感じられるようになっていた。

 リリアの耳に聞こえてくるのは、複数の馬の蹄の音と、通り過ぎていく風の音だけだった。

 リリアは走る馬の背にいた。

 ふと自分の腰に回された逞しい腕に視線を落とす。リリアが落ちないようにしっかりと支えながら、見事な乗術で馬を走らせているのはジェラルド・アルビオンだった。

 若くありながらアルビオン侯爵領を統括する領主でありアルビオン家の当主でもある。

 きりっと引き締まった整った顔、細身に見えるが、鍛えられた体躯。

 王家の次に力を持つ五大侯爵の中でも、彼ほどすべてを兼ねそろえた者はいなかった。

 ジェラルドはリリアを乗せている分皆より疲れるはずなのに、リリアを支える腕の力が弱まることはなかった。

 周りに視線を向ける。

 ジェラルドを中心に彼の従者達が前後左右に分かれて、同じ速度で馬を駆けさせていた。

 後ろにはシャイルとガルロイ、そして、ルイの姿が見える。

 本当はシャイルの馬に乗せてもらうつもりでいたのだが、当然のようにジェラルドの馬へ乗るよう誘導されてしまったのだ。

 たった十人で、王都から東の砦まで馬車で九日間掛かるところをたった三日で駆け抜けるのだという。初めに説明を受けた時には到底無理な話だと思えた。

 だが実際、すでに三分の二の距離を駆け抜けて来ていた。驚くことにジェラルドは馬達が疲れてしまうのを見込み、絶妙の場所に代えの馬を用意させていたのだ。


(領地からの知らせを受けてから短時間の間に、ここまで手を回しているなんて……)


 ジェラルドという男はただの領主ではないことが伺えた。驚きを通り越して、恐ろしささえ感じてしまう。敵でない事に心から良かったと思えた。

 だがやはり、乗り手達には短い仮眠を取るだけの強行軍となっていた。すでに丸二日が経過し、馬に乗せてもらっているだけのリリアでさえ、疲労を隠せなくなっている。

 しかし、さすがと言うべきか、リリア以外、皆疲れた様子を一切見せることはなかった。

 まるで飛ぶように後ろへ流れて行く景色を眺めながら、リリアはここに至るまでのいきさつをぼんやりと思い出していた。

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