第24話 蔓延。
まるで心の内を現すように、紅い髪が揺れる。
シャイルは一人離れた場所から薬師達に取り囲まれているリリアの姿を見つめていた。その瞳に宿るのは、敬意。
(リリアのあの華奢な体のどこにあれほどの強さが備わっていたのだろうか。やはりリリアの体に流れる王族の血がそうさせるのか……)
そっと目を閉じる。
(……ウォルター先生、見ておられますか? あなたの小さな姫は立派な王女に育っています。どうか、あの澄んだまっすぐな瞳が曇ることのないように、これからも守ってあげてください)
シャイルは心から祈った。祈らずにはいられなかった。
今までもこれからも、リリアはシャイルにとってこの世でたった一人のかけがえのない存在だ。そのリリアが想像を超える苦難に身を置いている。
(これから先、どれほどの困難がリリアの身に降りかかるのだろうか……)
ぎりっと奥歯が鳴った。考えたくないが、その度に傷つき辛い思いをするのは確かなのだ。
シャイルから見て全能であったウォルターでさえ苦悩していた。だからシャイルは敢えてリリアを村から出さない事を選んだ。
だが、運命はリリアを王女へと誘ってしまった。シャイルの心を深い悲哀が埋め尽くす。
無理やりにでも村へ連れて帰ってしまおうか?
地図にさえ載っていない小さな村で、二人でひっそりと平穏に暮らすにはどうすればいい?
一瞬、黒髪の男の憎らしいほど整った顔が脳裏を過る。
(あの男ならこの状況下でどう動いたのだろうか?)
シャイルは軽く頭を振る。
(考えるのも馬鹿らしい。王女になったリリアを支えるどころか怖気づいて逃げた男に何ができると?)
苦い笑みが浮かぶ。
もどかしい想いを胸の内に秘め、シャイルは再びリリアの姿をじっと見つめる。とその時、複数の足音が調薬室へ向かってくる気配がした。それもかなり急いでいる様子がはっきりと分かるほどだ。
シャイルは陛下の容態が急変でもしたのかと危惧し、急ぎ戸口へ向かう。
「!」
扉を開けると同時に姿を現したのは、従者を引き連れたジェラルド・アルビオン侯爵だった。いつになく切羽つまった表情を浮かべている。顔色も明らかに蒼ざめて見えた。
「どうされたのですか?」
いつもと異なるジェラルドの様子に気付いたリリアが、心配そうな表情を浮かべて駆け寄って来る。
「リリア……」
ジェラルドはリリアの名を呟くと、まるで縋るように小さな体を強く抱きしめた。
「ジェラルド侯爵!」
非難するように声を上げたのはシャイルだ。
だが、ジェラルドはシャイルの言葉など聞こえていない様子で、リリアを抱きしめたまま苦し気に口を開く。
「──我が領地、アルビオンの東の砦で、眠り病が蔓延している」
リリアだけでなく、背後で皆が息を飲む気配がした。
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