第19話 魔の手。

 北方の国ボルドビア。

 その堅固な城の一室で国王と対面している男は、死の商人サンタンだった。彼は精霊の怒りを買い、深い渓谷へ落ちて行ったはずであった。

 だが、悪運の強いこの男は、木の枝に引っ掛かり、命拾いしていたのだ。

 しかし、精霊王の力によって、クロウを除き、精霊が関わる記憶はその場にいた者達から消し去られていた。その為に、サンタン自身もなぜそのような事態になったのかまったく理解できていなかった。

 そんな中、リリアがシュティル国王の養女になると知るやいなや、身の危険を感じ取り、ボルドビアへ逃亡していたのだった。彼はクロウとリリアにあまりに手の内を明かしすぎてしまっていたからだ。


「笑いが止まらんぞ! これほど上手くいくとはな! 商人にしておくだけでは惜しいのう」


「ありがたきお言葉、痛み入ります」

「瞬く間に砦を2か所も落とされ、今頃ローラン国の若造は青くなっておるであろうな。慌てふためく姿が容易く想像できるわ」

 

 そう言って笑うボルドビアの国王は、かなりご満悦の様子だ。


「陛下、我が国の僻地で流行る病が、まさかこのように役に立つとは、今まで考えが及びませんでした。さすが商人ですな。我らと着目するところがあまりに違う」


 傍に控えていたボルドビアの宰相も満足そうに話しに加わってくる。


「喜んで頂けて、私も嬉しく思っております。ですが、初めにお話ししておりましたことですが……」


 まるで媚びるような笑みを浮かべ、背を丸め姿勢を低くくしいるサンタンであったが、抜け目ない眼差しで二人の男の様子を観察していた。


「分かっておる。我らの狙いは初めからベルンシュタイン国だ。次はベルンシュタイン国の東の砦を襲う。安心したか?」

「申し訳ございません。出過ぎたまねをしてしまいました。お許しください」


 膝を付き、大げさに謝罪するサンタンの姿にボルドビアの国王は軽く手を振る。


「気にするな。確かに、このままローランを手中に収めてしまいたい気持ちはあるのだ。だが、砂漠が多いローランなんぞにかまけて、豊かなベルンシュタインを取りこぼすわけにはいかぬからな。おまえのことだ、ベルンシュタイン国を得るためにすでに動いておるのであろう?」

「はい、もちろんでございます。勝利の鍵となる王女を手に入れる手はずは整えてございます」


 顔を上げたサンタンの顔には、狡猾そうな笑みが浮かんでいた。


「しかし、本当にベルンシュタイン国の王女が安全な王城を離れ、のこのこと東の砦まで来るのか? この件についてだけは、おまえが思うように事が上手く運ぶとは思えぬのだ」

「そのことでしたら、ご心配には及びません。必ずや、王女はやって来るでしょう。王女さえ手に入れてしまえば、後は我々の思うまま」


 サンタンは確信をもって微笑む。彼の脳裏には高価な宝玉の瞳を持つ少女の姿が浮かび上がる。他人のために、自分の身をなげうつ心優しいベルンシュタイン国の王女となったリリアの姿が。

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