第14話 強い力。

 いつのまにか、ローラン国の『救世主』にされてしまったクロウは、ローラ国の要、王城の城壁の上にいた。

 黒い髪を風が弄ぶに任せながら、城を取り囲むボルドビア軍の様子を見つめる。

ボルドビア軍は王城からの攻撃が届かない位置に陣取ったまま動かない。攻めあぐねているように見えるが、何か違う目的があるようにも感じていた。


「こんなところにおったのか」


 背後から聞こえてきた少し掠れた声に、クロウは体ごと振り向き、好々爺とした体(てい)の男を迎える。

 笑顔を浮かべて歩み寄って来たのは、ローラン国の将軍の一人マティスであった。彼も敵の様子を見に来たのだろう。

 成り行きとはいえ、ローラン軍に加勢し、ボルドビア軍と戦うことになるとは、この国に来た時には想像さえしていなかった。

 とはいえ、ローラン国は剣一つでのし上がる事が出来る国でもあった。剣闘技会などがあり、勝ては騎士として取り立てられる。

 その為にこの国へ身を寄せていたのだ。

 突然始まった戦が自分の未来にどう影響をもたらすかは分からないが、ローラン国の老将の側で実戦を学べることは正直ありがたかった。個人ではなく、軍を動かす戦について彼から学ぶ事は非常にたくさんあったからだ。

 マティスはクロウの隣に並び立ち、ボルドビア軍を眺めている。その表情は穏やかではあったが、真っ白な眉の下から見える眼差しは猛禽類のように鋭い。


「もう間もなく陛下が本陣を率いてお戻りなられる。まだあんなところでのんびり時間をつぶしておるとは、この度のボルドビア軍を率いておる将は愚だのう。戦の基本は、天の時、地の利、人の和だ。もちろん敵の数より多くの兵を用意することももちろん基本ではあるが、どれほど敵の数より多くの兵を用意したとしても、最初にあげた三つのことを見誤ると、あっという間に負けをみる。……ベルンシュタイン国を知っておるか? あの国の歴代の王達の戦は見事だぞ。少数精鋭で数で優る敵を撃破するのだ。そしてどの王もみな、みごとにこの三つを見誤ることはない。それを踏まえたうえでさらなる戦術や奇襲で後世に残るみごとな戦いをしておる」

「ベルンシュタイン……」


 クロウは静かに目を閉じた。

 心が騒ぐのをやり過ごす。

 だが、愛しい顔が、瞼の裏に浮かんできた。より一層恋情が募る。出来ることなら攫ってしまいたかった。

 一瞬、本気で連れ去ることも考えた。側に居て、自分の手でずっと守っていたかったのだ。


『──それで、本当にリリティシアは幸せになれるのかい?』


 クロウが放った言葉をシュティル国王はそのままクロウへ突きつけて来た。強い覚悟を秘めた静かな眼差しで。

 確かに、今のクロウの力では、リリアを幸せにするどころか、再び危険に晒すことになっていただろう。

 ただ一時の劣情でリリアを危険な目に遭わせるわけにはいかない。


シュティル・フォン・アーレンベルグ。


 悔しいが、ベルンシュタイン国の王としてのあの男の力は強大だ。

 さらに、経験値はもちろんのこと、決断力も、行動力も、包容力もすべて備え持っている。

 リリアにとって、あの男の傍が一番安全であることは明白だった。

 だがあの男はリリアが幸せになれるとは言わなかったのだ。

 それは、いずれ一国を担うリリアの心身への負担がどれほどのものなのかを理解していたからだ。


「……」


 クロウは無意識に拳を強く握りしめる。

 あの時、クロウは何も答えることが出来なかった。リリアを取り巻くすべての事を何も分かっていなかったのだ。

 その事実に気付いた時の衝撃は、今も心の奥でくすぶり続けている。

 なんとしても強くならねばと思った。

 彼女を守るだけでなく、支えることが出来る男にならなければ、リリアの側に近づくことさえ叶わない。

リリアの隣に立つために。

 今は遠く離れてはいるが、このローラン国で経験したことは今後、きっと役に立つはずだ。

 それにローランがボルドビアに負けるようなことにでもなれば、勢いづいたボルドビアはそのままベルンシュタインまでも襲いかかる可能性があった。

 だからこそ、ローラン国からボルドビア軍を追い払うため、クロウはこの国に踏みとどまる決意をしたのだった。

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