第13話 救世主。

 銀色の甲冑に黒いマントを羽織っている壮年の騎士達に守られるようにして、砂色の髪と黄色味を帯びた灰色の瞳の若い男の姿があった。彼のマントだけは白く、騎乗している馬は、輝くような毛並の美しい白馬だ。

 彼はローラン国の王オリオール・ド・ローランだった。

 この度の戦の最中に父王を亡くし、急遽王位に就くこととなった17歳の若い王であった。


「陛下! 先ほど、早馬が到着しました。マティス将軍率いる先鋒隊が王城への入城を果たしたとの事です!」

「それは、真か?! 早く使いの者をこれへ!」

「全軍小休止!」


 オリオールは酷く驚いた様子で馬上から身を乗り出す。

 彼はローラン国の中央に広がる平原を、自ら軍を率いて急ぎ王城へ戻ろうとしていた。


「陛下! こちらに、詳細を記しております!」


 駈け寄って来た伝令の男は、興奮冷めやらぬ様子で書簡をオリオールに差し出す。


「うむ。大儀であった」


 大仰な仕草で書簡を受け取り、オリオールはすぐさま目を通していく。


「おおっ! すでに先鋒隊は、我が城を包囲していたボルドビア軍を蹴散らし、少ない犠牲で入城を果たしたようだ」

「──俄かには信じがたい報告ですな。まだ本陣が到着さえしていないというのに、これほど早く先鋒隊が入城出来たとは……」


 オリオールの傍で馬を並べていた側近達は歓喜と困惑を混ぜ合わせたような表情を浮かべ、お互いの顔を見合わせる。

 だが、王城が落とされるかもしれないという不安を抱えながら進んでいたローラン軍にとっては、突如もたらされた朗報に、軍の士気はにわかに活気づく。

 彼らは数日前、ボルドビア軍がベルンシュタイン国との国境にもっとも近いカヴァル砦の北に突然現れたとの知らせを受け、王であるオリオール自ら兵を率いて討伐に向かった。

 しかし、到着する前に砦は陥落し、さらに王不在の隙をつかれ王城までもがボルドビア軍に包囲されるという最悪の事態に陥っていたのだ。

 その知らせをカヴァル砦に近い町で受けたオリオールは、カヴァル砦を目前にして、砦の奪還を諦め急ぎ王城へ引き返せねばならなくなっていた。

 一刻を争うローラン軍は、身軽な先鋒隊を先に向かわせ、規模が大きな本隊はその後を少し遅れて王城を目指していた。

 その最中での、吉報であった。


「やはり! あの男の功績が大きいようだ!」


 目は文字を追いながら、オリオールは弾んだ声をあげる。


「あの男とは? 黒髪の男のことでございますか?」

「そうだ。クロウのことだ」


『なんと!』と、オリオールの周りでどよめきが起きた。


「先鋒隊に彼を入れたのは、正解でございましたな」

「うむ。マティスの願いでもあったが、クロウを同行させて本当に良かった」


 そう言って顔を上げたオリオールの頬は紅潮し、喜びで輝く瞳は彼を取り巻く臣下の者達に向けられた。


「マティス将軍は黒髪の男のことをとても気に入っておりましたからな」

「王城を守る兵達は、マティスが帰城したことで心強いはずだ。一先ず、危機は乗り越えたと言っていいだろう」


 王位を継いでから気の休まる暇のなかったオリオールの声に、明らかに安堵のひびきがあった。


「さすがに、身元の分からぬ男を先鋒隊に入れるとお聞きした時は、陛下のご判断に正直戸惑いはございましたが、いやはや、英断でございましたな」


 若い王の補佐役である老齢の男が、白い髭を撫でながら感心したようにつぶやく。


「当然だ。あの男は伝説の剣が選んだ男なのだからな」


 オリオールはその時の光景をまざまざと思い出し、恍惚とした表情を浮かべた。

 まるで剣が命を吹き込まれたかのように光を放つ姿が、今も彼の目に焼き付いている。

 カヴァル砦に向かっていたローラン軍は、逃げて来る民衆にボルドビア軍の襲撃を聞き、そのまま襲われた町へ急いで駆けつけたのだった。

 しかし、到着してみれば、不思議なことにボルドビアの兵達はみな聖殿に集まっているということだった。

 今思えば、おそらく伝説の剣を奪うことが目的だったのだろう。

 その聖殿はすでに悲惨な姿をさらしていた。

 だが、突如壊された窓や扉から眩い光が見えたかと思うと、悲鳴を上げながら血相を変えたボルドビア兵が一斉に飛び出して来たのだ。

 目に見えて分かるほどに怖れ慄くボルドビア兵達の捕縛を臣下の者達にまかせ、オリオールは家臣達の静止を振り切り、引き寄せられるように聖殿へ向かった。

そして、入り口に立った瞬間、オリオールが目にしたものは、眩い光を放つ剣を握る一人の男の姿だった。

 それがクロウだったのだ。

 光はすぐに消えてしまい、あの不思議な場景を見ることができたのは、おそらく逃げ去ったボルドビア兵達と聖殿の中にいた子供達、そして自分だけであったが、あれは幻ではなかったと言い切れる。


「伝説の剣……。伝説の王のみ持つことができる剣のはずでは……?」


 戸惑うような若い兵の声に、オリオールの意識は現実に引き戻された。彼の側近達の視線が若い兵に一斉に集まっている。


 伝説の王。

 それは、ベルンシュタイン国の初代国王レフィナードのことだった。

 彼は、『ローラン国が危機に陥ることがあれば、再び私はこの剣を取り、共に戦おう』、と告げ、自分の腰に下げていた剣をローラン国の光の神に平和と友好の証として献上したと伝えられている。

 その剣はとても不思議な剣で、刀身の色もさることながら、レフィナード以外誰にも持つことができないものだった。

 さらに、その剣は石の台の上に刀身がむき出しのまま千年も置かれたままになっているのだが、手入れなどしていないにも関わらず、まったく錆びることも無い。

 そして、その剣が信頼の証のようにこれまでの間、ローラン国とベルンシュタイン国の間では、小競り合いさえ起きたことはないのだ。


 沈黙を破るように、武将たちの中でももっとも大柄で屈強な男が、面白くなさそうに、ふんと鼻を鳴らした。

 本陣営の要、ルソー将軍だった。濃い茶色の髪に、強面の大男だ。

 彼は一兵卒からの叩き上げで将軍にまでなった男だった。この度も先鋒隊に一番に名乗りを上げていたのだが、入城後は籠城になるため、経験豊富で人望の厚いマティス将軍が選ばれたのだった。


「そんなこと、わざわざ言わずともこの国の者であればみんな承知しておるわ」

「だが、確かに今、我が国ローランは、未だかつてない危機に直面している状況ではあるな」


 落ち着いた声で王の近衛隊隊長ラファエロがルソー将軍の言葉に続く。彼は金茶の髪に同じ色の口髭を生やした40歳代の洗練された雰囲気の男だった。

 彼の一族は代々国王の近衛隊を任される立場にある名のある家柄だった。


「ベルンシュタイン国の初代国王が約束を違うことなく、我が国の為に再び現れたとでも言うのか?」

「まさか……」

「何をみな戸惑っておるのだ? クロウが何者でもかまわないではないか。実際あの男は我が国の為に戦っておる。それが事実だ。我らは彼を受け入れ、共に戦えば良いだけではないか。さあ、すぐに作戦を詰めるぞ。まだ、ボルドビアの蛮族どもは我が城をあきらめてはいないようだからな!」


 戸惑う側近達を眺めながらオリオールは誇らしげに声を張る。

国の存亡を左右する事の時に、伝説の剣を蘇らせた男が自分の目前に現れたのだ。若い王にとって、これほど心強いものはない。

 すぐに幕がはられ、若き王に付き従う将軍以下各隊の隊長達が顔を揃えた。各隊の報告の後、それぞれに作戦の役割が決められ、みな意気揚々と自分の隊へ戻って行く。

 もちろん、作戦会議の合間でも噂の的になっていたのはやはりクロウの事だった。


「やはりクロウという男は聞けば聞くほどすごいな。先ほどの町でも、ボルドビア兵達に蹂躙されるローランの民をたった一人で戦いながら逃がそうとしていたそうではないか」

「助けられた者達が口々に救世主だと言っていたぞ」

「今はどの町も戦える男達は兵として借り出されておるからな。襲撃を受ければひとたまりもない。だが、あの男のお陰で、逃げ延びることが出来た民は多い。三百人を超えるボルドビアの兵達が来ていたのにだ!」

「この度のボルドビア軍の包囲網を突破出来たのも、あの男が先陣を切って戦ったからだそうだぞ」

「やはり、あの男は我が国の救世主なのかもしれんな」

「きっと、伝説の王の生まれ変わりだ」


 戦乱の暗い雰囲気が漂う中、突如現れた珍しい黒髪の英雄譚にみな興味がつきないようであった。

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