第11話 ローラン国。

 ベルンシュタイン国の東方に隣接する国ローラン。

 今、この国は戦乱の真っただ中にあった。北にある気性の荒いボルドビア国の侵攻を受けていたのだ。


 きゃあああああっ


 ベルンシュタイン国との国境に近いローラン国の町で、突然悲鳴があがった。

 近くの砦がボルドビア軍の手に落ち、知らせが届く間もなく、その砦から進軍してきたボルドビア兵士達が奇襲をかけて来たのだ。


「逃げろ! ボルドビアの兵だ!」

「きゃああああっ、助けてっ!」


 突如として現れたボルドビア兵達は、町を守る門を破り、やすやすと町の中へ雪崩れ込んで来た。町に住む人々は叫び声を上げながら必死で逃げ惑う。

 混乱をきたした町の中を、逃げようとする人々の波に逆らいながら進もうとする若い女がいた。


「待ちなさいっ! あちらへ行ってはならん! すでにボルドビアの兵達が逃げ遅れた者を殺しまわっているぞ」

「でもっ! 子供達が!!」


 親切な男が女を押しとどめようとしたが、女はその手をすり抜け、悲鳴と怒号か響く方へ向かって駆けて行く。

 長い亜麻色の髪を束ねていた紐は解けて垂れ下がり、聖堂で働く者が身に纏(まと)う丈の長い白い衣服はすでに砂埃お泥で汚れてしまっている。

 だが、それでも彼女はこの町の聖堂に向かって走り続けた。

 聖堂には、親のいない子供達が暮らしている。彼女はその子供達の世話をしていたのだ。


「ああっ……!」


 やっとの思いで女が聖堂の見えるところまでたどり着いた時、彼女の目に飛び込んできたのは、すでにボルドビア兵達に襲撃を受けた建物の姿だった。

 扉は跡形も無く破壊され、破片が周辺に無残に飛び散っている。その聖堂の中へ、破片を踏み砕きながら、兵士達がまるで吸い込まれるように大勢入って行く。


「な、何て酷い!」


 悲鳴に近い声を上げ、女は敵兵がひしめく聖堂に向かって駆け出そうとした。

 だが、その女の腕を力強い男の手が掴んだ。


************



 聖堂の中では、ボルドビアの兵士達が椅子や机を足で蹴り倒しながら何かを躍起になって探し回っていた。


「剣はどこだ?」

「古臭い聖堂だな。伝説の剣があるっていうからよ、もっと立派な建物を想像していたぜ」


 彼らは古から伝わる伝説の剣を奪うためにこの町へ来ていたのだった。


「まさか、あれか?」


 剣はどこかに巧妙に隠されていると思い込んでいた兵士達は目を疑う。

 聖堂の奥、光の聖者を模した美しい石像の前に据え付けられた台の上に剣が一振り刀身がむき出しになったまま無造作に置かれていたからだ。

 その剣の刀身はとても珍しい色をしていた。

 漆黒だったのだ。

 最初に気付いた兵は一瞬困惑した表情を浮かべたが、柄に埋め込まれた大きな翠玉に気付くと歓喜の声を上げた。



「見つけたぞ! 伝説の剣だ!」


 その声を聞き、他の兵達もすぐに彼の周りに集まって来る。


「これが、伝説の剣なのか?」

「こんな黒い刀身など、見たことがないぞ」

「精霊が造ったと言われているだけあって、不思議な剣だな」


 集まって来たボルドビアの兵士達は、見たこともない剣の姿に興奮した様子で言葉を交わし合う。兵の一人が誘われるように剣に手を伸ばす。いざ掴んでみたものの、持ち上げるどころかピクリとさえ動かすこともできなかった。


「うっ、動かねぇ……」

「がはははっ! 情けない奴だな! そんな剣一つ持てねえのか?」

「く、くうっ……駄目だ!」


 兵士達は代わる代わる剣を持ち上げようと試みるのだが、誰一人として成功したものはいなかった。みな一様に戸惑い、首をかしげる。


「何をのらりくらりやってんだ! 次は俺にやらせろ!」


 人垣を掻き分け、熊のような大男が剣の柄を鷲掴みにした。


「なっ?! どうなってるんだ?」

「この台に引っ付いているんじゃないのか?」


 入れ替わり立ち代わり腕に自信がある者が試してみたが、やはり結果は誰もが同じだった。


「おいっ! こんなところに扉があるぞ!」


 ちょうど兵士達が苛立ち始めた頃だった。違う場所を探していた男が大声で仲間を呼ぶ。

 石像が置かれた場所よりもまださらに奥、柱の陰に隠れるように木製の扉があったのだ。見つけた男は扉の取っ手を掴み、がたがたと激しく揺さぶった。 

 だが、鍵が掛かっていて、簡単には開く気配はなかった。


「くそっ! しっかりと鍵が掛かってやがる」

「あっちの剣は偽物で、この中に本物があるんじゃないのか?」


 誰かが呟いた。


「違いねぇ! 絶対、この中だぜ」


 動かせない黒い剣を偽物と判断した兵士達は、扉の中に本物の剣が隠されていると思い込み、扉を壊し始めた。


「きゃ──!」


 扉が大きく軋む音に交じって、一瞬だが、扉の内側から幼い子供の悲鳴が聞こえた。

 兵士達が顔を見合わせる。


「おやおや、中に誰かいるようだぜ?」

「では、ちょっくらその顔を拝ませてもらおうか」


 残忍な笑みを浮かべた兵士達は扉を粉々に破壊し、中に隠れていた幼子を含む七人の子供達を全員捕まえてしまった。子供達は恐怖のあまり泣くことさえできず、ぶるぶると震えている。ボルドビアの兵士達が子供達を部屋から引きずりだそうとしているちょうどその時、聖堂の入り口付近で大きなどよめきが起きた。


「な、何だ?!」


 子供達を掴んでいた兵士達からは入り口が死角になっていて、何が起こっているのか分からなかった。

 しかし、他の兵士達が気色ばみ次々と入口へ殺到していく姿で、入り口付近で何か起きているのは明白だった。


「何だ? 何が起きてる?」

「まさか、ローラン軍が到着したのか?」


 奥にいた兵士達は不安な表情を浮かべ互いに顔を見合わせる。

 その間に、怒号に交じって絶叫まで聞こえ始め、慌てた兵士達は捕まえていた子供達を引きずりながら、聖堂の奥から出て来た。

 今まで薄暗い部屋にいた兵士達は聖堂の入り口から差し込む光を背に立つ長身痩躯の男の姿に目を眇める。


「なんだ? あの男は?」


 そう言ったボルドビアの兵士は、ふとその男の足元に視線を向け、目を見開いたまま言葉を失う。

 突然現れた男の周りには、自分達の仲間がすでに山のように倒れていたのだ。男は襲い掛かるボルドビア兵達をまるで剣で薙ぎ払うように倒しながらどんどん奥へと向かって来る。


「相手はたったの一人だ! 何を怯む必要かある! やっちまえ!」


 誰かが大声で仲間達を煽れば、その声に弾かれたように奥にいた兵士達も捕まえていた子供を床へ突き飛ばし、怒声を上げながら男に向かって突進して行った。

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