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「ここです」


 姉杏の案内で着いたのはこじんまりとした一軒家。一階建てで周りと上手く馴染んだ家だった。

 中に入ると彼女の後に続き真っすぐリビングへ。そこそこ年を取っているのだろう壁や床、天井や柱などには年季が感じられた。だが掃除の行き届いた綺麗な家で物は少なく他の人影はない。


「今、飲み物入れますね。お茶で良いですか?」

「では自分が手伝いを」


 テーブルを囲う椅子にそれぞれが腰掛けると姉杏はそのままキッチンへ。そんな彼女を手伝う為に有真は一緒にリビングを出た。

 少しして戻って来た姉杏と有真は三人の前へコップを並べた。


「ご両親は仕事?」


 姉杏が座ると奇妓栖は誰もいない家を見回しながらそんな質問をした。


「両親は、もういません。母は私を生んですぐに亡くなったらしいです」


 何気ない会話のキッカケのような質問だったんだろう、奇妓栖は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「父は……分からないです。生きてるのか、死んでるのかも。どこにいるのかも」

「それじゃあ育てたのは簔煒――ここじゃ静解だったか?」

「はい。数年前に病気で亡くなるまではおじいちゃんが私とここに住んでました。それからは和尚様やこの村の、特に近所の人達が良くしてくれるんです。おじいちゃんはこの村での信頼が凄いってのもあるんですけど、良い村なんですよねここ。良い人が沢山いて」


 姉杏は微笑みのままお茶を一口。そっとコップを置くと桃太郎を見た。


「それよりどうしておじいちゃんを訪ねてきたんですか? 別に悪い意味じゃないですけど、ずっと会ってなかったのに急だったので」

「力を借りようと思ってな。もちろん強制じゃない」

「力を? もしかして昔の鬼退治みたいに悪者を!? でももし生きてたとしても年齢的に見ても体的に見ても昔みたいに一緒にっていうのは難しいんじゃないですか?」


 理解出来ないと一人首を傾げる姉杏。


「それにどうしておじいちゃんだけなんですか? 新しい人達が一緒ならおじいちゃんなおじいちゃんより新しい人の方が良いと思うんですけど……」


 姉杏の勘違いに思わず左右の奇妓栖と真獅羅と顔を見合わせた桃太郎は、すぐに視線を戻すと袋をテーブルの上に置いた。


「話を聞いていたならこれが何か分かるか?」


 言葉の代わりに首を傾げる姉杏。

 そんな彼女に桃太郎は袋越しに掴みながら吉備団子を出して見せた。


「あっ! もしかして、吉備団子ですか?」

「どうやら話は聞いてたみたいだな」

「はい! これを食べるとこう……」


 姉杏は上手く言葉に出来ないと両手を無造作に動かして見せた。


「力が湧いてくる? 体が最大限の力を出せるようになると言ってました」

「あぁそうだ。その副産物として若返る。一番質の良い状態になるって事だ」

「という事はもしかして……」


 彼女の視線は自分の祖父と共に鬼と戦ったにしては余りにも若すぎる奇妓栖と真獅羅を交互に見た。感動と吃驚の入り混じった視線に答え、ドヤ顔を見せる真獅羅と微笑みで手を振る奇妓栖。


「それじゃあこれでおじいちゃんもって事ですか?」

「もし一緒に来るならな」


 すると姉杏は唐突に立ち上がると別の部屋へと歩き出してしまった。その事に疑問の重みで傾く三人の顔。

 だが彼女は時間を掛けず早々に戻って来た。両手で持ち運べる程の木箱を手に持って。全員の視線を受けながらその箱をテーブルに置きそっと蓋を開く。

 そこに入っていたのはカランビットと苦無の二種類――合計で六本のナイフだった。


「こりゃ随分と懐かしいモンが出て来たな」

「昨日の様に思い出せるわね」

「簔煒のか」

「はい。私はおじいちゃんに色んな事を教わりました」


 そう言いながら苦無を手に取り懐古の視線でじっと見つめた。


「身を守る術も」


 姉杏は言葉を口にしながらその苦無を手慣れた様子で回した。一歩間違えれば怪我をしてしまいそうだが、それは見事なまでに安定しておりまるで機械でも見ているようだった。

 手が止まると同時に目を閉じた姉杏はそっと苦無を箱へ。手が苦無から離れると瞼もそっと開いていった。


「おじいちゃんの代わりに私を――私を連れてって下さい」


 だが部屋には返事の代わりと言うように静寂が流れ始めた。その中、顎に手を当て溜息を付くような声を漏らす桃太郎。


「どーすんだ?」


 特に考えている様子のない真獅羅は悩む桃太郎へ暢気に尋ねた。


「アタシはいいと思うけどね。それにこの年頃で世界を知ればもっと良い女になるわ」

「儂らは旅行する訳じゃない」

「まぁそうだけどね」

「足手纏いにはなりません! おじいちゃんにもよく褒められてたし」

「簔煒のお墨付きか。そりゃ期待できるな」


 だがそれでも桃太郎は悩んでいる様子だった。


「あの」


 すると有真がそう切り出した。


「心配なら確かめてみるっていうはどうでしょうか? 実際に手合わせをしてみてそれから判断しても遅くはないと思うのですが」

「いいねぇ。伝説の再戦ってか?」

「伝説?」


 首を傾げたのは姉杏だけではなく有真もだった。


「昔、鬼退治の途中でお金が殆ど底を尽きちゃってね。その為にとある街でやってた地下闘技大会に出たのよ」

「確率を上げるために三人でな」

「誰かさんは二回戦負け。順調に勝ち進んだ二人が決勝で戦ったって訳」

「ちんけなルールさえなきゃ俺が優勝だっての。にしてもありゃあ、最高に盛り上がってたな」

「おじいちゃんと桃太郎さん」

「それで結局はどちらが優勝したんでしょうか?」


 有真と姉杏はまるで絵本の結末を早く知りたい子どものようにその双眸は急かすような視線を真っすぐと向けていた。


「結果だけ言えば桃太郎が優勝したわ」

「だがそれも途中で簔煒が止めたからだけどな」

「それじゃあちゃんとした決着は着かずじまいって事ですか」

「残念だけど、その結果を知る事はもう出来なくなっちゃったけどね」

「だが、簔煒の教え子で孫ならある種の再戦だろ。良い見世物だな」


 既に楽しそうな真獅羅に対し桃太郎はどこか溜息をつきそうな表情を浮かべていた。


「儂じゃなくてお前がやればいい」


 そう言いながら真獅羅を指差した。


「最終的に決めるのはお前さんだろ。やれよ隊長」

「頑張ってねボス」

「あの――よろしくお願いします」


 立ち上がった姉杏は桃太郎に頭を下げた。


「――分かった。他の誰でもない簔煒が育てたんだからな」

「ありがとうございます!」


 桃太郎の答えに一度上がった姉杏の頭は再び下がった。


「この村で動ける場所はあるか?」

「はい。おじいちゃんに稽古して貰ってた場所がお寺の方にあります」

「よし。それじゃあそこに行くとしよう」


 先行して立ち上がった桃太郎の後に続き、一行は檜埜真寺へと向かった。そしてそのまま敷地内にある小さな武道場へ。中は畳の敷き詰められた和室となっていた。

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