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 それからロッドの案内により二人はその地区でも高級そうなホテルへ向かい、遅れて有真もホテルへ。それぞれに一部屋ずつ用意され、数時間後には奇妓栖のお気に入りのレストランへと案内された。

 翌日、準備を済ませた奇妓栖を乗せ桃太郎らは次なる場所へと出発した。


「残るは一人。でしょ?」

「簔煒か」

「あれ以来会ってもないけど、どうしてるの?」

「さぁな」

「一応だが別れる時に話は聞いた。今もそこにいればだがな」

「まぁあいつは帰る故郷もな……」

「まさか彼の前でその話はしないでしょうね?」

「しねーよ」


 それから車が向かったのは自然豊かな場所だった。深い森と言う程ではないが辺りを木々が囲み、新鮮で澄んだ空気が穏やかな陽光とワルツを踊っている。永遠の平和が約束された地。そう表現したくなるような場所だった。

 四人の前に伸びた石階段はそう長くなく、頂上では小さな山門が自然と調和的に佇んでいた。その山門には『檜埜真ひやま寺』と書かれた看板が堂々とした面持ちで掛かっている。


「ここか?」

「ずっとこの場所にいるならな」


 そう言って先に階段を上がり始めた桃太郎。その後に続き、他の三人も一歩目を踏み出した。

 石階段を上り、山門を取り抜けた先で一行を待っていたのは小さなお寺。


「出家でもしたのか?」

「そのつもりだったらしいが、どうだろうな」


 目の前に小さくも堂々と建つ本堂へそんな言葉を交わしながら真っすぐ足を進めていた桃太郎。

 すると突然、足を止め横の方へ顔をやった。遅れて他の三人も視線を向けてみるとそこには狐人族の簡単な着物を身に着けた人物が。


「お参りですか?」


 箒を手にした彼は柔らかな表情で桃太郎にそう尋ねた。


「実は友人を探しるんだが」

「この場所でですか?」


 少し驚いた様子を見せた彼の方へ近づいた桃太郎は早速、簔煒の事を尋ねた。


「簔煒と言う名の犬人族で、現在は随分と歳はいってるはず。最後に会った時にこの場所の事を話していたんだが」

「簔煒……」


 小首を傾げながら自分でもその名前を口にするが、その表情は余り期待できるものではなかった。


「――あっ。静解じゃくかい様の事でしょうか? 確か以前はそのようなお名前だったような気がします。犬人族で左目の方に泣きぼくろがありました。それに大変聡明なお方でもありました」

「多分その人物だ。今はどこに?」


 その質問に対し頭上の空とは相反して少し表情が曇る。


「ここの下の方に村があります。そこに行けばお会い出来るかと」

「どうも」


 微かな疑問を感じながらも桃太郎はお礼を言うと引き返し、三人と共に近くの村へと向かった。だがそこは村と言うには少し大きいが町と言う程でもない。村と町の間のような規模の場所だった。

 一行は村に下りると最初に出会った婦人へ目的の名前を尋ねた。


「ここで静解という僧侶に会えると訊いたのだが?」

「静解様ですか? それならこちらですよ」


 終始、人の良さそうな笑みを浮かべた婦人はそのまま彼らを静解の所まで案内してくれた。


「おい。マジかよ……」

「そうか……」

「不思議ではないけれど……」


 四人が案内されたその場所は墓地。他の墓石に並んだそこには彼らには馴染みの無い名前が記されていた。


「アタシ達全員、もういつ死んでもおかしくない歳なのよね」

「でもまさかコイツが一番先ってのは意外だったな」


 桃太郎はその場にしゃがむと墓石の頬に手を触れた。


「せめてお前がこの場所で穏やかな日々を過ごせたことを願ってる。――友よ」


 そして黙り込んだ三人は、不意の訃報にそれぞれが静かに追憶しながらも別れを告げていた。かつて苦楽の旅を共にし、強大な敵に立ち向かった友へ。三人は同時に彼の安らかな眠りを願っていた。

 するとそんな彼らの元へひとつの足音が近づく。桃太郎が視線を向けてみるとそこには花を手に持った僧侶が立っていた。だがお寺にいた僧侶より服装は厳格。


「こんにちは。見ない顔ですが、静解様のお知り合いの方でしょうか?」

「古い付き合いだった。友と呼べる数少ない存在だ」

「まぁ確かにアイツは一番坊主に向いてた」


 真獅羅の言葉の直後、透かさず横から飛んできた奇妓栖の手がツッコミのように彼の肩を叩いた。


「申し訳ありません。こいつは少し教養に欠けていて」


 奇妓栖の弁明に僧侶は優しく笑って見せた。


「いえいえ。構いませんよ」

「和尚様」


 ニコやかに微笑む僧侶の後ろから呼び声の後を追ってやってきたのは一人の小柄な青年。まだ幼さが残るものの少女と言うには大人びていた。そんな花束を両手で抱えるその子は、頭上に犬耳を生やし短い髪が夏のような清々しさを感じさせる人犬族。更に太陽のような明るさを帯びた表情には常に愛嬌があった。


姉杏しあん。お墓参りかい?」

「はい。和尚様もありがとうございます。でも今日は必要なかったみたいですね」


 そう言って姉杏は持っていた花束を見せた。


「そんな事は無いよ。多い方が華やかだからね」


 その後、和尚は思い出したかのように桃太郎の方を向くと押し出す様に姉杏の背へ手を添えた。


「彼女は姉杏。静解様のお孫さんです」

「孫!?」


 和尚の紹介に三人はほぼ同時に反応した。一驚に喫する三人の視線を受けキョトンとした表情を浮かべる姉杏。


「この人達は?」

「静解様のご友人らしい」

「おじいちゃんの?」


 その言葉に姉杏の双眸は一気に興味へ染まった。


「桃太郎だ」

「桃太郎……」

「あぁ。では貴方が静解様のお話にあった」


 和尚は少しばかり表情を煌めかせ、隣で姉杏は不思議そうに彼を見つめていた。


「悪口でも言ってたか?」

「いえ。まさかそんな事は」

「だろうな。そういう男じゃない」

「あの!」


 先程よりも背伸びした声に桃太郎を含めた皆の視線が姉杏へ。


「もしかしておじいちゃんが一緒に鬼退治に行ったっていう?」

「いやぁやっぱ有名になちまってるかぁ」


 自慢したい気持ちが全面に現れた顔で真獅羅はわざとらしく頭を掻いた。


「私、よくおじいちゃんから話を聞いてたんです!」


 分かりやすく興奮した姉杏は煌々とした表情で桃太郎を見上げた。


「姉杏。まずは花を供えてあげよう」

「そうですね」


 その言葉に気持ちを横に置いた姉杏は和尚と四人が空けてくれたお墓前へ。それから供え物の花を取り換え、両手を合わせお墓参りをした。


「あの。もしよければ家にどうですか? 少しおじいちゃんの話とか聞きたいんですけど」


 姉杏の要望に桃太郎は真獅羅と奇妓栖へ尋ねる視線をやった。二人は直接的に首を縦に振らなかったものの了承の意を示していた。


「それじゃあ邪魔するかな」

「ありがとうございます」

「では私はこれで」


 そう言うと和尚は一人その場を去って行った。


「ここからすぐですので」


 和尚を見送った後、四人は姉杏の案内で彼女の家へと向かった。

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