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 それから店内にいた他のルムナファミリーも加勢し瞬く間に乱闘状態。

 その様子を依然と座ったまま見つめていた男は溜息を零しながら真獅羅のウォッカを手に取ると一気に飲み干した。


「ったく」


 呆れたようにそう呟く男の前を真獅羅が突き出す様に投げた部下がほぼこけそうな勢いで通り過ぎると、別の部下を壁に叩き付けた桃太郎が自分の方へやってきた部下を拳で迎えた。

 軽やかに躱しては足払いで転ばせ、強烈な足技など華麗に戦う真獅羅。一方で桃太郎も的確に防ぎつつ反撃、カウンターで喰らわせたりと格闘技のようにしっかりと戦った。

 そしていつの間にか十人程に増えていた部下全員をたった数分で立ち上がれぬようにした二人。だがその顔には掠り傷一つなかった。


「別に何かしようって訳じゃない。知り合いなんだ。こう見えてもな」


 息一つ上がってない真獅羅は一人残った男に若干のドヤ顔交りの表情を向けていた。

 その隣で残ったお酒を飲み干す桃太郎。


「一言、桃太郎が来たと伝えてくれさえすればいい」


 グラスを叩きつけるように置きながら桃太郎はそう付け加えた。


「桃太郎……」


 その名前に反応を見せた男は僅かに眉を顰め桃太郎へ視線を突き刺した。

 するとその時。お店のドアリンが来客を知らせた。その音にマスターを含む全員の視線がドアへと向く。


「一体誰のシマで暴れてるのか分かってるのかい?」


 その声と共に店内へ入って来たのは、派手なドレスと帽子を被った細身の老婆。その後ろには屈強な大男と相反するようにスラっとした優男が並んで続いていた。

 すると男は老婆の姿を見るや否や立ち上がり軽く頭を下げた。


「久しいな奇妓栖」


 真獅羅の隣へ並びそう口にした桃太郎。

 一方でその言葉に老婆は桃太郎の前まで足を進め顔を覗き込むように見つめた。真っすぐな背は真獅羅と余り変わらない。


「その声……桃太郎。髭なんか生やして。随分とアタシ好みになったじゃない」


 そう言って桃太郎の頬を軽く叩いた。


「お互い老いただけだ」

「そうね。あの時から老いるには十分過ぎる時間が過ぎたもの。アタシも今じゃこのルムナファミリーを束ねるマダムキロ。変ったわ」

「ボスになったのか? 随分と出世したじゃねーか」


 感嘆交じりの声に奇妓栖は横目で真獅羅を見遣る。


「坊やはちゃんと躾けなきゃダメよ。アタシが言うんだから間違いない。にしても人猿族だなんて……面倒な顔を思い出すわ」

「あぁ?」


 自分だと気が付いてない事に真獅羅は少し顔を顰めた。


「まさにその面倒な奴だ」


 奇妓栖は一度桃太郎へ戻した視線ごと顔を真獅羅へと向けた。


「真獅羅? でももっと死にかけのジジイになってるはずじゃなくて?」

「誰が死にかけだババア」

「その口の悪さ。本当みたいね」


 すると奇妓栖は真獅羅の頬を握り潰す様にしたから掴んだ。


「昔アンタのとこの若造がここで粗相したのを忘れたのかしら? その時、間に入ってあげたのは? あの時はまだ幹部ですらなかったアタシが自分の首――いえ、命を賭けてあげたのを忘れたとは言わせないわよ?」

「ふぁふぁってる(分かってる)」

「アンタはアタシに途轍もない借りがある。二度とそんな口は聞かない事ね」


 最後は乱暴に真獅羅の顔を放り投げた。

 そして再び奇妓栖の視線は桃太郎へ。視線は向けながら彼女は優男が座りやすいよう回転させたカウンター席に腰掛けた。


「それで? 一体何の用かしら? こんな騒ぎまで起こしてどういうつもり?」


 当然の問い掛けをする奇妓栖の隣へ座った桃太郎はあの写真を取り出し彼女の前へ滑らせた。写真を手に取り視線を落とす奇妓栖は大きく表情は変えなかったものの少しだけ眉を顰めた。


「そう……」


 奇妓栖は呟きながら胸前を通り過ぎさせた手で自分の肩に触れた。その写真だけで全てを理解した彼女の声は小さく真剣味を帯びている。


「少しだけ時間がいるわ」

「なら時間も遅い。今日はここに泊まって明日、出発しよう」

「えぇ。ホテルを用意させるわ。それとアタシのお気に入りのレストランも」

「悪いな。それと実はこの件を儂に持ってきたのはゴーラン王国軍だ。準備を手伝ってくれてる総司令部の人間がいる。大丈夫か?」

「別に元々、王国軍狩りなんて野蛮な事はしてないわよ。でも伝えとく」


 そう言った後、奇妓栖は桃太郎に手を差し出して見せた。


「そこのがジジイから坊やになってるって事はアレがあるんでしょ?」

「誰が坊やだ」


 真獅羅の反論を無視する奇妓栖に対し、桃太郎は袋をテーブルの上に置いた。


「懐かしい」


 袋から一つ取り出した奇妓栖は二回に分けて口へ入れ吉備団子を食べ始めた。

 すると真獅羅と違い苦しむ様子はなかったものの体から光を放ち、それが収まる頃にはすっかり若々しい姿へ。顔の皺も消え、肌にも張りが戻り、そこには臈長けた女性が座っていた。そのドレスも相俟って舞台に立ちスポットライトを浴びていても不思議はない容姿だ。

 若返った奇妓栖はまず大きく伸びをした。


「若さっていうのは最高ね。どんな宝石よりも美しく、どんな大金よりも価値があるわ」


 自分の腕を撫でるように見つめながら奇妓栖は満足気な笑みを浮かべていた。


「あんま変わんねーんじゃねーのか?」


 頬杖を突き覗き込む真獅羅は揶揄うような表情を浮かべていた。そんな真獅羅を鏡写しのように見返す奇妓栖。


「昔の誼みとして犬小屋か路上かは選ばせてあげる」

「いや、冗談だって」


 一瞬にして撃沈された真獅羅は桃太郎の陰に隠れるように身を戻した。

 一方で勝利を収めた奇妓栖はそのまま視線を桃太郎へ。


「そう言えばアンタは食べないの?」

「そういやそうだな。何でジジイのままなんだ?」

「いや、もう食べた。理由は分からないがな。だが別に動けるようになってればどうでもいい。それより準備があるんだろ?」

「そうね。ロッド」


 奇妓栖に呼ばれ近づいて来たのは一緒にこの店へやってきた優男だった。


「二人をホテルに案内して。あと王国軍のお友達も」

「はい」

「あとはこのロッドに任せるわ」

「分かった」

「それじゃあまたあとで」


 そう言うと奇妓栖は立ち上がりドアへと歩き出す。その途中、最初に真獅羅へ話掛けてきた男の傍で立ち止まると「片づけはよろしく」と伝えそのまま店を後にした。

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