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 マイム村を出発してから少なくとも真獅羅がぐっすりと眠るぐらいの時間を掛け、一行はプルウィアへと到着。夕陽は水平線と握手を交わし薄暗くなった空で微かに星の光が顔を覗かせている。

 しかし車はその手前で止まってしまった。


「恐らく自分は行かない方が良いでしょう。服装からしてゴーラン王国軍であることは明白ですので」

「用心に越したことはないな」


 有真の言葉に納得した桃太郎は前の座席を叩き真獅羅を起こした。


「行くぞ」

「――あぁ? 何だもう着いたのか?」


 寝惚け眼のまま車を降りた真獅羅は大きな欠伸をしながら桃太郎と共にプルウィアへと足を進めた。

 内と外を区切る為の壁はあれど特に検問の類は無く出入りは自由。ゴーラン王国の領土内にあるものの唯一その干渉を受けない場所として別名、ピットフォールと呼ばれる街。またその特徴から他の呼び方も。


「さぁーて、行きますか。ならず者の街へ」

「確かお前の故郷だったか?」

「はぁ? ちげーよ」


 笑みを浮かべる桃太郎に対して真獅羅は純粋に眉を顰めた。

 プルウィアは入り口から街の中心広場まで真っ直ぐ一本の道が伸びている。エヌロードと呼ばれるその石畳の道はこの街で唯一の柄で造られており、この街で唯一の法律。

 その道に沿って入り口から真っすぐ、中央広場まで進んだ二人。


「それで? 奇妓栖はどこにいるんだ?」


 小さな円形の広場と言うには余りにも何もない場所から伸びた二つの線。エヌロードを除き、この街は三種類の石畳で分けられた地区で構成されている。そしてこの街を事実上、治めている組織も三つ。

 真獅羅は桃太郎にそう言われるとエヌロードと向かい合うように広がる地区を指差した。


「ルムナファミリー。俺が聞いた話だとな」

「あとはどう会うかだな」

「確か相当な地位に就いてるはずだ。記憶違いじゃなきゃキロって名前だった覚えがある。でもまぁ知り合いだからなんて理由じゃ会えないだろうな」

「詳しいな」

「たまたまだよ」

「それなら手っ取り早く手荒な方法にしとくか」

「おいジジイ。血の気が多すぎだろ」


 そう言いつつも特に止める事なく桃太郎と共に真獅羅はルムナファミリーの縄張りへと足を踏み入れた。

 そこはバーやレストランなど比較的に品のあるような街並みだったが、でもどこか陽の光が届かない闇を思わせる不気味な雰囲気が漂っていた。そんな街を適当に歩いた二人は適当なバーへ。

 疎らにお客のいるバー内へ二人が入店すると、微かながら警戒の視線が飛び交った。平然を装いながら二人は店内をざっと確認しつつマスター前のカウンター席に腰掛ける。


「スコッチのシングル、ストレート」

「んじゃ俺はウォッカにするかな」

「かしこまりました」


 注文を受け静かにお酒を入れると手早く二人の前に並べるマスター。そしてまずはそのお酒を一口ずつ。


「なぁ。ルムナファミリーのキロに会うにはどうしたらいい?」


 真獅羅は少し身を乗り出し、マスターに直球的に尋ねた。

 だが当然と言うべきかマスターは苦笑いを浮かべ少し首を振って見せる。


「申し訳ございません。私には何とも」

「そうかぁ。どうもしたもんかな。アイツには借りがあるからな」


 わざとらしく大声で溜息交じりの声を出す真獅羅。

 するとそんな真獅羅の隣へ一人の男が腰掛けて来た。ネクタイはない雑な着こなしのスーツに無精髭、少し禿げたオールバックの男は体を真獅羅に向けたまま座っており笑みを浮かべている。更に圧を掛けているのだろう、ネクタイを含めしっかりとスーツを着た部下らしき男が二人の後ろに並んだ。数は五人。


「よぉ。ちょっと話が聞こえてな」

「ルムナファミリーの奴か?」

「まぁな」

「なら話が早い。キロに会わせろ」


 友好的で陽気な様子の男は真獅羅の言葉に控え目な声で笑った。


「何の為に?」

「お前さんには関係ない」

「そうかぁ」


 そう言うと男は沈黙の中、人差し指と親指を口角に当てると内側へと摘まむように撫でた。


「まぁそうだな。理由なんてどうだっていい」

「話が分かる奴だな」

「話をするのは嫌いじゃない。馬鹿とはごめんだがな」

「誰だって疲れるのは嫌いだ」

「あぁ全くその通りだ」


 男が先に小さく笑い声を上げると真獅羅も続けて鼻を鳴らす様に笑った。一見すれば仲が良く会話をしているようにも見える二人。だが互いに相手へ一切の隙を見せぬ様にし、笑顔の仮面裏では一瞬の火花が爆発を起こすような緊張的な雰囲気が漂い続けていた。

 そして男は笑い終えると真獅羅へ向け人差し指を立てて見せた。


「俺はお前に一つだけ協力できる」

「ホントか? 俺はラッキーだな」

「あぁラッキーだ。俺はお前らが今すぐにこの店を出て真っすぐこの街を出るまで、こいつらに何もしないよう協力してやれるんだからな」


 隣に立つ五人の男達へ片手を向け押さえ付けるようなジェスチャーをして見せる男。


「会わせる気はないと?」

「少なくとも怪我はせずに済む。その一杯も奢ってやる」


 どうだ? そう言いたげに男は首を傾げて見せた。


「なるほど」


 そう言うと真獅羅は席を立ちあがり、続いて桃太郎も立ち上がった。


「話が出来て楽しかったよ。なんならグラスごと持って行ってもいいぞ」

「楽しかったか。そりゃよかった。ならこの後も楽しんでくれ」


 すると真獅羅は一番近くにいた部下の男一人を突然蹴り飛ばした。突発的な行動に少しの遅れがあったものの応戦しようと部下の一人は桃太郎へと殴り掛かる。

 しかしそれを悠々と片手で受け止めた桃太郎は力づくで下げさせると握った拳で一発。鈍器で殴ったかのように一撃で床へと沈めた。

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