壱章 鬼退治の同窓会

1

 最高司令官室を後にした桃太郎は少し遅れて後を追ってきた有真と共にここまでやってきた車へと戻った。


「まずはどうしますか?」

「そうだな。まずは帰るとするか」

「はい」


 それからゴーラン王国を出発した車は同じ道を辿り桃太郎の家へと帰って来た。


「桃太郎さんの準備の手伝いをするよう言われてますが、僕はどうすればいいでしょうか?」

「なら少し待っててくれ」

「はい」


 そう言って家へと戻った桃太郎は真っすぐ居間へと向かった。畳の敷き詰められた静かな空間を通り抜ける風のように歩く桃太郎は一番奥にある掛軸の前で足を止める。

 視線を落とした先――床板には一本の刀が飾られていた。それをじっと刀を見下ろす彼の脳裏に流れていたのは、あの激闘。王鬼とその手下、鬼ヶ島での戦いだった。


「こいつを再び手に取る事になるとはな」


 溜息を零す様に呟いた桃太郎は室内の静寂を乱さぬようそっと刀を手に取った。

 そして家を出た桃太郎は待っていた有真の車へ。


「次はどこへ行けばいいでしょうか?」

「まずはカンビに行こう」

「カンビですか?」

「そうだ」

「分かりました」


 小首を傾げるような口調で返事をした有真は言われた通りカンビへと車を進めた。


「これからの予定をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 バックミラー越しに頬杖をつき外を眺める桃太郎へ視線をやりながら有真はそう尋ねた。


「まずカンビに欠かせない物を取り行く。それから――同窓会だ。まぁ行けば分かる」


 あまりハッキリとした答えは返ってこなかったものの有真は黙ってまずはカンビへと向かった。

 そして桃太郎の家から暫くして、二人は余り大きくはないものの人々が穏やかに暮らす小さな街――カンビへと到着。街の中へ入ると後部座席からの道案内で進む車は一軒の定食屋の前で停車した。


「ここですか?」

「ここだ」


 そう返事をしながら中へ入っていく桃太郎の後を有真も追った。


「いらっしゃいませ」


 中に入ると女性店員の明るい声が二人を出迎えた。時間帯もあってか店内にはお客がおらず座っていた店員は声を出しながら立ち上がり桃太郎の方へ。

 すると店員は桃太郎の顔を見るや否や「あっ!」と言う表情を浮かべた。


「桃さん! 久しぶり」


 より一層明るくなった表情のまま女性は桃太郎とハグを交わした。


「元気そうだな」

「もっちろん」


 二の腕をアピールするように片腕を曲げて見せる女性の後ろでは、キッチンから男性が顔を覗かせていた。


「あっ、どうもお久しぶりです」


 そんな男性へ片手を上げて挨拶を返す桃太郎。


「そっちの方は……軍人さん?」


 桃太郎の後ろに立つ有真に気が付いた女性は彼の服装を見るとそう首を傾げた。


「ゴーラン王国軍総司令部の瀧野瀬有真と申します」


 敬礼と共に自己紹介を慣れた口調でする有真。


「蓬莱亭ホール担当、神酒有紗です」


 そんな有真に対し慣れない様子で敬礼を返す有紗。


「その旦那の哲也です」


 更に奥から男性が付け足す様に続いた。

 そして有真の方を振り返った桃太郎は有紗の肩へぽんっと手を置き分かり易い説明を加えた。


「有紗は婆さんのひ孫だ」


 だが有真の中にある疑問は依然と疑問符を抱きかかえていた。


「はぁ……ですがここへは何をしに?」


 桃太郎はそれに答えると同時に来た目的を伝えようと有紗の方を向いた。


「あのレシピを頼めるか?」

「あぁー。でも材料が殆ど無くて四つしか出来ないけど?」

「十分だ」

「それじゃあ今から作って来るからそれまでの間、何か食べてって」

「折角来たからな」


 そう返事をした桃太郎はまず有真の方を振り向く。


「腹は?」

「いえ、自分は――」


 だがそんな有真の言葉をタイミングよくお腹の虫が遮る。


「頂きます」

「お好きなのをどうぞ。どれも美味しいですよ」


 有紗は壁に貼ってあるメニューを手で指し自信に満ちた表情を見せた。


「えーっと……」

「儂はいつもの」


 メニューへ目をやり悩む有真を他所に桃太郎は先に注文。


「はいよ」

「じゃあテツ君あとよろしく」


 注文に対し哲也が返事をすると有紗はそう言ってお店の奥へと消えて行った。


「それでは自分はオムライスを」

「はいよ」


 それから哲也はキッチンへ料理を作りに行き、二人は適当な席に座っては出来上がりを待っていた。


「あの、レシピとは何なんでしょうか?」

「婆さんのそのまた婆さん、代々受け継がれる物だ。鬼をやるのにはかかせない。特にヤツをやるなら尚更だ」

「お待たせしましたぁ」


 そのタイミングで料理を持ってきた哲也が二人の元へ。


「オムライスと」


 順番にそれぞれの前へ空腹の匂いを並べた。


「ミックススペシャル定食です」


 有真の前にはシンプルなオムライス。桃太郎の前にはミックスフライ定食のご飯が海鮮丼になった文字通りスペシャルな定食。


「そんなに食べるんですか?」


 どこか気圧されながら有真はスペシャル定食を見つめていた。


「こいつが鬼をやる秘訣だ」


 そう言って桃太郎は最初にエビフライに齧り付いた。

 その向かいでまず一緒に運ばれて来たケチャップをかけた有真は、一口目を掬うと顔の前で止めじっと見つめ始めた。


「どうした?」

「いえ、懐かしいと思いまして」

「ここに来た事あるのか?」

「そうではなくて……。母が昔オムライスをよく作ってくれてまして。母子家庭で忙しい中でもご飯は良く作ってくれてましたね」


 懐古の情に染まった彼の双眸はスプーンに出来たオムライス山の空に想い出を見ていた。


「それが今じゃゴーラン王国軍の総司令部か」

「母には感謝しかありません」

「なら少しでも顔を見せる事だな」

「はい」


 それから食事をしながら待っていた二人の元へ丁度、食べ終わり一息ついたところで有紗は戻って来た。手には二つの袋を持っているが、色付きで中は見えない。

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