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それを破ったのは笑いを漏らしたフィスキー。
「私はこの国を愛しています。そしてその根源でもある憧憬の念は、一人の英雄へと向けられているのです」
冗談か本心か、フィスキーは桃太郎へ差し出す様に手を向けた。
「そして貴方の仰る通り、これは本来ならば我々が対処すべき問題。ですが過去の資料を読み漁り、更に多少の上下を考慮しつつ、王鬼をどうすれば討滅出来るのか……。私はありとあらゆる策を講じました――ですが結果は全て同じ」
言葉より先にフィスキーは小さく顔を振った。
「我が軍の壊滅です。あの化物に勝つ手段を私は思い付く事が出来ませんでした。いえ――これしか思い付かなかったのです。王鬼に関しては私よりも遥かに貴方の方が詳しいのは事実ですが――どうでしょう? 貴方から見て我々が王鬼に勝つ方法は存在するのでしょうか?」
その質問に桃太郎は大きな溜息を零した。
「ここの軍がどれ程の規模なのかは分からん。だが、アイツを殺す為に必要なのは数じゃない。アイツを殺すのに必要なのは――」
「貴方です」
答えを待たずに割り込んだフィスキーは、確信的な表情を浮かべ桃太郎へ手を向けていた。
「恐らく全勢力を投じれば、我々は貴方を殺す事が出来るでしょう。一方で王鬼は我々を一人残らず殺す事が出来る。そして貴方は――王鬼を殺す事が出来る」
「だがヤツはだけは儂を殺す事も出来る」
「そうかもしれませんね。ですが、貴方の刃は誰よりも王鬼の喉元に近い」
「もし儂が断ればどうするつもりだ?」
「そうですねぇ……」
フィスキーは顎に手を当て素振りなのか少し考え始めた。
「ありったけの軍船にありったけの爆薬を乗せ、残りの兵で王鬼の注意を引いている内に軍船で一斉に突撃でもしますかね。あの辺り一帯の海流を変える程の爆発が起これば一筋の光ぐらいは見えるでしょう。良くてゴーラン王国軍との相討ちといったところでしょうか」
「軍の最高頭脳が実行する作戦とは思えんな」
「仕方ありません。現状、王鬼は圧倒的な捕食者なのですから」
そして桃太郎は大きく息を吐きながらもう一度、写真へと目を落とした。
「如何でしょうか?」
「――元々は儂が殺し切るべきだった」
過去を思い出しながらそう呟いた桃太郎は、ただじっと写真越しの王鬼を見つめていた。
「いいだろう。責任を持ってアイツをあの世に連れてってやる。偽りの英雄としてな」
「全てを代表して感謝申し上げます。引き受けて頂きありがとうございます」
刀のように鋭利で素早く、美しい動きでフィスキーは最大限の敬意を込めた敬礼を桃太郎へと送った。
「これよりゴーラン王国軍は貴方への全面協力を確約させて頂きます。必要な物があればいつでも仰って下さい。それと――」
フィスキーはそう言うと一度デスクまで戻り長方形の封筒を手に取った。そして立ち上がる桃太郎の元へ戻るとそれを差し出した。
「こちらをどうぞ」
小首を傾げた表情を浮かべるもその封筒を受け取る桃太郎。
「そちらは、ゴーラン王国軍最高司令官である私の発言と同等の力を有しています。ゴーラン王国軍であればそれを見せるだけでご協力させて頂きます。他にもある程度、融通は利くようになるかと」
「他国でも使っていいのか?」
「必要とあらば遠慮なさらず」
若干の冗談交じりで尋ねた桃太郎に対し、一切の迷いは無くその返事は返って来た。
「政治屋に叩かれるぞ?」
「問題ありません。元より聞く価値の無い小言などに興味はありませんので」
清々しい表情を浮かべたフィスキーを目の前に桃太郎は封筒を内ポケットへ仕舞った。
それからフィスキーへ背を向けると出口へと足を踏み出した。
「それと先に謝罪しておきますが、軍内には貴方を疑問視する声も上がっています。本当に任せて大丈夫なのかと。もしかするとそう言った者が無礼な態度を取るかもしれません」
その言葉に足を止めた桃太郎は背を向けたまま尋ねた。
「いいのか? 儂を試さなくて?」
「はい。その必要は無いでしょう」
「その為の刀じゃないのか? それとその銃もな」
ニヤリ、と口角を上げたフィスキーは背の裾を上げながら隠し持った拳銃を取り出し、桃太郎へ正解だと言わんばかりに見せた。
「正直に申し上げますと、一抹の不安はありました。英雄とは言え、貴方も老いてしまったのではないかと」
言葉と共にフィスキーは銃口を桃太郎へと向けた。
「ですがこうして顔を合わせてみれば、そんなものは使えない政治屋の戯言でした」
そして口を他所へ向けた銃は降伏だと腹を見せた。
「そうか……ならあの老い耄れで大丈夫かと訊かれたらこう伝えてくれ――」
途切れた言葉の後、部屋へ広がったのは穏やかな静寂。
そして僅かな沈黙の中、桃太郎はそっと振り向きフィスキーと目を合わせた。
「あれは儂の獲物だ、とな」
その声と表情は抑揚の無いものだったが――穏やかな雰囲気ごと押し潰してしまう程の威圧感が一瞬にして辺りを呑み込んだ。桃太郎の頭上へ蜃気楼のように鬼の形相を見てしまう程にそれは重く、鋭く、巨大。
そんな重力を倍増させたかのような圧力に有真は一歩だけ足を引かせ何とか立っているといった様子。そしてフィスキーは冷や汗を一滴、額に滲ませながら苦笑いのような表情を浮かべていた。
しかしそれもほんの一瞬。桃太郎が顔を戻し、再び歩き出すとそれは嘘のように消え去った。何てことない平然とした部屋に足音を響かせ桃太郎はそのままドアを出て行く。
「彼の準備の手伝いをよろしくお願いします」
ドアの音が響いても尚、今にも倒れてしまいそうな有真だったがフィスキーの声で我に返ると慌てて姿勢を戻した。
「――は、はい!」
そして敬礼をし桃太郎の後を追った。
一方、一人部屋に残ったフィスキーは閉じたドアを見つめながら静寂に包み込まれていた。そして踵を返すとデスクの方へ歩き出しそのまま外へ視線をやる。ガラス越しの景色をじっと見つめていたフィスキーだったが、口角が上がり始めると段々と笑い出した。声が漏れ――最後は部屋に笑い声を響かせる。
そのまま体を翻しデスクへ腰掛けると、そこで笑いも辺りの静けさに溶け始めた。
「本物の天才……ですか」
デスクへ両肘を立て手を組みながら顔を俯かせては笑い交りに一人呟く。
「ではその歳になっても尚、衰える事を知らない貴方は、敬意を込めて――」
そして顔をゆっくりと上げ、ドアへ鋭い眼差しを向けた。
「本物の化物ですね」
言葉の後、僅かの間を空けるとフィスキーは椅子を回転させ再び視線をガラスの向こう側へ。
「鬼を倒せるのは鬼という事ですか」
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