第192話 大混乱


「親父……なぜ……」


「スマン……スマンッ! 俺は息子があのように殺されるのは耐えられん! 俺もすぐにお前の後を追う!」


「ゴボッ……。そ……ば……こと……」


 それは先ほど勢い余ったロレイによって負傷した、エルヴァンの親子による会話だった。

 二人は……少なくとも息子の方は、ロレイの槍によって大腿部に風穴が空いており、まともに逃げられそうにはない。

 そんな息子に対し、父親と思しきエルヴァンが心臓部へと短剣を突き刺していた。


「許せ! 少なくともあのように苦しんで死ぬことはない……。俺も今い――」




 …………。



 ……………………。




 「………………………………ッッ!!」




 なんだ?

 一体何があった?

 俺は……エルヴァンが……親子で…………。


 酷く記憶が乱れている。そんな馬鹿な!?

 これまで散々火星人の技術力には驚かされてきたんだ。そんな超技術力で改造された俺の記憶が乱れるなんて、ありえない!


 記憶だけでなく、内心でも酷く混乱しているのが理解できる。

 変に改造された頭脳部分が働いているのか、表向き冷静に見えながらも中身がぐちゃぐちゃといった感じだ。

 いや、冷静に考えている部分と激しく混乱している部分が同居しているかのようだ。


 とにかく、意識を内面ではなく外へと向ける。

 すると、俺の視覚野が周囲の状況を報せてくれた。



「なんっ……」



 燃えていた。

 森都ライスラヴが一面の炎に包まれている。

 見渡す限りの炎は、石造りの建物すら融解させる程の熱でもって、街の光景を溶かしていく。


 何があったかは分からない。

 いや、少なくともこれを成したのが俺であろうことは分かる。

 その分の魔力は消耗していた。


 しかし何故こんな魔法を使ったのか。

 どのような魔法を発動させたのか。

 混乱の極致にある俺に、緊迫感のある声が届く。


「ロレイ!」


 その声の主が誰なのかはすぐに分かった。

 グレモリィの声だ。

 しかし、その声に応じて俺に槍を突き刺そうとするロレイの行動は、まったく理解出来なかった。


「……ッ」


 幾ら混乱状態とはいえ、半分は冷静な思考が出来ているせいか、ほぼ不意打ち状態だったロレイの攻撃も軽く躱せる。

 ……だがその動きに合わせるように、根本のサイキックソードが俺を襲う。


「根本!?」


 ロレイや根本達を相手に戦うことは何もこれが初めてではない。

 訓練の時にはこうした模擬戦も行っている。

 その時は手加減なしで殺す気でかかってこいとはよく言っていたのだが、今の攻撃はその時の攻撃より激しい。


「食い止めるッ!」


 次にペイモンが喝を入れるような声を上げながら、大剣を手に襲い掛かってきた。

 しかも背後からは沙織がいつの間にか回り込んでおり、挟撃にかけるつもりのようだ。

 ペイモンが大きな声を発したのも、背後に回った沙織から注意を逸らしたかったからだろう。


 なんだなんだ?

 突然、俺対全員での模擬戦を始めたのか?

 にしちゃあ、みんな殺意高すぎるだろ!


 前衛組が俺を押し留めようとする中、後衛組は強力な魔法を練り上げていく。

 中でもグレモリィの奴は……かなりの魔力を籠めている。


「お前達、どうしたってんだ!? 全員妙な状態異常にでもなったか? それとも俺が暴走したと思って止めようとでも――」


「……ブルール、アン、インフェラ、ファジロ!」


「天の怒り、一つ所に集いて我に歯向かいし者に永遠の安らぎをもたらせ!」


 俺の言葉に全く耳を貸す事もなく、樹里からは獄炎の魔法が。

 ナベリウスからは雷の現代魔法が放たれる。


 俺の方はこいつらをどうにかするつもりはないが、後衛組の殺意も高いようだ。

 魔法も全力で俺に向けられたが、この程度なら魔法障壁で防げる。

 だが、グレモリィの攻撃はそうもいかなかった。


『全て、始まり。全て、終わり。真なる、無。マナ、奉げ、顕現。滅剣!』


 それは確かにグレモリィの声ではあるのだが、不思議と響き渡るようなサラウンド感のある立体的な声だった。

 周囲に置いた幾つものスピーカーから、別々の言葉を同時に話したように重なり合う声。


 このグレモリィが使用している言語は、人間の言葉でも魔族の言葉でもない。

 俺の耳は、恐らく樹里やナベリウスでも聞き取れない特殊な発声による言葉と、その意味を理解していた。



 ――それは魔法語と呼ばれる言葉だ。


 

 樹里が使ってるのも魔法語が元になってはいるのだが、あくまで人間が発音しやすいように調整されたものだ。

 なので人の耳では捉えられないような周波数帯の音は、バッサリカットされている。


 本来の魔法語とは、突き詰めれば高次元の世界においてようやく扱えるものであり、三次元の知覚能力しか持たない樹里に扱えるものではないのだ。


 だというのに、グレモリィのソレは大分形になっていた。

 完全に魔法語の原音を再現出来ていないせいで、片言のようになってしまってはいるが。


「滅せよ!」


 物騒な言葉を叫びながら、グレモリィが突っ込んでくる。

 つい考えに耽ってしまったが、今はそれどころではない。

 俺の心の中で沸き起こっていた混乱も、ようやく落ち着きを取り戻し始めた。

 

 これが本来の戦闘スタイルなのかもしれないが、どちらかというと魔法系のイメージがあったグレモリィが、魔法により生み出した漆黒の剣を手に俺に迫ってくる。

 その剣は一定の形状をしていなかった。

 ベースは剣の形をしているが、ゆらゆらとしていて定まった形を取っていない。


 グレモリィがその漆黒剣を俺に向けて、切り払おうとしてくる。

 意外と様になっているグレモリィの漆黒剣を避けつつ、俺はアイテムボックスから魔法剣を取り出す。


 そして次のグレモリィの攻撃をその魔法剣で受け――とめようとして、咄嗟に俺は後ろへと下がる。

 無理な態勢で後ろへと下がった俺に一足で追いつき、トドメとばかりに不安定な態勢の俺に剣を振り下ろすグレモリィ。


「チィッ!」


 俺は魔法剣を再びアイテムボックスに収納し、代わりに右手部分に何重もの魔法障壁を展開し、その部分でグレモリィの漆黒剣を受けた。

 だが火であぶったナイフでバターを切り付けたかのように、多重展開した魔法障壁が次々に剥がされていく。


 よく見ると、グレモリィも直接漆黒剣を持っているのではなく、剣と持ち手の間には隙間があるようだ。

 恐らく俺が魔法剣で受けたとしても、魔法障壁と同じようにあっさり切り裂かれていただろう。


「ぬんっ!」


 仕方ないので、俺は右手で直接漆黒剣をその手に掴むことにした。 

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