第193話 鎮静


「!? バカなッ!!」


 グレモリィの漆黒の剣を俺は素手で受け止める。

 すると、グレモリィからは真に驚きを感じた者だけが発する声が漏れた。


 直接触れて見たことで、俺は理解する。

 グレモリィが手にしている漆黒の剣は、俺が謎空間と呼んでいる場所と同じ性質のものだということに。


 俺は生身であの空間に入ることが出来るが、当然のことながら空気もないし光もないし、なんなら時間も流れていない。

 なるほど、確かにそんな空間の一部をこの世に現出させることができれば、全てを切り裂く……というよりは、全てを飲み込む虚無の剣を生み出せるんだろう。

 だが俺には通用しない。


「ぐはぁっ!」


 とりあえず距離を取る為にグレモリィを蹴り飛ばしてやると、内臓が破裂するような音が俺の足を通して伝わってくる。


「む、やりすぎたか?」


 思わずそう尋ねてしまうが、グレモリィは蹴り飛ばされた先で腹部を抑えながらこちらを睨むように見つめている。

 流石に吸血鬼の始祖種であるせいか、この程度ではまだまだ戦いに支障はなさそうだ。


「だが困ったな」


「何が困ったというのじゃ! 妾の破滅の力すら涼し気に受け止める化け物めが……めが……めが……。はうあっ!?」


「な、何だあ?」


 途中まで憎しみ……というか、若干の恐怖が混じった瞳でこちらを睨んでいたグレモリィだったが、途中から様子がおかしくなる。

 表情を見たところ、酷く困惑しているようだ。


「なっ、にっ……。妾は一体何を……?」


「大地さん!」


「ハッ……。ま、マスター!!」


 他の連中も一斉に挙動不審になっている。

 ただ沙織と……それに続いてペイモンが、我に帰るなり俺の下へと駆け寄ってきた。

 二人共酷い顔をしている。

 この感じだとどうやら元には戻ったようだが……。


「申し訳ありません……申し訳ありませんんんッッ!」


「大地さん……、私は……、私は…………」


 二人とも言葉もろくに出ないようで、ひたすら謝罪やら言葉にならない嗚咽を漏らし続けている。

 その間に、根本達も困惑した様子で全員集まってきた。


「ふううぅ、もういい。もういいって」


「ですがっ……ですが!!」


 俺が何と言おうと、沙織とペイモンの態度は変わらない。

 ペイモンなどは、取り出した短剣で自分の腹をかっさばこうとした程だ。

 武士じゃあるまいし、そんなことされても困るっちゅうの。



「……なぁ、根本。一体何があったんだ?」


 仕方ないので、少しは落ち着きを取り戻している根本に尋ねてみることにした。

 だがこいつもいまいち何があったのか分かっていないようだ。


「いや……その、僕にもよくわからないんッスよね……」


「他の連中はどうだ?」


「おいらもよくわかんねっす……」


「守るべき主に刃を向けるなど、某は……某はッ!」


「ああ、待て。ステイ! ステイ!」


 普段は問題の少ない武人肌のロレイも、こうなると面倒だな!

 仕方ないので、俺の方で覚えていることを話してみる。


「俺の方の記憶ではな。確か……最後にエルヴァンの親子が何か会話をしていたことまでは覚えている。だが、その後どうも記憶が途切れたみたいでな」


「ああ……えっと、おいらもその辺は覚えてるっす。そん時から親分の様子がおかしくなりはじめて……」


「で、次に気付いたらこのように街中が炎上していてな。ってか、ここにいると危ないな。一旦場所を変えよう」


 未だに俺達の周りは火の海に包まれている。

 あんだけ派手に高熱で燃えれば、可燃物はさっさと燃え尽きそうなものなんだが、何故かずっと燃え続けている。


 よくみれば、明らかに普通は燃えないであろう石造りの建物の石の部分からも赤い炎が噴出していた。

 どろどろの溶岩みたいに溶けるならまだしも、ガスバーナーみたいに吹き出しているな。


「……いや、やっぱなんか周り中やばそうだから、転移で飛ばしてやる」


 俺は街の外まで全員を転移で飛ばす。

 そこから森都を見てみると、燃えている範囲は森都全域には達していないようで、おおよそ3分の2ほどのエリアが燃えているらしい。


 城のあった場所もその範囲に含まれており、街のどこにいても見上げれば位置を確認できたであろう城が、今や炎によって壁部分まで溶かされ見えなくなっている。




「うわぁ……。相変わらず親分の魔法はエグイっすね」


「…………」


 根っから物事を深く捉えないせいか、ヴァルはすっかり元通りといった感じになっているが、他の連中はさっきの不可解な件を気にしてか言葉数が少ない。


「で、さっきの話に戻るんだが、俺が記憶を失ってる間に俺が何をしていたか分かるか?」


「ダイチ様は……」


 ヴァル以外の連中が押し黙って静かな雰囲気の中、口を開いたのはナベリウスだ。


「ダイチ様は、炎の魔法を使った……ように見えたわぁ」


「まあ、それはあの状況を見れば明らかだな」


「ええ、そうねぇ。相変わらず私にはぁ、どんな原理でどんだけ魔力を使えばあんな魔法が使えるのか、さっぱりわからないんですけどねぇ」


「俺も意識のないような状態で使った魔法だから、何をどうやったのか自分でも分からん」


 俺の体は大分機械的な所があるので、体内で起こった現象や周囲で起こった出来事のログを読み返すことも出来る。

 だが今回の件に関しては、そこの部分だけぽっかり抜き取られたかのように、ログを参照できない。


「あの……、ぼく達はた多分ダイチさんと入れ違うようにしておかしくなったんだと思います。ぼくもナベリウスさんと同じで、ダイチさんが炎の魔法を使った所まではハッキリ覚えてるんです」


「覚えてる? っつうことは、その後に記憶が無くなったってことか?」


「あ、いえ。無くなったというより、混乱しているといった感じでしょうか」


「そっすね。おいらも今思い返すと、あの時の自分はなんかおかしかったのが分かるっす」


 おかしくなっていた?

 どうもふんわりとした言葉だが、記憶が混乱してたんならそうなっても当然かもしれん。


「具体的にどうおかしくなっていたか分かるか?」


「うーーーん、そっすねえ。覚えてるのは、タマが縮み上がるような恐怖感と、それでも逃げてはいけないっていう強い気持ちっすかね」


「なんだあそれは」


「んーとっすね。多分……、親分と同じくらい強い奴が突然目の前に現れたような……。そんな感じで必死になってたというか……」


「それ、僕にも分かるよ……。とんでもなく強大で、まず勝ち目がない相手。そんな相手普通なら逃げればいいんだけど、それすらも出来ない。逃げる道がないなら、戦うしかない。一瞬でそう判断がついたのをなんとなく覚えてる……」


 その時のことを思い出したのか、体を震わせながら根本がその時の状況を語る。

 思わず口調が素に戻る位、その時のことが衝撃的だったようだ。


「あたしも……ね。みんなを守らなくちゃって思ってたのはすっごく覚えてるわ」


 ううん、話を纏めると。

 どうも俺を見知らぬ強大な敵と誤認したというのが、あの敵対行為の理由だったということか?

 これはもっと詳しく調べる必要がありそうだ。

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