第191話 情緒不安定


 流石に魔法なんてものが存在するファンタジーな世界。

 突然上空一万メートルに飛ばされたというのに、生き延びている者も若干いるようだ。


 けど大半は無抵抗のまま雨となって降り注ぎ、俺達のいる周辺や少し離れた場所にある森都へと降り注いでいる。

 上空の風で煽られたのか、人の雨はそれなりの範囲に散らばって降り注いでいた。

 

「う……わぁぁぁ……」


「これはまた壮絶な光景ッスね……」


 近くにいるのに、遠くから聞こえてくるような樹里と根本の声。

 身体的な機能としては、俺も周囲の出来事を冷静に観察しているんだけど、気持ちがどうも取り残されている感じがする。


 それもこれも、さっき一瞬だけ俺の脳裏に過った声のせいだ。

 どうも気持ちが落ち着かない。

 不安……ともまた違う。

 自分で自分が制御できないような感覚だ。


「大地さん、大丈夫ですか!?」


 その声に機械的に振り向くと、そこには俺の体を激しく揺する沙織の姿があった。

 その声音はいつになく焦りの表情が見える。


 ……ああ、そうか。俺のせいか。

 体を揺すられるうちに徐々に意識が覚醒していくような感覚を覚える。

 それと共に、先程の声に関する記憶も奥底へと下がっていく。


「あ、ああ。大丈夫だ」


「そうですか……。あの、無理はなさらないで下さいね」


「心配ない、ちょっとアレだっただけだ。……それよりそろそろ森都へ入ろう」


 そう口にしながらふと樹里の様子を窺う。

 いつもより大分顔色が悪く見える。

 魔法で死体ごと消し飛ばすようなものならともかく、高所からの落下死は辺り一面をひき肉工場へと変えた。

 以前よりは大分慣れてきていたが、樹里の顔色が悪いのは周囲の光景のせいだおる。


「……燃えろ」


 原形を留めていない肉や骨の塊がそこらに転がっている。

 大分衝撃的な光景であるが、何より臭いもきつい。

 俺は大仰な魔法名を唱えることなく、周囲に散らばっているそれらを焼き尽くす。






「流石に抵抗する気はないみたいッスね」


 俺らは大きな門を潜り森都へ入るが、すぐさま攻撃を加えてくる者は殆どいなかった。

 というか、空から降ってきた人の雨は森都内にも降り注いでいたので、その対処に追われててんやわんやといった状態。


 だがそれでも時折攻撃を仕掛けてくるエルヴァン族がいたので、その都度対処していく。

 といっても俺ではなく、これまで出番がなかったヴァルやペイモンが暴れていた。


「樹里は大丈夫か?」


「う、うん……。まだ気分は悪いけど、一度吐いたら少し楽になったわ」


 俺達日本人組を内側に、外側を従魔で固めながら城の方角へ移動していると、定期的に俺達に襲い掛かってくる奴が現れる。

 ただ組織だって動けてはいないようで、混乱っぷりが窺える。


「……樹里は別に攻撃に加わらなくていいから、自分の身を守ってろ」


「え、あ、うん……。わかった」


 弱々しい声で答える樹里。

 これまで無意識のうちに目を背けていたが、大規模な虐殺をした時にはよくこんな顔をしていた。


 ゴブリンの時はそれなりに割り切れていたようだけど、今回みたいな魔民族やエルヴァンのような、見た目が人と同じような相手だとそれも難しいらしい。

 それでも俺は俺の我儘で樹里を連れ歩い……ってどうもいかん。


 さっきから俺の情緒も不安定になってきているのを感じる。

 移動中、ずっと沙織が俺の手を握っていてくれたのだが、まだ俺も本調子ではないようだ。


 そんな時だった。

 俺達の行き先に立ちはだかる集団が現れたのは。

 すぐに襲い掛かってくるつもりはないようだが、従魔達はすでに警戒態勢に入っている。



「お前達! 一体何の目的があってこんなことをしでかした!」


「ロレイ、待て」


 集団の先頭にいるエルヴァンの男が問いかけてくる。

 しかし返答するまでもなくロレイが排除しようと動き出していたので、俺はそれを制止させた。


「ぐあああっ!」


「……承知」


 しかし止めるのが少し遅かったようで、ロレイは先頭のエルヴァンではなく、一番近くにいた二人のエルヴァンに攻撃を仕掛けていた。

 俺が止めるのも間に合わないくらい、俊敏な反応だ。

 もう少し遅れていたら、親子連れらしいこの二人の命はなかっただろう。


 俺も普段だったら態々止めることはなかったと思う。

 だからこそ、ロレイも制止の声が飛んでくるとは思わず、反応が遅れたのだろう。

 だが突然の命令をロレイは律義に守り、攻撃を止めて俺達の下へと戻ってくる。

 それを確認した俺は質問を返す。


「こんなこととは人の雨を降らしたことか?」


「知れたことを……。他に何がある!」


「それなら答えは簡単だ。お前達が攻撃をしかけてきたから反撃した。ただそれだけだ」


「ぐ……」


 曲がりなりにも力第一主義の魔族なせいか、「やりすぎだ!」とか「酷すぎる!」という言葉は返ってこなかった。

 しかし憎悪に満ちたその瞳は、強く俺を見据えている。


「逆に質問するが、お前達は何で魔民族を酷使する?」


「……何?」


「奴隷のように酷い境遇で扱っているんだろう? それは何故だ」


「決まってるだろう。奴らは薄汚い血を持つ力無き劣等種。それを高潔なる我らが管理するのは当然だ!」


「そうか。なら力を持つ俺がお前らを鏖にするのも当然だな?」


 ここで俺は抑えていた魔力の一部を開放する。

 一部だけでも奴らにとっては、死を覚悟する程の絶望的な魔、そのものだ。

 先ほどまでは睨み殺す勢いで俺を見ていた連中の顔が、恐怖と絶望に彩られる。


「――ッッ! くっ……、お前達を出迎えた軍は……父上は……どうした……?」


 しかし一人だけ。

 戦闘にいたエルヴァンの男だけは、必死に恐怖を抑えながら俺に質問してくる。


「さあ? 全員残らず空に飛ばしたからな。あの中に父親が参加していたのか? なら今頃どこぞで肉片にでも成り果ててるだろうよ」


「きさ……ま……!」


 気丈に俺の膨大な魔力にもひるまず、その男は魔法を放ってきた。

 低クラスの炎の魔法だ。

 無論そんなものは俺に通用せず、俺はその炎の球を手で握りつぶすようにして無効化させる。


「何!?」


 そして俺は魔法をかき消した手を再び開き、それからゆっくりと捻り上げるようにしてまた手を閉じていく。

 と同時に念動力を発動し、魔法を放った男の頭部を見えない力で捻りながら圧力を掛けた。

 まるで離れた場所にある男の頭部を、俺が直接握りつぶしているように見えるだろう。


 シュパンッ!


 少しすると、万力のような力で握られた男の頭部は、妙に小気味いい音をたてながら破裂した。

 破裂する寸前には既に男は死んでいただろうが、今の光景が後ろにいた集団にはトドメとなったようだ。


「う、うわあああああ!!」


「にげ……逃げるんだ……」


 俺の魔力を感じ取った段階で既に大半が戦えるような状態ではなくなっていたが、デモンストレーションを見せたことで、慌てて散り散りに逃げていく。


「殲滅せんのか?」


 好きに逃げるに任せている俺を見て、グレモリィが質問してくる。

 根本や樹里なんかは顔を顰めていたが、グレモリィを初めとした従魔達はそこまで顔色が変わっていない。


「……今はそんな気分じゃ――」


 ――ない。


 そう言おうと思っていた俺の耳に、とある会話が流れこんできた。


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