第189話 グレイフェアとの交渉


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ふう、今日も飯が美味い旨い。

 昨夜はペイモンと夜の大決戦を行ったせいか、やたら腹が減ってる。

 朝飯はガッツリ取る派と軽く済ます派がいると思うが、俺は断然ガッツリ派だな!


 最初は仕返しの為にこの国まで来たのに、すっかりこの街で足止めを食ってしまった。足止めを食うついでに美味いもの食ってる訳だな。

 ただそろそろ本来の目的に戻ろうかな? なんて思ってたら、宿にストランスブールからの使者とやらがやってきた。



「つまり、なんでも好きなもんあげるからこれ以上暴れるのはやめてくれってこと?」


「然様。これ以上の被害は、我が国としても看過できぬのだ」


 グレイフェアと名乗るこのエルヴァンは、なんでもこの国の魔法師団長らしい。

 見たところそれなりの魔力は持っていそうだが、グレモリィのような飛びぬけた腕前ではなく、あくまで常人の範囲内だ。


「でもこちとらアンタ達のお陰で痛い目見てんのよねえ。この落とし前をつけるにはそれなりのもんを寄こしなさいよ」


「それは勿論。金銭が望みなら白金貨でも用意しよう」


 白金貨ってのは、金貨の上のミスリル貨の更に上の貨幣だ。

 金貨換算だと100枚分。

 正直最終目的地が西の帝国なので、魔族領内でしか使えない貨幣にそこまで執着するつもりはない。


「わっ、白金貨だって大地。ね、どーする?」


 しかし樹里の両目にはすっかり円記号が浮かんでいる。

 ほれ、お前がそんな顔してるからグレイフェアが小さく笑みを浮かべたぞ。


「そうだな。金もいいが、直接王城へと出向きたい。城には宝物庫とかあるんだろ? そっから好きなもんを選ばせてもらおう」


「ちょ、直接王城に出向くとな……?」


 俺の提案にさっきとは打って変わって汗を浮かべ始めるグレイフェア。

 俺は別に金でも物品でもなんでもいいんだが、こういうのは相手を困らせたほうが勝ちだ。


「そうだ。もちろん、その間に攻撃を受けたら何十倍にもして返す。それで手打ちとしようじゃあないか」


「……わ、分かり申した。だが、今少し時間を頂けないだろうか?」


「どのくらいだ?」


「一週間ほど頂けると助かる」


「いいだろう。ではその間、俺達はここで待機していよう」


 そう言ってグレイフェアはそそくさと宿を後にする。


「ねえ、大地。お金とかもらわなくてもよかったの?」


「意外だな。樹里って別にお金には拘ってないと思ってたんだけど」


「いや、だって、何するにもお金って必要になるでしょ? あって困るもんでもないし」


「でもそうは言っても、結局僕達ここの暮らしでお金って払ってないッスよね?」


 実はそうなのだ。

 親切な街の人がどーぞどーぞと無料サービスしてくれるので、この街はとても居心地がいい。

 ……心なしか、一月前に比べて住民の数が減っているような気もするけど。


「根本の言う通りだ。金なんて初めの内は困っても、後半になるにつれ気にしなくなるもんなんだよ」


「後半ってなによ?」


「異世界物の定番だよ。初めのうちは依頼の報酬に一喜一憂したりしてたのにな」


「もうっ、何言ってんのかさっぱり分かんないんだけど!」


 まあ何にせよ、最初のゴブリン国みたいに国ぐるみで抵抗するようなことはなさそうだ。

 ボルドスでもそうだったけど、戦いを好む魔族とはいえ全てを投げうってまで戦いに励むようなことはしないらしい。

 そんなことばかりだったら、ここまで国が発展しないだろうからそれも当然か。

 少し残念な気持ちもあるが、この国でもそれなりに暴れたしこれで勘弁してやろう。




 俺達はそれから更にタニアへ滞在し続けた。

 そして一週間が経過した頃、森都ライスラヴからの使者がやってくる。


「ヘヘッ、あっしはロレムスっていいやす。森都までの案内役を仰せつかりやした」


「あなた、エルヴァン族にしては随分腰が低いわねぇ」


「それがあっしの取り柄でして……。今回のような時にはあっしが引っ張り出されるんでさあ」


 ロレムスと名乗った腰の低いエルヴァン族の男は、わざわざ移動用の豪華な馬車まで用意したようだ。

 これまで旅といえば徒歩が基本だったが、ここでようやく馬車だ。第五章だ。

 馬車を手に入れる前に、しんじるこころを手に入れるのを忘れずにな。


「うー、ちょっとお。こんな豪華な馬車なのに乗り心地最悪じゃないのよ!」


「確かに、これは、酷いッスね」


 衝撃を和らげようという発想がないのか。

 はたまたベラボーに状態の悪い道のせいか。

 馬車で移動して一日も経たないうちに、文句――主に樹里と根本から――が噴出する。


「す、すいやせん! ですが、これでも貴族御用達の馬車なんでやすが……」


「せっかくの魔導具の国なんだから、快適な旅を創出する魔導具も考えて欲しいもんだな」


「そうは言ってもぉ、魔導具って戦闘に役立つものを優先的に開発してるのよねぇ。多少は日用品も開発されてるけどぉ、種類は少ないと思うわぁ」


「あの、でしたら振動が少なくなるようにゆっくりと移動しやす」


 馬車は二頭立ての馬で引いたものが二台並んで移動していた。

 出来るだけ軽くなるように作られてはいるが、幌馬車などではなくしっかりとした箱型の部分に乗車する形になっている。


 中はそれほど広くなく、その上揺れが激しいのでただ乗っているだけ疲れてしまう。

 途中からロレムスの言う通りに移動がゆっくりになったせいか、大分揺れはマシになった。

 ただ……、


「ねえ、これって歩いてるのと変わんないんじゃない?」


 樹里の言う通り、最初は軽くジョギングする程度の速さで移動していたのだが、今では普通に地面を歩くような速度になっている。


「でも歩くよりは疲れない……んじゃないッスか?」


「私は別に歩きでも構わないのですが……」


 俺達の馬車には日本人組が、もう一台の馬車には従魔達が乗っている。

 ただ向こうは人数が多いので、交代で馬車の周りを警護するように一緒に歩いて移動していた。


「はぁ。あとどれくらいで到着するんッスかねえ」


「さあな。まあ景色でも楽しみながら、ゆっくり行こうぜ」



 結局、速度がスローリーになったせいか、森都にたどり着くまで一週間以上も掛かってしまうことになってしまった。

 タニアの街での一週間の追加滞在と、十日近く掛かった森都への移動。

 それだけあれば、向こうの準備もどうにか整うということらしい。


 俺達を乗せた馬車が、森都らしき都市を視認出来る距離まで接近する。

 と同時に、沢山の兵士達が俺達の行方に立ちはだかるのが、視界に映るのだった。

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