第188話 寝耳に水のジュアー


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……は? どういうことだ?」


「ど、どうやらダイチ・ソラと黄昏の吸血姫トワイライトプリンセスが行動を共にしているようです」


「……は? 黄昏の吸血姫トワイライトプリンセスがついに動いたのか?」


「いえ、あの……どちらかというとダイチ・ソラが主で、黄昏の吸血姫トワイライトプリンセスはそれに付き従ってるだけ……かと思われます」


「……は? ダイチ・ソラとは何者だ?」


「ですから、キルディアの街を壊滅させた人族の男でございます。現在ダイチ・ソラ一行によって、第一方面軍と第二、第三軍団が壊滅。一行は現在タニアの街に滞在しており、グルメ三昧の日々を過ごしているとのことです」


「……は? グルメ惨敗?」


「ジュアー陛下、混じっておりますぞ」


「え? だって……えっ?」


 今しがた報告された内容を前にして、私の頭は些か混乱しておる。

 私が政務を行っている部屋は、現在人払いがされており、護衛もドアの外に立たせたままだ。

 室内にいるのは王たる私と、魔法師団長であるグレイフェア。

 そしてこの報告を齎した、第一方面軍の副軍団長であるシュトレングスの三名のみである。


「突然すぎて話が見えぬのだが、何があったのか時系列に沿って話せ」


「はい……。それでは彼らがキルディアに現れた時のことからご報告します」


 先ほども大まかな概要は聞いたのだが、改めてシュトレンスグより詳細を聞く。

 そして話を聞くにつれて、私の眉間に皺が寄っていくのを感じる。




「……では、そのダイチ・ソラとい男は黄昏の吸血姫トワイライトプリンセスレベル、或いはそれ以上に危険な男だと申すのだな?」


「仰る通りです。アレは……アレはもはや人の形をした化け物に違いありません」


「到底信じられぬのだが、それは一先ず置いておくとしよう。だが何故私の下に来る報告が半月も遅れているのだ。それに其方も何故城の牢に囚われておったのだ?」


 私が異変に気付いたのは偶然だった。

 いつも通り政務を行っていた際に、シュトレングスの処刑執行書がしれっと紛れていたことに気付いたのだ。


 それもその書類には細工がされており、シュトレングスの名前の所が幻影系の魔法によって、別の人物へと置き換わっていた。

 グレイフェアが気付かなければ、そのまま見過ごす羽目になったであろう。

 

「それは……ぼ、私がダイチ・ソラのことを陛下にお伝えしようとした所、レインズ総督の手によって投獄されてしまったからです」


「レインズが? 何故だ」


 第一から第五までの五つの国軍。

 それとは別にボルドスへの警戒に宛てている第一方面軍に、ギのクラックオン共への警戒に宛てる第二方面軍。

 そして吸血鬼によって治められている、隣国のアルテイシアに対する第三方面軍。

 これらストランスブールの軍全てを統括する立場にあるレインズが、何ゆえそのようなことをしたのだ。


「それは……ですね……」


「ジュアー陛下。儂も詳しい事情は知りませぬが、恐らくレインズ殿は面子を気にされたのかと」


「面子だと?」


「然様です。陛下も我が国での魔民族の扱いはご存じでしょう。そのような存在にいいようにされては、陛下の御威光に傷が付くと判断したのでしょうな」


 確かに言われてみると分からんでもない。

 奴の立場からしたら、たかが魔民族に街一つ破壊されたと報告を受け、黙ってはいられないだろう。


「その結果、私へ報告が回らないように根回しまでして、発覚がここまで遅れたということか」


「シュトレングス殿の報告を信じていなかったんでしょう。事が発覚する前に原因を排除しようとして失敗し、再三に渡って兵を送った結果、被害が広まってしまったと」


「僕が……私が捕えられた以降の話は分かりませんが、恐らくはグレイフェア様の仰る通りかと……」


「なんということだ……」


 せめてレインズがこの者の話を私の下まで通していれば、ここまで被害が拡大することもなかったものを……。

 ……いや、そうなっていたとしてもさして結果は変わらなかったかもしれぬ。

 私とて、ただの魔民族が街一つを一瞬で破壊したなど報告されても、気が触れたとしか思わないだろう。

 これでは天災そのものではないか!




「にしても、ダイチ・ソラとは何者なのでしょうな」


「私が本人から直接聞いた話ですと、ボルドスでも同様に暴れて街を半壊させたとか……」


「なっ! それはもしやアントレア壊滅事変の事か!?」


 てっきりあれは我が国が放った破壊工作員の仕業かと思っていたのだが、その割には実行者からその件についての報告はなかった。

 だがキルディア壊滅の実行犯がそう言うのであれば、そちらのが正しいのやもしれぬ。


「その通りです。他にもダイチ・ソラはボルドス国王に頼み、我が国に対して宣戦布告を伝えてあるとも仰ってました」


「宣戦布告……?」


「じゅ、ジュアー陛下! それはもしやあの時の書簡に認められていたものでは……?」


「……ッ! 確かに! そのようなものが届いた記憶は……ある」


 ということはなにか?

 私がその宣戦布告に対し、何ら対処を取らなかったせいで無駄に街は破壊され、軍の何割かを失う羽目になったというのか?


 ……馬鹿げている。


 いちいちそのような戯言まで対処していたら、国の運営など出来ぬわ!


「ジュアー陛下、如何なされるので?」


 イカがもカニもない。

 ここで更に戦力を投入して兵力が低下しては、国そのものを維持出来ん。

 業腹ではあるが、ダイチ・ソラとやらに使者をたてる他あるまい。


「ダイチ・ソラへ使者を送る。……使者はシュトレングスでよかろう」


「へ、へへへへ陛下ああああぁぁぁッ!」


「な、なんだ突然?」


「むむむむむむ、むりぃぃぃぃぃ! 無理なのおおおおおおおぉぉぉ!! 死ぬ! 今度こそ死んじゃうのおおおおお!!」


 私がシュトレングスを使者にあてようとした所、顔を真っ青にして全身を震わせながら、大きな声を上げて取り乱す。

 う、ぬぬ……。この様子からして、よほどキルディアでは恐ろしい目に会ったようだ。

 王である私を前にしてこれだけ取り乱すというのは、並大抵のことではなかろう。


「これは使い物になりませんな。よろしい、儂が直々に出向くとしよう」


「グレイフェアが直々にか?」


 確かに都市一つを壊滅させるような魔法の使い手であれば、魔法師団長であるグレイフェアが直接出向くのも分からんでもない。

 だが……


「危険ではないのか?」


「それは今更のことかと思いますぞ。すでに我が国は腹に爆弾を抱えた状態なのです。儂は魔法師団長などという立場についておりますが、もうヨレヨレのジジイですじゃ。何かあったとしても、未来ある者の命には代えられませぬ」


「だがしかしだな……」


 グレイフェアは長年我が国に尽くし、私の良き相談役となってくれている。

 何かと深く考えてなかなか実行に移せない私の話をよく聞き、背を押してくれたのはいつもこのじいだった。


「ジュアー陛下も、いつまでも儂の手が必要なままとはいきますまい。儂がこの先どうなるにせよ、これを機に陛下には時に果断な行動をとることに意識を向けて頂きたい」


「爺……。分かった、使者は其方に任せる。それと、この色々と垂れ流したまま気を失っているシュトレングスの対処を任せた」


「ハハッ。キルディア壊滅の責はありますが、それを言うなら最初の宣戦布告を軽視した我らにも責任は及びます。それに、陛下まで報告が届かなかったのは、レインズ殿が差し止めた故のもの。念のためこの男には護衛もつけさせましょう」


「うむ、それでよい。あとはレインズも呼び出さねばならぬな」


「いえ、最早事態はその程度では治まらないでしょうな。国の重鎮を集めて話し合う必要があるかと」


「……差配は任せた」


 まさか一人の人間が、我が国にここまで混乱をもたらすとは……。

 この先、舵がどう動くのかはさっぱり見えぬが、グレイフェアが無事役目を果たすことを祈ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る