第187話 タニア……それは食の街
「妾の出番がなかった」
「ふう、とりあえずなんとかなったな。お前らだけでも結構いけるようになったじゃん」
「妾の出番がなかった!」
「根本なんか、最初の頃はいつ不意に死んでもおかしくなかったっていうのに、大した成長だ」
「わーらーわーのーでーばーんーが、なーかーったあああああ!!」
「ていっ!」
「あいたっ! な、何をするのじゃ!」
「お前がしつこくうるさいからだ」
「だって妾の見せ場が……あいでんてぃてぃがな?」
別に見せ場なんぞ作らんでも、以前の戦いでグレモリィの強さは把握出来てるんだがな。
でも魔族の戦いに関する感性は、人間とは違うのかもしれない。
「お前は血を見ないと生きていけないとかあるのか?」
「む? それは妾も吸血鬼じゃから、血を全く見ない状況が続くとキツイぞ?」
「あー、そういうんじゃなくてだな。三日にいっぺんは誰かと戦わないと、体が疼いて仕方ないとかそういうのだよ」
「なんじゃそれは。妾はそのような痴女ではないぞ」
ううむ、この感じだと俺の思っている戦闘狂って程じゃないのかもしれん。
「ならちょっと戦えないくらいで子供みたいに我儘言うんじゃない」
「じゃって、せっかくダーリンの仲間になったのに、まだ妾そんなに活躍しておらんじゃろ?」
「お前の力が必要な時はお前に頼む。だからそれまでは気楽に構えとけ」
「むうう、約束じゃからな?」
若干不機嫌そうな顔ながらも、どうやら納得してくれたようだ。
しっかし、見た目といいこの態度といい、とても何千年も生きてる吸血鬼とは思えんなあ。
「ああ。それより、ようやくタニアの街に着くぞ」
俺達がストランスブール軍を蹴散らした場所から少し進むと、一面に広がる農業地帯が見えてきた。
それはタニアの街を中心に全方位に広がっているようで、ストランスブールの食糧庫と呼ばれる所以が一目で分かるものとなっている。
俺達は街へ向かう道中で、農作業を行わされている魔民族から奇異な視線を向けられながらも、タニアの街へと――
「おっと、お前ら一体なんの集団だ? 随分多彩な集団だが、魔民族以外がここを通るには銀貨…………へぶしっ!」
――タニアの街へと入っていく。
門の所で何か話しかけられたが、細かいことを気にしてはいけないと思う。
「親分容赦ないっすね!」
「はあぁぁ、ほんとアンタって滅茶苦茶するわね」
別に滅茶苦茶という訳でもない。
そもそも俺はストランスブールに宣戦布告をしている身なのだ。
向こうがそれを本気に受け止めていなくとも、すでに敵対の意志は示してある。
「は、反逆者だあああ! 者ども、出会ええい、出会ええええええい!!」
吹っ飛ばした奴が何やら時代劇風に叫ぶと、わらわらとエルヴァンの連中が集まってくる。
というか、すでに魔法攻撃まで仕掛けてきている。
「ねえ、どーすんのよ。ここでも暴れんの?」
「いや、いつもそれだけでは能がない。第一、ここは食糧庫とも言われる街なんだぞ? ここで色々と食料を調達しようじゃないか」
「まあ、それもいーかもね」
鬼族の国ボルドスでは、傾向として辛めな料理が多かった。
唐辛子系の東南アジア風と言えばいいだろうか。
あれはあれで悪くないんだが、せっかく旅してまわっているのだから色々な現地の料理を味わいたい。
国が変われば食も変わるだろうしな!
「っちゅう訳で、適当に食事処を巡ったり市場を回ったりしよう」
「いいッスね!」
とまあ、そんなことを話しながら襲い掛かってくるエルヴァンや魔民族を次々ぶちのめしていく。
そんな感じで一時間も移動していたら襲い掛かってくる奴がいなくなったので、邪魔されずに見て回ることが出来るようになった。
何故か店の連中もみんな逃げ出したので、無銭飲食しながら市場のものを根こそぎもっていく。
「いやあ、この街は流石ストランスブールの食糧庫だけあって、サービスが効いてるな!」
「サービス……、そうねぇ。もうなんでもいいわぁ」
市場に出てた商品を根こそぎアイテムボックスに収納していると、どこか遠い感じのナベリウスの相槌が返ってくる。
「大地さん、もうやりたい放題ッスね」
「そういう根本だって、上手そうに屋台のスープ飲んでるだろうが」
「いやあ、なんかこれ妙に美味しいんッスよ」
「へー、どれどれ……」
周囲の殺伐としたムードを他所に、俺達はタニアの街で食を楽しんでいく。
全体的に肉よりも野菜が多いイメージではあるのだが、きちんとダシをとってあるのか、基本的な味付けがよく出来ている印象がある。
コンソメとか、そういった感じのダシを使ってるっぽいんだよな。
「ところでマスター。今宵の宿はどうするのだ?」
「別にどこでもいいんじゃないか? ほら、今日は近くにあるあの宿にしよう」
「ふむ、どれどれ。『荒鷲の禿鷹停』……か。って荒鷲なのか禿鷹なのかどっちなんじゃ!?」
「荒鷲×禿鷹ってことは、荒鷲のほーが攻めってことじゃない?」
「攻めぇ? 樹里は何を……何を言っておるのじゃ?」
「え? あたしもよく分かんないけど、何かのテレビで見たことあんのよね。前が攻めで後が受けって」
「あの……、笹井さん。それって……」
根本が樹里にツッコミを入れようとするが、本人が全く気付いていない様子なので、ツッコミを入れにくいようだ。
「なに? 何か問題でもあんの?」
「まあ、気にする奴はいないしいいんじゃね? それより、この宿に泊まろうぜ!」
俺と根本の反応から自分の発言が気になっていた樹里だったが、俺も根本も話を受け流して宿の中へと入る。
すると受付には誰もおらず、結構いい立地場所にあるハズの宿屋なのに、人の気配がしない。
さっき宿前で俺達が話している間に、宿の中からがさごそを慌ただしい音が聞こえてきたが、みんな一斉に何か急用でも思い出したんだろうか。
それにしても従業員が一人もいないとは、ずいぶん不用心な宿屋だ。
「どうやらこの宿はセルフサービスらしいな。まあ、他に宿泊客もいないようだし、しばらくはこの宿で暮らすか」
「え? しばらくっすか?」
ヴァルが問い返してくるが、俺的にはこの街の料理が結構気に入った。
肉少なめなのは少し物足りないが、じっくり時間をかけてつくったと思われるあのスープのダシは、他ではなかなか味わえない。
「そんな訳で、しばらくこの街でグルメを味わうぞ!」
なんか方針がブレッブレな気もするが、とりあえずある程度ストランスブールへの仕打ちは済んだし、元々そこまで強い目的意識があった訳でもない。
それよりも今は、コンソメスープもどきの方が重要だ。
そんなこんなで、一か月近くこの街に滞在することになった俺達。
途中、何度か周囲の街から軍が派遣されたが、出番を欲しがってたグレモリィがひとりで相手してくれた。
最後に森都の方からこれまでにない大軍がやってきたけど、これも俺があっさり魔法で蹴散らしといた。
そっからは周囲からの音沙汰もなく、変に攻撃しなければ殺されることもないと知った街の住民たちも、遠巻きに俺達のことを気にしながらも普段通りの生活に戻りつつあった。
いやまあ、それがほんとに普段通りなのかはわからんけど。
そんな生活をしていたある日。
俺達が泊まっている『荒鷲の禿鷹停』に、一人のエルヴァン族の使者がやってきた。
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