閑話 びっくりするほどイシヤシキ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「大分長いこと生きておるが、あのような者がいようとはな」
案内された石屋敷内の自室で、グレモリィは興奮した面持ちで呟く。
これまで数多の強者と戦ってきたグレモリィだったが、その誰よりも大地は強かった。
「全ての力を見せた訳ではないが、あの様子だと妾の奥の手すら通じぬ可能性もある……」
戦闘中、戦っている者同士にしか分からないような感覚で、グレモリィは大地の実力を測っていた。
しかし全力でないことは明らかであり、隠された実力がどの程度なのか予測することすら出来ない程った。
「あれほどの力を持つ存在など、そうはおらん。神や高位の竜……或いは旧世界の生き残りか?」
深く考えに沈むグレモリィは、影治にすり寄っていた時とはまるで別人のようだった。
見た目の幼さは如何ともしようがないのだが、憂いのあるような貫禄のある表情は、彼女が数千年の時を生きていることを窺わせる。
「……ええい、やめじゃやめじゃ。妾はダーリンの従魔となったのじゃ。分からぬことは、この先いつでも尋ねる機会がある。アダルトとして余裕を持たねばな」
意識が現実に戻したグレモリィは、見た目相応の表情に戻っている。
その後、夕食が出来たとの知らせを聞いたグレモリィは、食堂へと向かった。
食事中にも大地と積極的にコミュニケーションを取り、交流を深めるグレモリィ。
しかし余りにしつこかったせいか、途中からまともに話を返してもらえず、仕方なく自室へと戻った。
「ううむ、いかんいかん。じっくり行こうと思っておるのに、ダーリンを見るとつい先走ってしまうのお。今後はなるべく年長者としての威厳を持って接するとしよう」
そう決意するグレモリィだが、似たようなことを夕食前に思っていたことは既に忘れているようだ。
「それよりも、いい機会じゃからダーリンに教わった石屋敷の魔法を試してみようではないか」
数千年の時を生きてきたグレモリィが、これまで見たことも聞いたこともないような魔法の儀式。
聞きなれぬ魔法の呪文。
大地に話を聞いてから、ずっとグレモリィは試してみたいと体をウズウズさせていた。
「じゃが、
グレモリィが案内された部屋は、東館の二階にある一室だった。
石屋敷の魔法を試すことに決めたグレモリィは、窓から飛び降りて中庭部分へと降り立つ。
「ふむ。最初はこのような大きなものではなく、小さな家でよかろう。作り出す建物のイメージを精密に思い浮かべるのが重要じゃったな」
しばしその場でイメージの構築を行うグレモリィ。
高さはこうで、屋根の角度はこれくらいで……などとぶつぶつイメージしているものが口から零れ落ちているが、本人はそれに気づいていない。
そんなグレモリィを、たまたま自室の窓から外を見ていた樹里が見ていたのだが、グレモリィは全く気付いた様子はなかった。
「あれってグレモリィ……よね? 夜中にあんなとこで何してんだろ?」
月明りに照らされているとはいえ、辺りは大分暗くなっている。
だが建物の中からは魔導具の照明が照らさされているし、樹里自身の視力も大分強化されているので、昼間並とはいかないがそれなりにしっかり見えていた。
大地が従魔にしたとはいえ、相手は伝説に語られるような存在だ。
それが仲間になった当日の夜に不審な行動をしているとなれば、流石の能天気な樹里も注目せざるを得ない。
……のだが、どうやら事態は妙な方向へと流れ始めた。
樹里がジッと眺める中、突如グレモリィが服を脱ぎだしたのだ。
「えっ……?」
突然の行動に目が点になる樹里。
しかしグレモリィの奇行はこれで終わらなかった。
完全に服を脱ぎ棄て、生まれたままの姿とになったグレモリィがお尻を突き出しながら、両手でパチンパチンと叩き始めたのだ。
「ビクリスーホドイスィヤシキ! ボクリスンホドゥイスィヤシァキ!」
挙句の果てに、何を言っているのか分からない謎の言語を叫び始めていた。
まるで悪霊が乗り移ったかのようなグレモリィの姿に、樹里はしばし茫然とその様子を眺め続ける。
「……き、きっと吸血鬼の間に伝わるなんかよく分かんない風習……そう、儀式の一種かなんかに違いない!」
余りに意味不明な光景に、無理やり自分を納得させる理由をでっち上げた樹里は、これ以上見ていると呪われそうな気がしてきたので、そっと窓を閉じるのだった。
「……これは」
一方同時刻。
西館にある自室から、東館にある大地の部屋に向かっていた沙織は、その鋭敏な聴覚で持って中庭から発せられている声を捉えていた。
「ううむ……。どうも上手くゆかぬのお。特殊な魔力のコントロール方法でもあるというのか? いや、そもそも呪文をしっかり発音出来ておらんような気もする。聞きなれぬ響きだった故に、真似るのも難儀じゃて……」
上手くいかないことで、自分なりに考察をしているグレモリィ。
例によって心の声が駄々洩れである。
やがて、呪文の詠唱を正確にやってみようという結論に至ったグレモリィは、再び例の呪文を唱え始めた。
「……良からぬことを企んでいる訳ではなさそうですね。だとすると、彼女のあの行為には一体どのような意味が……」
真面目なところがある沙織は、真面目にグレモリィの行動の意味を考えたが、不真面目な大地の茶目っ気だったことには気づかない。
しばらくして、答えを見出すことを諦めた沙織は、当初の目的通り大地の部屋へと消えていく。
このグレモリィの奇行は、この後数日に渡って毎夜続けられることになる。
その結果、女性陣だけでなく男性陣の間にも知れ渡ってしまっていた。
大元の原因である大地は、なんとなく言い出せないままでいたのだが、流石にそろそろネタ明かしをと思い真実を告げる。
「な、なんじゃと……?」
「いや、だから、あの魔法の儀式は嘘なんだ。ははは……」
乾いた笑いを浮かべる大地に、下を向いて体を震わせるグレモリィ。
流石に心配になったのか、大地も上から覗き込むようにして顔を向ける。
「び……」
「び?」
「びっくりするほどイシヤシキ!」
「ぐぼらあああぁぁぁ!!」
膝を折り曲げ、スクワットの時のような屈伸運動をしたグレモリィは、足を延ばすのに合わせて強烈なアッパーを大地へと見舞う。
吸血鬼は魔力だけでなく身体能力も化け物である。
かつて影治がボルドスの王を吹き飛ばした時のように、或いはギャグ漫画のキャラクターのように。
天高く飛んでいく大地は、びっくりするほどのダメージを受けていた。
「あ、あははは……。グレモリィ、びっくりするほど日本語上手く言えてたね……」
騙されていると知らず、必死に呪文の詠唱を繰り返していたグレモリィ。
その成果は実り、こうして使いどころが一切ない日本語をマスターしたのであった。
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