第184話 イシヤシキ


第184話 イシヤシキ




「……そのダーリンってのは何だ?」


「む? 人族は可愛い女子おなごからそう呼ばれるのを好むのではないか?」


「どこ情報だそれは。俺の名はダイチだ。もしくはさっきまでみたいに『お主』でも構わん」


「ぬううん、別に構わぬじゃろ? 初めて口にしたが、ダーリンという音の響きが気に入ったのじゃ!」


「はぁ……、勝手にしろ」


 まあ既にマスターとか主とか色々な呼ばれ方してる訳だし、今更それに変わり種が追加されてもいいだろう。

 それより、思わぬところで俺の魔族コレクションに新しい種族が加わったな。


 ストランスブールの隣には吸血鬼の国アルテイシアがあるけど、余り国外に出る吸血鬼はいないって話だった。

 それが、まさか始祖種などという超レア吸血鬼を従魔に迎えられるのは、ある意味僥倖だ。


「うむ! ところで、ダーリンはこんな長耳共の国で何をしておったのじゃ?」


「んんー? 簡単に説明すれば、喧嘩を売られたから買いにきたってとこだ」


「ほう! 流石は妾が見込んだ男よ。このような少人数で敵国へ乗り込みとは天晴じゃ!」


「とりあえず目的地は森都ライスラヴとしている。この街にいた奴をメッセンジャーにしたから、この先相手の出方次第では大きな戦になるだろう」


「妾の出番じゃな!」


「ま、好きにしな。それより、そろそろ次の街に向かうぞ」


 とりあえず、いつまでこんな所でくっちゃべってては埒が明かない。

 ダンボー光球を俺達に追従するように設定すると、俺は次の目的地へと向かって歩き出した。







 旅のメンバーが一人増え、少し賑やかになった俺達。

 次に目指しているのは北にあるタニアという街だ。

 ナベリウスに聞いた話では、この街の周辺は農業に適した土地をしているようで、ストランスブールの食糧庫とも呼ばれているらしい。


「へー、それなら今度は敵対しないでくれるといいわね」


「別にキルディアの連中みたいに露骨な真似をしてこないなら、いちいち街を壊滅までさせるつもりはないんだけどな」


「相変わらず大地さんは言ってることが物騒ッス!」


 見知らぬ土地にいくのなら、やはり食べ物というのは重要だ。

 この世界では、結構地球で見たような食い物もあったりするんだが、見た目が同じでも味が違うものだったりするものもある。

 味付けの仕方だって日本国内だけでも色々な違いがあるっていうのに、世界を一つ跨いでいるのだから、これまで見たことのないものだって味わえるのだ。


「そんなことより、今日はそろそろ石屋敷を出して休むぞ」


「む、石屋敷とは何じゃ?」


「見てりゃあ分かる」


 なんせ見たまんまだからな。

 もう陽も暮れてきているし、結界機能をつけたのでこのような何もない平地でも安全に休める。

 ……だが、その前に魔法で軽く整地をしないとな。


「お、おおぉ? 何やら地面が削れていっておるな」


 整地してる様子を興味深そうに眺めているグレモリィ。

 特に派手な音とかもしてないから地味な光景なんだが、思いのほか興味を引いたようだ。


「ほれほれ、そこにいると石屋敷が出せんからこっちにきたきた」


 すぐ近くで観察しようと設置予定範囲の中に入り込んでいたので、俺はグレモリィに声を掛ける。

 すると「むむむ……」っとか言いながら、俺の近くへ戻ってきた。


「石屋敷という位じゃから、この削った場所に魔法で屋敷でも建てるの……かあああああぁぁぁッッ!?」


 べちゃくちゃとグレモリィが喋っている間に、アイテムボックスから取り出す際の座標設定をして、整地した範囲に収まるように石屋敷を出す。

 すると、グレモリィがまるで芸人のようなノリで驚きの意を示してくる。


「なっ、ダーリン! い、い、今のは何じゃ!?」


「何じゃって、だから石屋敷だろ」


「だああぁぁっ、そうではない! てっきり、魔法で生み出したしょぼい石組みの家でも作るのかと思っておったわ! そして『これが石屋敷だ!』というダーリンに対し、『フフン、これではただの石棺と変わらんではないか』と言ってやるつもりだったのにい!」


 こいつ、内心そんなことを思っていたのか。


「じゃというのに、何じゃこれは! まさに石で出来た屋敷ではないか!」


「だから何度も言ってるだろう? 石屋敷だって」


「ええい、イシヤシキイシヤシキそう何度も言われると、イシヤシキが何なのかよく分からなくなるわ!」


 難儀な奴だな。

 だが、すっかり石屋敷に慣れた他の面子の反応に、少しばかり寂しさを覚えていた頃でもある。

 こんなに過敏に反応してもらえると、石屋敷の製作者冥利に尽きる。


「余裕を持って作ってあるから、まだ空き部屋はある。グレモリィも、その中から適当に選ぶがいい」


「むうう、このような屋敷をポンッと建てられては、大工の連中は商売上がったり下がったりではないか」


 え、上がったり下がったりって、それって結局どっちなの?

 っつか、何故に大工視点?


 なんかよく分からない文句だかツッコミを入れつつも、グレモリィは屋敷の中に入っていく。

 他の連中も中に入り、各自自分の部屋に向かうなりリビングでくつろいだりしていた。



「ううむ……。内装まですでに出来上がっているということは、単に石を魔法で生み出して一瞬で建てた訳ではなさそうじゃな。となると、さっきの魔法は……」


 中に入るとグレモリィがぶつぶつ何か言っていたが、気にせず俺も自室へと向かう。

 一階東の奥にある部屋だ。

 だが部屋に着く前に、俺がいなくなってることに気付きダッシュで駆け寄ってきたグレモリィに、色々質問を浴びせられる。


 面倒ではあったが、確かにトイレや風呂など使い方を知らないと困るもんもあるので、それらの使い方を一つ一つ教えていく。

 その度にグレモリィは感心した様子を見せ、魔導具を楽しそうに弄っていた。


「って! そうではないのじゃ! この石屋敷とやらはどのようにして作り出したのじゃ?」


 一通り風呂場の魔導具の使い方を説明し、空き部屋への案内を終え、ようやく自室へと向かう俺の背に、今気づいたかのような感じでグレモリィが質問してくる。

 なんかツッコミのタイミングがますますコントっぽくなってきたぞ。

 この場合、俺がボケ役か。


「うむ、それを聞きたいと申すか?」


「う、な、なんじゃ。突然畏まった言い方をしおって」


「聞きたいと申すか?」


「う、うむ。聞かせてたもれ」


「よろしい、では耳を貸すのだ」


 そう言って俺は近寄ってきたグレモリィの耳元で、魔法を使って他の誰にも話を聞かれないようにしてから告げた。


「確と聞くがよい。まずは服を全て脱ぎ捨て全裸になる」


「ふむふむ、全裸に……。は、はぁ!?」


「それから自分の尻を両手でバンバン叩きながら白目をむき、『びっくりするほどイシヤシキ! びっくりするほどイシヤシキ!』という魔法語を唱えながら、その場でスクワットを繰り返す。その際は作り出す屋敷のイメージを、精密に思い浮かべることが重要だ。これを十分程繰り返せば、儀式は完了。後は好きな時に石屋敷を呼び出せるようになる」


 ちなみに「びっくりするほど~」の部分は、日本語で言ってある。

 この世界の連中からすれば、初めて耳にする言語に聞こえるハズだ。


「な、なんと珍妙な……。その魔法語も初めて聞く言葉じゃが、だからこそこのようなものが作り出せるのやもしれぬ。他の奇天烈な動作にも、きっと妾の知らぬ深い魔法儀式的な意味があるのじゃろうな……」


 そんなことを言いながら、大人しく先ほど案内した自室へと戻っていくグレモリィ。


 …………。


 ま、いっか。

 ちょっと期待していたツッコミが返ってこなかったのは残念だが、俺も部屋に戻って休もっと。

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