第117話 老獪なるジャヒール


【早い! 気をつけろ!】


【囲い込め! 各個撃破をされるな!】


 最低でもゴブリンロードで構成されているせいか、それなりにまともな指示や怒号が飛び交っている。

 ゴブリンはある程度上のクラスでないと、おつむが足りない感じの奴が多い。

 それでもゴブリンロードともなると、普通の人間とそう変わらない程度にはマシになる。


 周囲にはゴブリンが二十体程。

 そしてこれまでのゴブリンには見られなかった、連携プレイを見せながら攻撃をしてくる。


「まあ無駄なんだけど」


 ゴブリン達が手に持つ武器に統一感はなく、剣や槍、斧などを手にしており、恐らくは各人の好きな装備をしていると思われる。

 全員が槍を持って槍衾で構えるとか、そういった組織的な動きはない。

 ただ個人がバラバラで動きながら、拙い連携を取っているだけな感じだ。


【くっ、攻撃が当たらん!?】


【そっちいったぞ!】


 すっかり俺に翻弄されてるゴブリンロード達。

 しかしそこへついに本命が動き出した。


【何をぼさっとしておる。ここは我らに任せい】


【然り! 我らゴブリンキングの手にかかれば、人間など一捻りよ】


 そう言って現れたのは、こん棒のようなものを手にしたゴブリンキングと斧を手にしたゴブリンキングだ。

 さらにはもう一体、特に臭いセリフは吐いていないが、槍を構えた奴もいる。


【人間よ。流石にあれだけの魔法を使用した直後で魔力は尽きたようだな。ならばここで引導を渡してくれよう!】

 

 え、いや、まだまだ魔力に余裕はあるんだけど?

 てかなんてゴブリンキングってみんなこんな口調なんだ。

 「然り」とか日常生活で聞いたことないぞ。


 なんて事を考えていると、三体のゴブリンキングが同時に襲いかかってきた。

 この三体は流石にキングだけあってゴブリンロードよりも身体能力が高い。

 連携の方は相変わらず拙いが、沙織でもこの状況はきつかったかもしれん。


【フンッ! フンッ! どうした人間よ。躱すだけで精一杯か!?】


 ドヤ顔で言ってるけど、三対一で攻撃がかすりもしない状況で偉そうにいうセリフじゃないよなあ。

 とりあえず様子見といった感じで動いてるんだが、さっきからおしゃべりな二体のゴブリンキングは単調で分かりやすい。


 けどそれをカバーするかのように、一体の寡黙なゴブリンキングが槍で良いフォローを入れてくる。

 でも二体のゴブリンキングはそのフォローに気づいている様子がない辺り、槍ゴブは報われねえな。


 ……ううん、ちょっと誘い出してみるか。


 俺は敢えて攻撃をギリギリ躱したかのようにみせかけて、そのせいで態勢が崩れたかのように振舞う。

 これに二体の脳筋ゴブリンキングは引っ掛って、喜々として攻撃を仕掛けてこようとする。


 しかし実際には態勢を崩していない俺は、奴らの予想しない動きで反撃を繰り出し、二体のゴブリンキングを魔法剣で切り捨てる。


【ぐあああっ!】


【ごふぅっ!!】


 トドメまではさせてないが、これで大分重症を負わせられた。

 後は寡黙なゴブリンキングだが、奴は誘いを見抜いていたらしく、同じタイミングでは攻撃してこなかった。


 寧ろ、二体のゴブリンキングを犠牲にしつつ、俺が二体のキングを切り捨てた瞬間を狙って、鋭い槍の突きを繰り出してきた。

 相手が複数の場合、敵一体に攻撃している間は他の敵が攻撃を受ける事はなく、逆にこちらを攻撃するには好機となる。


 二体のゴブリンキングを踏み台にした寡黙ゴブキンの攻撃を、俺は宙に飛んで紙一重で躱す。


【……ッ!】


 絶妙のタイミングで放たれた鋭い突きが、まさか躱されるとは思っていなかったんだろう。

 寡黙ゴブキンが驚いた表情を浮かべる。


【ふふ、惜しかったなあ】


 ついそんなセリフが口から出てしまう。

 別に返事を期待して言った訳ではないが、俺の声に応える者がいた。


【それはどうかのお】


 攻撃と同時に飛んできたのは、どこか老人めいた口調のゴブリンの声だった。

 その手には寡黙ゴブキンと同じように槍が握られており、空中に跳ねていた俺の下へとその槍の切っ先が届こうとしている。


 しかし俺は、まるでそこに地面があるかのように空中を蹴る・・・・・と、更に一段高く飛び上がってその槍の攻撃を回避する。


【ようやく出てきたか。ゴブリンエンペラーともなると、猪口才な真似もするんだな】


 先ほどから、ゴブリンエンペラーらしき奴が身を隠している事には気づいていた。

 しかもプラーナを応用した技である、隠身ハイドを使って気配を消していた。

 という事は少なからず、このゴブリンエンペラーはプラーナの開門にまで至っているという事だ。


【ボズムスッ!】


 俺が攻撃を躱したとみると、ゴブリンエンペラーは即座に寡黙ゴブキンへと呼び掛けて、二人がかりで空中にいる俺に槍の猛攻撃を加えてくる。

 その攻撃の一つ一つを、俺は丁寧に捌いていった。


 器用に空中で身を捻ったり、剣で槍の切っ先を打ち付けて軌道を逸らしたり。

 更には相手の槍に剣を打ち付けた反動を利用して、器用に空中で軽妙な動きを見せていく。


【くっ、奇怪な動きをしよる】


 この動きにはさしものゴブリンエンペラーもお手上げのようだ。

 俺は数十秒間の空中での演武を終えると、最後に打ち付けた剣の勢いを利用して、少し後方へと着地を決める。


【ハッハッハ。こうした戦いもなかなか楽しいな】


 これまで戦いといったら雑魚ゴブリンとの集団戦や、魔法で一掃とかいったものばかりだったので、こうした戦いらしい戦いは久々な感じだ。

 王国にいた時でも、戦いといったら魔甲機装を用いたものだったしな。

 生身でこれだけのレベルで戦う機会は余りなかった。


【戦いを望むか。ワシが見た所、主は吸血鬼族ではなく人族のようだが、何ゆえ我らゴブリンを狙う? 強者を求めるならば、ゴブリンを狙う必要はないハズじゃ】


 ほおう。

 さすがこのギルガの支配者だけあって、ただの脳筋ではないみたいだ。

 時間稼ぎも兼ねているんだろうが、交渉の道も探ってきている。


【何ゆえって……、人族からしたらお前らは敵だろう? 最初にお前達を相手しているのは、単に東の人間の王国から一番近かったからだ。ここが終わったら次は北西にあるという、鬼族の国とやらに向かうつもりだ】


【ボルドスに攻め入るというのか? あそこは南部魔族領の中では三大国に数えられる強国ぞ】


【ワクワクするねえ】


【……確かに先ほどの魔法は見たことがないほど強力じゃった。しかし、ボルドスと我が国では国力に大きな開きがある。このまま先へ進むは破滅の道を辿る事となろう】


 これは俺を引き留めようとしているのか?

 それとも単に後ろでポーションらしきものを飲んで治療している、二体のゴブリンキングの為の時間稼ぎか?


【もしかしたら勘違いしてるのかもしれんが、さっきの魔法はその場の思い付きで作って試しただけの魔法に過ぎん。あの程度の魔法ならば何十何百と使用できるし、更に威力の高い魔法だっていけるぞ】


【フッ……、言うではないか。確かにお主程の実力者であれば、大言壮語を吐いてもゆるされ……ッッ!?】


 どうも信じていないようだったので、いつもは抑えている魔力を解放してみたら、途端にエンペラー爺さんが黙りこくってしまった。

 背後から襲いかかろうとしていた、二体のゴブリンもその場で足を止めている。


 魔族という名前からして、魔力に敏感なのかもしれない。

 ちょっとこいつらには刺激が強すぎたようだな。



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