第111話 リサール
町での三日間はあっという間に過ぎていった。
【いやー、慣れると快適っすね!】
当初大笑いしていたトイレや、入る習慣がなかったという風呂だったが、ヴァルはこの三日間ですっかり慣れてしまったようだ。
寧ろ今では妙に身だしなみを気にするようになっている。
町での略奪はいつも通りだったが、魔民族を放置してるのもいつも通りだったので、三日の滞在の間に何度か接触する事があった。
しかしこれまで接してきた魔民族と違って、彼らは俺らがここを発った後に、この町で仲間を募って独立するとか言い出した。
【正気なのか?】
【勿論だ。私はこれまで自らを鍛え、同士を増やしていた。それも全てこのような機会を待っていたからだ】
そう語るリサール氏の背後には、魔民族にしてはまともな面構えをした連中が二十人ほどいる。
【ふうん、まあ好きにすればいい】
【この町を解放してくれた貴方には感謝しきれない。しかし何故このような事をしているのだ?】
【趣味】
【……っ。趣味でゴブリンの町に戦を仕掛けたのか……】
俺の回答に、これまでキリっとした顔で答えていたリサール氏の表情が崩れる。
やっぱゴブリンと違って、同じ人族だと表情が分かりやすい。
【なのでお前達に手を貸すつもりはないぞ】
【……そう言われても仕方ない】
実際に話を切り出すつもりだったかは分からんが、とりあえず先制を入れてみる。
リサール氏の反応からして、期待してはいたが恐らく仲間にはなってくれないだろう……そんな感じだったんじゃなかろうか。
【代わりに幾つかアドバイスを送ろう】
少し落ち込んだ様子のリサール氏に幾つか助言をしていく。
まずは俺がこれまで滅ぼしてきた村の情報。
そこにいた魔民族がどうなっているかは分からないが、まだ村に残っている可能性はある。
次に、東にあるノスピネル王国について。
今のような小規模な集団であちらへ逃げても、恐らくは捕まって奴隷扱いされるだけだという事を伝えた。
【『小規模な集団』がダメだというのであれば、我々がそれなりの規模を有すれば対応も変わるという事か?】
ほおう。
これまで接してきた魔民族は、誰も彼もが奴隷根性のしみ込んだ奴らばかりだった。
与えられる知識しか学ばず、与えられる命令しか従わない。
自主性とか自分で物を考えるってのとは無縁な奴らだったんだが、リサール氏は違うようだ。
【まあ、そうだな。あの国もいうてそこまで余裕がある状態でもないからな。無駄に争って犠牲が出るよりは、お前達をギルガへの盾として扱うかもしれん】
【であれば、支援を要求すれば応えてくれる可能性はあるか】
【交渉次第だな。だが、そうだな……。これは俺個人の意見だけではないと思うが、王国人は食人を忌避している】
【交渉の席だからといって、人肉を出してはマズイという事だな】
いや、そもそも交渉の席に人肉を出そうって発想がまずヤバイんだよ。
魔民族にとっては、滅多にない肉を食べる機会なのかもしれんが、俺たち日本生まれだけでなく、王国人だってこれにはドンビキよ。
……という事を説明していく。
【む、そうであったか……。文化の違いというのは交渉するに問題となりそうであるな】
【正直文化云々以前に、食人ってだけで他の理由を一切すっ飛ばして武器を向けられる可能性は高いぞ。それだけの忌避感を持ってるという事だ】
【そこまで……なのか】
まあ俺の暮らしてた地球でも、死者の肉を食らうって部族がいたりしたけどな。
他にも似たような部族は幾つかあったし、魔民族の場合は歴史的にそうなってしまったのは理解出来なくもない。
だがそれでも忌避感というものは拭えないものだ。
【それと最後のアドバイスだが、俺たちはこれからもギルガ内のゴブリン集落を適当に襲っていく。最終的には、南西にあるという首都『ギルガグロス』にも襲撃を掛ける予定だ】
【正気か? あそこにはゴブリンエンペラーが控えているし、五王も黙ってはいまい】
【五王は一つ潰した。ついでに一緒にいた一万体以上のゴブリンも同時にやったが、この国のゴブリンの兵士ってどれ位いるんだ?】
こればっかりは、これまでゴブリンに尋問してもいまいちハッキリとしなかった。
そもそも百以上の大きい数字を数えられるか分からないってのが、ノーマルゴブリンだ。
そこそこ上のクラスのゴブリンでも、そういった数字は気にしていない奴も多く、前回の軍勢がこの国ではどの程度の規模なのかが分からん。
【……い、一万はそれなりの大軍だが、全体からすればそれでも一部でしかないだろう。ゴブリンは数だけは増えてくからな】
リサール氏の見解も俺とそう変わらないといった所か。
【そっか。最後に逆に質問しちまったが、俺は町や村を落とすのに集落ごと破壊したりは基本しない。俺達が去ったあとにどうしようとお前らの勝手だ】
【貴方のアドバイスは非常に有益なものだった。改めて感謝を】
魔民族といっても、こうして話が通じる奴もいるもんなんだな。
彼らが今後どうなるかは知ったこっちゃないが、ここしばらくは膠着していたという、魔族国とその周辺国の情勢がこれで変わるかもしれない。
そうなったら……面白そうだ。
……というような話があったのが昨日の事。
今は三日間を過ごした石造りの家から魔導具を回収し、家そのものを解体し終わった所だ。
「ねえ? これからは野営する時は毎回あの家にしようよ!」
すっかり気に入ったのか、樹里がそんな事を言っててくる。
「嫌だ。めんどい」
「えええぇ! いいじゃなーい!!」
親におもちゃをねだる子供のように、樹里が駄々をこね始める。
しかしここで甘やかしてはいけないのだ。
下手に甘やかすと、こういう奴は調子に乗ってくるに違いない。
そもそも俺は、キャンプに行くなら人の手の入っていない大自然で行いたい派だ。
キャンプ場などという、場所や水道が完備されているような場所で行うそれは、本当にキャンプと呼べるのだろうか?
いや、そうではないだろう!
グランピングなどキャンパーの恥だっ!!(個人の意見です)
であれば、野営の度に一々家をまるまる造るのもナンセンスだ。
……まあこないだの雨の時には簡易的な建物を造りはしたが、あれは例外なのだ。
そういう事にしておこう。
「という訳で雨足が酷い時以外は、基本野宿だ」
「ぶーぶー!」
「はいはい。豚さんは放っておいて、次の目的地はこっから北西にある村だ。予定では二日ほどで着くぞ」
「ういいいッス」
根本もやはり石造りの家が良かったのか、少しテンションが落ちている。
それでも樹里のように不平を漏らしたりはしない。
そこら辺が大人と子供の違いといった所か。
町を出る際に、駆け付けてきたリサール氏に挨拶を交わした俺達は、一路北西にあるゴブリン村へと目指す。
そうして幾つかの村を落としていくと、次の目的地が町規模である事が判明する。
リサール氏がいた町に続いて二つ目の町だ。
「今度は途中でバテないように気を付けるッス」
「あたしもちょっと魔法の使い方を考えてみたのよ……」
前回の失敗を糧に、二人は二人なりに今回の町襲撃に意欲を見せている。
【今度は前のようにはいかないっすよ!】
同じくやる気満々のヴァルは、この旅の間に見事ゴブリンロードへと進化していた。
本人曰く大分強くなったとの事だが、多分それは進化した事だけが原因じゃなくて、俺の仕込んだナノマシンによる肉体改造の成果だろう。
しかしそんなやる気満々の俺達の前に、見覚えのある光景が現れる。
【ん? なんか遠くに黒い点が見えるっすね】
……今回も俺が仕留めるか。
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