第110話 お宅拝見
ゴブリンの町を攻め落とした俺達は、いつものように町のあちこちを漁っていく。
町というだけ結構規模も大きく、いつも以上に時間が掛かりそうだったので、今回はこの町で少し定伯していく事にした。
「じゃー大地、お願いね」
町の広場のようになっている場所に、俺の魔法によって石造りの家が出来上がる。
旅の道中は簡易的な土壁の建物だったが、今回は三日ほど滞在する予定なので少し力を入れてみた。
【ひええ。親分はこんな魔法も使えるんっすね】
ヴァルが感心したような声を上げる。
俺は必要に応じて魔法を作ってきたから、どちらかというと日常生活に役立つ魔法の方がたくさん使えるんだよ。
「中は一応部屋で区切ってあるから、適当に部屋を選んでくれ」
「え? いつものアレじゃないの?」
「今回のは定伯用にそれなりにしっかりしたものにした」
「確かに石造りで立派な感じッスね」
「それより早く部屋を決めてくれ。家具までは一々出すつもりはないが、布団を敷いていきたいんでな」
「布団!? やったー!!」
「うぅ、ついに布団で寝れるッス……」
根本と樹里の二人は飛ぶ勢いで中に入っていく。
それに少し遅れて沙織も続く。
俺はヴァルにも魔族語で同じ内容を説明してから中へ入った。
王都にあった適当な建物をモデルにしたコの字型の建物は、二階建てになっていて個人の部屋が十二個ある。
俺ら日本人からしたら少し広い部屋という認識だが、この世界の貴族や金持ちからしたらそうでもない……といった程度の広さだ。
参考にした建物ではもっと部屋数が少なかったんだが、それを無理矢理分割した感じだな。
その他にキッチンやリビング、ダイニングなどの部屋も用意してある。
キッチンは一応普通に使える竈門スペースもあるが、基本は魔導具を後付けで設置する予定だ。
トイレと風呂場のスペースも用意したが、こちらも後付けで設置する。
肝心の魔導具だが、キッチンに置く魔導コンロはある所にはあるという普及具合だったが、水回りの魔導具はせいぜい水が出るだけの魔導具位しか王都では見かけなかった。
樹里に魔石のペンダントを贈って以降、俺はそうした魔導具に関する興味も沸いてきて、色々調べていた時期がある。
その結果、俺は簡易的な水洗トイレとお風呂の魔導具が作る事に成功していた。
「僕はここがいいかな?」
「あたしはここよ!」
【おいらはここに決めたっす】
「大地さん。私の部屋はここに決めました」
屋敷内のあちこちから聞こえてくる声を辿り、布団を敷いていく。
失敗したな。面倒だから近い順に適当に配置していけばよかったわ。
布団の設置が終わると、示し合わす事もなく自然と一階のリビングに全員が集まってくる。
「ところでなんか何も置いてない小部屋とかあったけど、あれって倉庫か何か?」
樹里が尋ねているのはトイレや風呂用の部屋の事だろう。
個人部屋の十二の部屋には、布団を敷くための石造りのベッドの土台が設置されているが、それらの部屋には当然設置されていない。
「そこはトイレや風呂の魔導具を設置する」
「な、何ですってええ!!」
【わわ、何っすか!?】
突然大声を上げた樹里に、ヴァルがきょどきょどしている。
「いきなり大声出すなよ。ヴァルがびっくりしてるぞ」
「だって、そんなことゆったって、お風呂よ? お湯があったかいお風呂なのよ!?」
いや、別にお湯はお風呂じゃなくても暖かいと思うが。
「大地さんはそういうのをしれっと出してくるんッスよね」
いつぞやの宿屋に止まった時に、俺が布団を出した時のような目で根本が俺を見てくる。
俺は気にせず一階のトイレから魔導具を設置していくことにした。
……のだが、何故か全員が後を付いてくる。
「で、何でついてきてるんだ? 今すぐトイレ行きたいのか?」
「ばっ、違うわよ! そーじゃなくて、どんな感じのトイレか気になるじゃない」
そー言ってモジモジする樹里。
なんかその動きはトイレを我慢してるように見えるんだが……。
「基本的にはシャワーが出ないタイプの洋式の水洗トイレだよ。まあ、丁度いいから簡単な使用方法を説明しておこう」
トイレまで到着した俺は、アイテムボックスから便器を取り出す。
それから床に接する部分を魔法で操作して、盛り上げたりへこませたりして、きちっと便器を固定させた。
「この貯水タンクの上の部分にある魔石に魔力を流せば、水が流れるようになっている」
ヴァルにも翻訳して、実際に魔力を流してみる。
すると水が勢いよく流れて便器の中を洗い流していく。
この上部に取り付けてある魔石は俺が精製したもので、そうそう魔力が尽きる事はない。
しかし交換する時の事を考えて、取り換えやすい場所に設定してある。
【あははははっ……。なんでトイレにこんな事するんっすか!】
何故か分からんがヴァルは水が流れるのを見て笑っている。
ゴブリンのトイレの仕方は人間とは違うんだろうか。
「……ねえ、大地。これって、流れたものはどうなってんの……?」
「さっきの設置してるの見た感じだと、どっかにため込んでる訳でもないッスよね?」
笑っているヴァルと比べ、根本と樹里は現実的な指摘をしてくる。
「ああ。それは便器の底部が謎空間に繋がっていてな」
「謎空間?」
「俺がアイテムボックスの魔法を開発する時に発見した、ここではないどこか別の空間だ。空気も光もなんもないような所だから、お前達が入り込んだらすぐに死ぬ」
「ひえっ!」
「そー言えばそんなような事前にも言ってたわね」
「アイテムボックスに収納したものはその空間に収まってるんだが、これは謎空間を経由させて別の場所に繋げる……ワームホールのようなもんだ」
「わあむほおる?」
案の定、樹里はそれが何だか分かっていないようだった。
沙織もいまいちピンと来ていないようで、唯一反応したのは根本だけだ。
「ってことは、この便器を通じて別の場所に繋がってる……って事ッスか?」
「そうだ。今は出口を王都近くに流れていた川の底面に設定してあるが、出口の設定は好きに変えられる」
トイレに関してはこれでいいな。
後で二階にも設置するが、次は風呂だ。
「で、ここにお風呂を設置するのね?」
「そうなんだが……流石に一発勝負で建物を作ったから調整が必要だな」
設計の方は問題なかったんだが、俺の魔力操作がまだ未熟な部分があるせいで、作りがいまいちだ。
なのでまずは浴室の隅に水が流れるように、緩い傾斜をつける。
その上で、掘りごたつのように窪ませた隅っこの部分に、先ほどの便器の底部にも使用した排水設備を取り付ける。
一定以上の大きさの生き物は通さないようにしてあるが、念のためその上に格子状の蓋をすれば、排水関連は設置オッケー。
「で、肝心の風呂がこれだ」
俺がアイテムボックスから取りだしたのは、少し大き目な浴槽とそれに付随する直方体の箱だった。
よく見ると分かるが、この二つは管によって繋がっている。
「浴槽は分かるッスけど、この箱は?」
「これは親戚の家にあった、古いタイプのバランス釜っていう風呂を元にしていてな……」
俺はこの風呂の使い方や機能について説明していく。
トイレの場合は魔石に直に触れる形式だったが、こちらは魔力インクなどを使用してプリント基板のような回路が組み込まれてある。
箱の上部には幾つか四角い枠で囲まれた絵を描いておいた。
その部分に触れて魔力を流すとそれぞれ、お湯を出す、お湯を止める、温度の上げ下げなどといった反応をするようになっている。
「とりあえずで作ったもんだからシャワーはついてない。体を洗う時は箱の前面にある蛇口と桶を使ってくれ」
箱の魔力による操作は上部だけでなく、前面にも存在する。
そこに魔力を流せば、近くの蛇口からお湯が出る。
「石鹸とか風呂桶なんかも置いとくから使っていいぞ」
「シャンプーは?」
「……お湯に塩でも混ぜとけ」
「えー、何よそれえ!?」
俺はギャースカ騒ぐ樹里を無理して、さっき決めた自分の部屋へと向かう。
するとこれ以上言っても無駄だと悟ったのか、樹里もそそくさと風呂場を出てどこかへと向かう。
……どこに向かったのかまでは追求しないでおこうか。
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