第107話 ジャヒールの憂鬱
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ワシの名はジャヒール。
ゴブリン国『ギルガ』の支配者という立場におる、ゴブリンエンペラーじゃ。
ゴブリン族は、ベースとなるノーマルゴブリンが非常にか弱い。
それこそ魔民族よりその能力は劣る程。
それを補っているのが繁殖力であり、なんでも食べる雑食性だ。
それはつまり、周囲の他の国との争いの中を生き残る為に、質ではなく数で対抗しているという事であり、ゴブリンの大半は進化する前に死んでいく。
そのせいか強き者を尊ぶ魔族においても、特に上位クラスが恐れ敬われている。
それは上位クラスが調子づく原因でもあり、今目の前で会議をしてるゴブリンキング達も同じだ。
「ふんっ! 所詮ヴォーガンなど五王最弱よ」
「然り! 奴がゴブリンキングに進化したのは一年前の事。新参者の化けの皮が剥がれただけの事だ」
こやつらはこのような態度をしていて恥ずかしくないのだろうか。
いや……、思えばワシも若い頃はこのような感じじゃったな。
北のゴブリン国『グルガ』にはゴブリンエンペラーが二体いるというが、そ奴らもワシと同じような事を思っているんじゃろうか。
今この部屋にはワシを始め、四体のゴブリンキングが揃っている。
北東のグルガとの国境付近を治めるジャング。
北西にある鬼族の国『ボルドス』の国境付近を治めるゴンガ。
東の一部分が人間の国と接している、南東地方を治めているゾルボ。
そして、五王最強を自負している中央北を治めているボズムス。
皆威勢のいいことを言っておるが、実際の所そこまでの力の差はない。
確かに一番若かったヴォーガンが最弱なのは間違いないが、最強を自負しているボズムス以外は似たり寄ったりじゃ。
今ワシらが話し合っているのは、四人組の人間について。
最初に報せが届いたのは、ヴォーガンの統治していた村が人間に襲われ、壊滅状態になったというものじゃった。
ここ最近は人間と大きく争う事はなかったのだが、村を一つ襲われる位なら半年に一度位はあった。
もっとも、完全に壊滅させるのが目的というよりは、我々を間引くために定期的に襲ってきているような感じじゃったが。
じゃからか、最初の報告はワシの下にまで届いておらんかった。
村が二つ三つ襲われ出した時点でヴォーガンの下に報告が届き、奴も動き始めたようじゃったが、奴からは軽く報告があった程度だ。
確かに、人間の国が動き出したのならともかく、わずか四人の人間に好き放題されているなどとは、ゴブリンキングの肥大化した自意識では報告出来ぬ事じゃろう。
挙句、ヴォーガンは独断で兵を率いて、その四人を見せしめにしようと出陣したらしい。
しかし一万五千もの兵を引き連れて出たというのに、たった四人の人間相手に敗れたという。
これは間違いなく鉄人形の使い手に違いない。
昔から我らゴブリン族が手を焼いてきたあの鉄人形は、一体いるだけでも戦況を大きく変化させる。
奴にはこれまで散々痛い目に会わされ続けてきた。
じゃというのに、キング以下のクラスのゴブリンの多くは脳筋であり、戦力を蓄えるという事をしない。
ある程度戦力が整ったら攻撃をしかけ、鉄人形に蹴散らされる。
そしてまた戦力が整うまでは勢力拡大に励むが、中途半端な所でまた攻め込んでいって、同じ目に会わされる。
何度も同じ事を繰り返しているのは、奴らと同じ種族をワシらは古くから魔族民としてこき使ってきたからというのも大きい。
実際の所はノーマルゴブリンと一般的な魔族民が戦えば、勝つのは魔族民の方だ。
それが更に鉄人形を使用してくるとなれば、ワシらはまともに手出しが出来なくなる。
「しかし、相手はたったの四人だ。いかに鉄人形の使い手だろうと、ゴブリンキングが率いる一万五千の軍勢を相手に勝ったとなれば、最低でもゴールドクラスだろう」
他の三体とは異なり、一歩引いた意見を述べたのはボズムスだ。
奴はゴブリンエンペラーに一番近いと言われており、他の三体のゴブリンキングのような痛々しさは薄い。
ゴールドクラスというのは鉄人形の強さ分類の事で、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、ミスリル、オリハルコンの順にランク分けされておる。
かつてはミスリル以上はほとんど見かける事がなかったらしいが、何故かここ十数年程前から上位クラスがよく確認されるようになっていた。
「ゴールドクラスか。だが例え相手がミスリルクラスであろうと、相手はたったの四人。我らの敵ではあるまい」
「…………」
ジャングの言葉にボズムスが黙り込む。
しかしワシにはボズムスの考えが見える。なんせワシと奴はかつてオリハルコンクラスを目にした事があったからだ。
およそ十年ほど前。
結託した訳ではなかったようだが、グルガや北東に住むオーガ達が一斉に人間の国に侵攻した事があった。
その頃まだ調子こいたゴブリンキングだったワシも、当時のゴブリンエンペラーに、この機に人間の国に攻めこむよう迫った。
そして、当時のゴブリンエンペラーもノリノリで出撃していって、あっさりとオリハルコンクラスの前に敗れた。
ワシと同じくその時ゴブリンロードとして参戦し、あの地獄の中を生き残ったボズムスは、オリハルコンクラスの恐ろしさをよく知っている。
もし、相手の四人がそのオリハルコンクラス四体であったら……。
そう考えると迂闊な事を口に出来ぬのであろう。
「とはいえ、俺はボルドスとの国境警備から目を離せん。それはジャングも同様であろう?」
「そうだな。であれば……」
ジャングとゴンガの視線がゾルボへと向けられる。
「我の出番という訳だな? よかろう。その人間の首を切り取ってこの王城前広場に飾り立ててやろうではないか!」
ゾルボの顔には不安の欠片も見られない。
すでに頭の中では、その四人の首をぶら下げて凱旋してる姿が思い浮かんでいるのじゃろう。
「よろしいですかな? ジャヒール様」
ゾルボが問いかけてくる。
ゴブリンキングになって間もないヴォーガンはワシの事を慕っておったようじゃが、この三体のゴブリンキングは人間に対して消極的なワシを内心舐めた目で見ておる。
本人達は気づかれてないと思っているようじゃが、それくらいはお見通しだ。
「……良いじゃろう。好きにせい」
「では早速準備にかかります故、失礼しますぞ」
そう言って退室していくゾルボの後を、ジャングとゴンガが続く。
この三体はゴブリンキングへと進化した時期が近い事もあって、口では罵り合ったりするがあれで仲は悪くない。
「行かせてしまってよかったのか?」
「ワシが止めても無駄じゃろう。それより敵の戦力を正確に測りたい。奴らにはワシの部下をつけて、遠くから観察させるつもりじゃ」
「慎重になるのも分かるが、それほどの相手だと睨んでいるのか?」
一人残ったボズムスも、ジャング達ほどではないにせよ相手を甘く見ているようだ。
「我らは古来より人族を魔族民と呼んでこき使ってきたが、奴らの技術力は我らより高い」
ゴブリンの中にも、ゴブリンブラックスミスのような技術系クラスに進化する者はいるが、それでも人族の技術力には及ばない。
だからこそ我らは魔族民に色々な作業をさせているのだ。
「そして、十数年前から急に高性能な鉄人形が増えてきた。これが何を意味するか分かるか?」
「……技術が進歩し、高性能な鉄人形を作り始めたという事か!?」
ボズムスも事の次第に気づいたようで声を荒げる。
「然様。その四人の人間も、もしかしたら新型の鉄人形のテスト感覚なのかもしれん」
「まさ……か……」
ようやく事態の深刻さに気付いた様子のボズムス。
ワシはギルガの将来を憂い、静まり返った会議室内でギルガの行く末が明るいものとなるよう、我らが神に祈りを捧げるのだった。
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