第106話 磁力のちから


「で、連れてきたって訳?」


「そうだ」


「そうだって……、そんなペットを拾ってくる子供みたいに」


「すでに契約魔法を施してるから、あの四体みたいに裏切る心配はないぞ」


 ゴブリンキングの能力っぽいので、根本らに襲い掛かった四体のゴブリン。

 俺が途中でナノマシンの制御を強めたので、不意打ちを加えた以降はその場で動けずにいた。


 それでもゴブリンキングの命令というのは凄まじい効力だったようだ。

 体に激痛が走る状態で無理矢理に動こうとした結果、四体共ナノマシンの強制制御によって死んでしまった。


 俺の仕込んだナノマシンに、無理矢理逆らおうとするとどうなるのか。

 これがその答えでもある。

 なお契約魔法のテストをしていたゴブリンウォリアーは、最初に樹里を庇った時の傷で既に死んでいる。



「確かにそこのゴブリンウォリアーだけは、笹井さんを守るように動いてましたね」


「ああ。他の四体との違いは俺が契約したかどうか。つまり、これ以降同じ目に会ってもヴァルが裏切る事はないってこった」


「ヴァル?」


「こいつの名前だよ。本当はヴァレフォールとかいうゴブリンらしくない名前なんだが、ヴァルって呼ぶことにした」


【おいらの事話してるっすか? ならよろしく伝えておいてほしいっす。親分は勿論、親分の仲間にも手を上げたりしないっす】


「という事らしいぞ」


「何言ってるかさっぱりよ!」


 いかにナノマシンによって脳機能が向上しているとはいえ、勉強の期間がまだ短いからな。

 でもネイティブの奴が身近にいれば、覚える速度も上がるんじゃないか?



「危害を加えない……という事を言ってるのでは?」


「お、沙織。理解出来たのか?」


「少しだけ……ですけど」


「ほーれ、見ろ。樹里も勉強すればそう遠くない内に話せるようになるぞ」


「そう……ねえ。確かにこれからしばらく魔族の国を移動するんだし、覚えておいた方がいーのかもね」


 前向きになってくれたのは良い事だ。

 ところでさっきから根本が口を利いてないな。

 なんかさっきからヴァルの事をジロジロと見ているようだが。


「根本、どうしたんだ?」


「いや、なーんか気になるッス」


 似た者同士で通じ合うもんでもあるんだろうか。


「まあ他のゴブリンが全部ダメになってしまったので、しばらくはコイツを連れて歩くつもりだ。似た者同士仲良くな」


「……似た者同士?」


 どうやら本人はしっくり来ていないようで、仕切りに首を傾げている。



【ところで親分達は一体何なんっすか? あんなとんでもない魔法は初めて見たっす!】


【俺たちは東の人間の王国から、西の帝国に向かって旅してる所だ。ちなみに俺の名前は大地宇宙だいちそらだ】


【それが名前っすか?】


【いや。大地が苗字……氏族名で、宇宙が名前だ】


【あ、なんか聞いたことあるっす。人族は名前を二つとか三つ持ってるって】


【人にもよるが、大抵は名前は親しい相手に使うもので、それ以外は苗字で呼ぶのが一般的だ】


 名前についての基礎知識を教えた後、根本ら三人の紹介もしていく。

 俺が教えた通り三人を苗字で呼ぶヴァルだが、沙織の一色という苗字だけ発音が難しいのか、少しアクセントが微妙だ。

 「イッシキ」というよりは、「イシーキ」という感じに近い。

 呼び間違える度に、沙織に指摘されている。


【イシキ……イシーキ……うう、ちょっとむずいっす】


【本人は気にしてるようだから、しっかり発音できるようになれよ】


【親分のいう事ならなんでも聞くっす】


 結局俺だけは名前ではなく親分呼びのままらしい。

 まあ、なんとなくこいつには似合ってるしこのままでいいか。



 自己紹介を終えた後、更に話を訊きたがっていたヴァルだったが、まずは先にこのゴブリンの死体の山をどうにか死体……じゃなくてしたい。

 これまでは装備の剥ぎ取りは地道にやっていたが、こんだけ数が集まると面倒だな。


「全員が全員、金属装備を持っている訳でもないんだよな」


「そッスね。それに持ってたとしても、錆びが浮いてるようなものも多いッス」


 俺の呟きを聞いていたのか根本が同意してくる。


「よし。じゃあ魔法で横着してみるか」


「!? なんかキケンな予感がするッス!」


 そう言うなり俺の傍からダッシュで逃げていく根本。

 なんだ?

 超能力には予知能力もあるが、それが発動でもしたのかね。


「どうしたのよ、根本」


「せいぞんほんのーッス!」


 うむ。

 だがその動きは的外れでもない。

 もっとも流石の俺でも試す前に警告位はしたと思うけど。




「ちょっと今から新しい魔法を試すが、お前達を巻き込む可能性があるから少し離れていてくれ」


「やっぱりッスゥゥゥッ!!」


 改めて警告したせいか、殊更に根本は俺との距離を取る。

 ……俺を大怪獣だと勘違いしてるんではなかろうか。


 根本に続き沙織と樹里、それからよく状況が分かっていないヴァルも空気を読んで俺から離れていく。

 あいつ、なんかゴブリンって感じが全くしねーな。


 全員が十分距離を取った所で、俺は思いつきの魔法を発動させる。

 しかし上手く調整しないととんでもない事になりそうなので、初めは弱く。それから徐々に強くしていくのをイメージした。


 それは磁力を操る魔法。


 金属装備を持ったゴブリンごと磁力で引きつけてしまえ、という雑な発想によるものだ。

 しかし魔法というのは、細かい科学的根拠を無視して術者の思い描いた事を実現する事が出来る。


 ほら。

 俺の緻密な魔力操作も相まって、金属装備や防具を身に着けたゴブリンだけ綺麗にまとめて――


【ぎゃあああ!? な、なんか思いっきり吸われるっす!!】


 ――って、ヴァル?

 あいつ一体何やってるんだ。


 磁力圏内に入ったのか、必死で抵抗しつつも徐々に体ごと引き寄せられている。

 根本らも迂闊に近寄る事が出来ず戸惑っていた。

 そして抵抗虚しく、ヴァルが体ごと吸い込まれてしまう。


 そこで仕方なく俺は魔法の発動を一旦中止させた。

 中空に磁力の発生源があったため、少し浮いた状態で金属装備やそれを纏ったゴブリンの残骸が丸く固まっている。


 場所によっては剣や槍が突き出ている場所があるので、そこにヴァルが吸い込まれていたら危なかったな。

 あと少し吸い込まれた位置がズレていたら、尻から槍で串刺しになってた所だった。



【お前は一体何をしとるんだ?】


【ひいいええぇぇ…………って、え? あ、いや、なんか親分の魔法凄いなーって思って近くで見ようと思ったんっす】


【……なら分かっただろ。今の魔法は金属を吸い寄せる魔法だ。根本達と一緒に離れた所で見とけ】


【そんな魔法もあるんっすね! 流石親分っす!!】


 俺は少し頭を抱えながらも、再度磁力の魔法で金属をかき集める。

 金属装備を持っている割合は少ない方だったが、それでも元の数が数だ。


 何回かに分けて、吸い寄せたあとは一か所へ纏めていく。

 ……それはいいんだが、こっからどうしようかな?


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