第104話 カミカゼ
遠くに黒い点のように見えていたゴブリンの軍勢は、今では根本らにもその威容が伝わる距離まで近づいてきている。
その数はこれまでの比ではなく、千や二千では収まりがつかないほどの大軍だ。
「……あの、大地さん」
「なんだ?」
「めっちゃいるんですけど……」
「だから言っただろ。機会があったら派手な魔法を見せてやるって」
「ほんとーに大丈夫なの? あたしの魔法でもあの数はちょっと無理よ?」
「心配ない。俺に任せておけ」
それよりも気になるのは、相手の数の多さよりこんな大軍が行軍してる理由だ。
まさかノスピネル王国に攻めこむつもりじゃなかろうな?
「大地さん。あの先頭にいる、トカゲに乗ったゴブリンはこれまで見た事ないクラスでは?」
「ほう……」
確かに沙織の言う通り、先頭にいる個体はゴブリンロードよりも体格が良い。
これまでのゴブリンの法則からして、上位のクラスに進化するほどガタイがよくなっていく。
となると、あれはゴブリンロードより上のゴブリンキングかもしれない。
ゴブリンが騎乗なんてしてる姿はこれまで見たことなかったし、ゴブリンの中でも特別なんだろう。
ゴブリンの軍勢は、俺たちから一、二キロ離れた場所までくると動きを止める。
すると先頭にいたゴブリンキングらしき奴が一体だけ前に出てきた。
そいつは四足歩行のトカゲに騎乗しながら、俺たちから数百メートル程離れた場所で足を止めると、大きな声で話しかけてくる。
【我が領地のゴブリン村を襲っているといるというのは貴様らか?】
【そうだ。お前はゴブリンキングか? それともエンペラーなのか?】
【ジャヒール様が態々貴様ごときに出向いてくる訳なかろう。我はギルガ国五王が一人、ヴォーガン様だ!】
五王?
という事はゴブリンキングだという事だな。
てか同じ国の中に五人もキングがいるとかややこしいな!
【それで貴様らは……どうやら魔族民ではなさそうだな。まさか、吸血鬼のスレイブか?】
吸血鬼か。
王国で調べた時も名前だけは出てきたけど、あんま詳しい生態とかまでは分んなかったんだよな。
【いや、違う。俺らはただの通りがかりの人族だ。ところで随分と大人数だが、これからどこか戦争にでも行くのか?】
【戦争? ガハハ、ふざけた事を抜かしよる。我の狙いは貴様らよ】
【俺達?】
【そうよ! 貴様らのような勘違いした奴らがどうなるのか。それを知らしめる為に打って出たのよ】
要するに示威行動って事か。
それと面子を潰されたとか、好き勝手に暴れられたとかの報復も勿論あるんだろうけど。
にしても、こんな大軍を出す位だからこちらの位置をある程度掴んでいたんだろうけど、どうやったんだろうな。
まあ毎回村を襲ってる時に逃げ出す奴がいるから、そういった所で情報が洩れたのかもしれん。
【なるほどな。まあ、話を訊くのはこれくらいでいいか】
【村を襲うなどした割には随分と諦めがいいではないか。ならばそこのお前達! これまで無理矢理付き合わされてきた恨みを晴らすがいい!】
なんか勝手に諦めがいいって事にされてる……。
それに幾らお前がゴブリンキングだろうと、俺が連れている五体のゴブリンは俺のナノマシンで縛って…………アレ?
「うわああぁっ!」
「ちょ、ちょっと急に何よ!?」
ナノマシンで俺達に敵対行動が取れないようにしてあったゴブリン達が、キングの命令で根本達に襲い掛かっている。
こいつらには夜間の護衛用に、ゴブリンが持っていた武器を適当に渡して持たせていた。
それでも今の二人なら普通に戦えば遅れを取る相手ではなかったが、不意を突かれた事で根本がゴブリンメイジの土魔法を食らい、軽く吹っ飛ばされる。
樹里の方は、何故か一体だけゴブリンが樹里を守るように動いており、樹里の身代わりになって腹部に剣を突き刺されていた。
【グガガガガッ!】
俺は即座にゴブリン共のナノマシンに命令を送るが、それでも動きを止めようとはしない。
体内から体を止めようとする力に無理矢理逆らっているせいで、四体のゴブリンは呻き声を上げ続ける。
しかし力が拮抗しているのか、どうにか体を動かして樹里達を攻撃しようとしているが、その動きは微々たるものだ。
【おい、何をした?】
【我はゴブリンキングぞ。いかに貴様らがそこのゴブリンらを手懐けたとしても、王たる我が命に背くことなど出来んわ!】
なぬ?
ゴブリンキングにはそういう特殊能力でもあんのか?
……でも一体だけ樹里を守ったゴブリンが……あれは俺が契約魔法のテストをしていたゴブリンウォリアーか。
【得意げに語っているが、あの中の一体はお前の言う事に耳を傾けなかったようだが? それに他の四体も結局動きを止めたし、お前の人望もたかが知れてるな】
【ぐぬぬ……、言わせておけば! お前達、出番だ! 全軍突撃っ!!】
なんか偉そうな口調で話しているが、あまり賢そうな奴ではないな。
これくらいで顔真っ赤にするとは、煽り耐性が足りないんじゃないか?
しかも、全軍突撃とか言っておきながら自分はあのトカゲに乗って後ろに下がっていったぞ。
「大地さん」
「沙織は根本の様子を見てくれ。俺はあっちを処理する」
あの程度なら、ナノマシンの修復機能で大したダメージにはなってないだろうが、一応な。
さて、沸点の低いゴブリンキングの命令によって迫るゴブリンの大軍。
その大半のノーマルゴブリンは子供程の身長だとはいえ、数が数だけにそれなりの迫力だ。
ドドドドドッと軽い地響きの音が、砂煙と共に立ち込めてこちらに迫って来る。
特にクラスによって部隊が分かれていないのか、ノーマルに混じってちらほらゴブリンウォリアーやゴブリンメイジなどが混ざっているようだ。
「さあて、いっちょぶちかましてやるか」
俺は体内から凝縮した魔力をイメージに乗せ練り上げていく。
イメージするのは風の刃。
ただし規模だけは大きく、強く。
「かつて海を渡って祖国に侵攻しようとした連中がいた。そいつらを追い返したという風の名を借りるとしよう。我が前に立ち塞がりし、全てのモノを切り割け! 『
口上を述べながら、俺は右手を大きく横に振るう。
するとその軌道上に風の刃が発生し、俺の前方百八十度に遍く広がっていく。
ちゃんとゴブリンの低身長に合わせて低めに放ったソレは、威力がほぼ減衰する事なくゴブリンの群れを切り割いていく。
ノーマルゴブリンであれば頸部を。
ゴブリンウォリアーであれば胸部辺りを。
ゴブリンロードクラスのものとなると腹部辺りから切り割かれ、上下真っ二つにされる。
一瞬のうちに、戦場にゴブリンの死体が一万体以上出来上がった。
「大地……それって…………」
「どうだ見たか? っつっても、炎の魔法に比べたら派手さは足りんかったかもしれん」
それにちょっと口上とかが中二的過ぎたかもしれない。
なんか少し恥ずかしくなってきたぞ。
なんだよ『
「そうじゃなくてっ! 何をすればあんな風になるのよ!?」
ううん、それは俺にも分からんなあ。
すっかり風で切り裂く魔法とかのイメージが定着してるけど、実際風でどうやって切るんだ?
自分でやっておきながら、原理がさっぱり分からん。
「えー、その件に関しましてはですね。答弁を控えさせて頂こうかと」
「もうっ! 内緒って訳?」
「ええー、ですからそのご要望に関しましては前向きに善処しつつ、検討を進めていきたいと思っている所存でありまして……」
「さっきから何なのよその言い方は!」
なんて敵をほったらかしで、樹里となんちゃって記者会見での会話のキャッチボールを楽しんでいたが、まだ戦いは終わっていない。
「ほら、まだ終わってないから樹里は下がった下がった」
「あとで話を聞かせてもらうからね!」
俺の言葉に大人しく引き下がる樹里。
さて、次はどうしようかな。
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