第95話 魔民族


「……何ッスか?」


 根本が妙に警戒した様子で聞いてくる。

 別にそんな警戒せんでも、恐らく根本ならそれほど気にしない問題だと思うぞ。


「さっき樹里はゴブリン村なら大丈夫だと言ってたが、あの村にも人間がいる可能性はある」


「……食料としてですか?」


「い"ぃ"っ!」


 沙織の言葉に樹里が思いっきり引いている。


「それもあるだろうが、生産者としての人間だな。お前らも習っただろ? 『魔民族』の事は」


「それは……一応は……」


 ゴブリンを初めとして、魔族の国の住人は自前での技術力が低い種族が多いと言われている。

 そうした連中が食料兼、玩具兼、奴隷として飼って・・・いるのが、魔民族と呼ばれる人族だ。

 一部では魔賤民などと呼ばれてもいて、その名称を聞けば王国民からは嫌われている……とは少し違うのかもしれないが、いい印象を持たれていない事が分かるだろう。


「その連中があの村にも、そしてこれから先にある町や村にもいる可能性がある。というよりいる可能性が高い」


「その人達はどーすんの……?」


 恐々といった様子で聞いてくる樹里。


「基本は無視する。しかし大きな街などを襲う際は、いちいち意識してられんから範囲攻撃で巻き込むことも出てくるだろう」


「その連中が襲ってきたらどうするんッスか?」


「そんなのは決まってるだろ。やり返すだけだ」


 王国で教わった話では、奴らゴブリン達が攻めてくる際に魔民族を積極的に導入する事はないらしい。

 しかし攻められた場合にどういった反応をするかまでは分からない。


 奴らは人としての尊厳などを全て取っ払ったような連中らしいので、どういった文化・生活をしているのかさっぱり分からん。

 飼いならされたペットのように、普通に俺達に牙を向けてくるかもしれん。


 そういった事を三人に説明していく。



「つまり原始人みたいってこと?」


「そんなもんだろう。技術だけは最低限持っているけどな」


「ふぅん……」


 いまいち理解出来てるのか分からない返事をする樹里。

 俺も実際に接したのは一度だけだから、よく分かってはいないけど。


「あの……。大地さんはどうもその人達に良い印象を抱いてないように見えるのですが、何かあるのでしょうか?」


「……俺は一度だけ王国にいた時に接した事があるんだ。奴隷としてこき使われてた奴にな」


 俺は王都で暮らしてた頃は、結構好きにあちこち行ってた。

 魔民族と出会ったのもそうした自由行動の時だった。


「何か問題でもあるんでしょうか?」


「見た感じではそう大きく違いはしない。俺たちの世界でも、狼に育てられた少年とかいった話はあるが、そこまで極端におかしくはなかった」


「じゃー何が問題なのよ?」


「基本的に奴らは奴隷根性ってのが染み付いてるように俺には映った。そして俺の性格的にそれが気に食わないってのはあるんだが……」


 そう言った後に奴らのの事を思い出す。


「奴ら……俺が接したのは三人の魔民族だったんだが、奴らの目がな。奴らが俺を見る時の目が、同じ人族に対して向ける目じゃねーんだ」


 こればっかりは言葉だけでは伝えにくいな。

 そもそも俺以外の奴はそこまで気にしない問題かもしれんし。


「どういう事でしょう?」


「んー、なんつーかな……。モノを見るような目に近いんだが、それとはちょっと違っていて……。無関心……ともちょっと違う」


 何より俺はあいつらの習慣が……って、そうか。

 俺がやたら奴らの視線が気になったのはそういう事か。


「結局どういう訳なのよ?」


 しびれを切らして聞いてくる樹里に、俺は今思い至った事を話していく。


「今一番近い表現が浮かんだんだが、奴らが俺を見る目はな。獲物を見るような目だったんだよ」


「獲物ッスか?」


「そうだ。奴らは食人の習慣がある」


「……ふぁっ!?」


「うっ……」


「……」


 俺の言葉に三人とも顔色が悪くなっていく。

 樹里も何か言おうとしていたのに、言葉が引っ込んでしまったみたいだ。


「正確には習慣というより、元々は飼い主の魔族に食料として与えられていたのが始まりらしいけどな」


 野生の獣とか魔物相手からそういった目をされるならまだ分かる。

 しかし同じ人間相手から食欲を感じさせる視線を送られるのは、ゾッとする話だ。



「奴らから聞いた話では、普段はろくなもんを食わせてもらえないようなので、人肉とはいえ肉は彼らにとってゴチソウなんだそうだ」


「……その、食人ってなんか問題あるんじゃ?」


「倫理的な意味以外にも問題はあったはずだが、この世界の人間ってのも実は微妙に俺達とは異なっているからな」


 俺たちの世界の知識がそのまま通用する訳ではないだろうと、俺は根本に説明する。


「これはあくまで俺の所感だ。食人の習慣というのは事実だが、別に目など気にせず飼い主は普通に接していた訳だしな。単に俺が先に食人習慣の事を聞いていたので、色眼鏡で見ただけかもしれん」


「ううぅ、なんか実際にその人達に会っちゃったら、その事が頭に浮かんできちゃいそう」


「だから基本は無視だ。んで、襲ってきたら返り討ち。範囲攻撃で巻き添え食らっちゃったら運が悪かったと諦めてもらう」


「んー、そうなっちゃうんッスかねえ」


 俺の方針に即賛成! って訳でもないようだが、根本の奴はなんだかんだで最終的に割り切って考えられると思う。


「このペースだと、ゴブリン村に着くのは明後日位になるだろう。それまで戦闘に参加するかどうか各自考えておいてくれ」


「そうね……」


「僕の考えは変わってないッス」


「私も」


「う、むむむむ……」


 根本と沙織はそう来るよな。

 樹里は二人の返事を聞いて軽く唸っている。


「樹里も仲間外れはイヤだとか、そういった理由で無理に参加しなくてもいいからな」


「うん……」


 俺としては樹里も少しはそういった事に耐性を持つ……というか、慣れてくれるといいなとは思ってるんだが……。


「…………」


 さて、そんな話をしている内に夕食も終わって就寝時間になった。

 いつも通り交代で夜番をしているんだが、これもどうにかしたいよなあ。


 身体機能的には俺の体は問題ないんだけど、娯楽というか趣味的な意味では夜はグッスリ眠りたい。

 一応その為の方策は今も練習中なんだが、それを試す機会がまだ訪れていない。

 まあこれも追々……だな。


 



 そして翌日の朝。


 俺は野営用に築いた土壁を元に戻し、朝食を用意してから例のゴブリン村の方へと歩を進める。

 極稀に魔物に襲われる事もあったが、動物の延長線上といった奴なので問題は起こらず。


 俺の計算通り、二日後には件のゴブリン村に到着した。



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