閑話 残された者達
大地たち四人が王都から脱出した翌日。
五連休を終え、最初の訓練日である今日は、それなりの割合で休む者が出て来るだろうと、教官たちは予想していた。
例のゴブリン討伐任務によって、少なくない数の日本人が心に傷を負っていたからだ。
その予想は間違っておらず、初日の訓練の参加者は少なかった。
この状況に教官たちも、ケツを叩いて無理やり部屋から出そうとはしなかった。
余りに長引くようであったらそのような手段も取るし、最悪"矯正"処置送りにされる事もあるだろう。
だが、それはあくまで最後の手段だ。
そんな教官たちの不安は他所に、幸いな事に翌日以降になると出席者の数が増えていく。
教官たちとしては望むべくこの状況だが、その裏には一部の日本人の働きがあった。
「話は大地から聞いているな?」
「ああ。……ここにいるのは、全員解除組か?」
「そうだ。俺は前もって奴と話し合いをして、誰を解除するのか聞いていた」
今、宿舎の裏にある人気のない場所で、火神や細田を中心とした幾人かの日本人が集まっていた。
火神は大地から自分達が常に監視されている事を聞かされており、その際にこの宿舎裏は監視の目が届いていないという事もついでに聞いていた。
それに加え、用心深い火神は事前に周囲に人の気配がない事も確認している。
「今後俺達が具体的にどう行動していくかは、また別の機会に話そうと思う。だが、その前に俺達には早急に片づけておきたい事がある」
「なんだよ、片付けたい事って」
「お前らがどこまで大地から聞いているか分からんが、この間のゴブリン村の任務によって、精神的にダメージを負ったものが未だに多い」
「……そりゃー、仕方ねえだろうよ。あんなもんを見ちまったらなあ」
「あーしもちょっとアレはキツかった……って感じぃ」
まっすぐな火神が、オブラートに包まずにセンシティブな話題を出したせいで、一気に集まった者達の顔色が悪くなる。
「そこでだ。お前達にまず頼みたい事がある」
「お前が頼みだんて珍しいじゃねーか」
軽口を叩く細田。
とはいえ、細田自身も別に本気で揶揄うつもりで言った訳ではない。
火神にだけに話をさせると、どうしても場が硬くなってしまう。
大地に言われた事が頭に残っていた細田は、自然と自分の役割を演じていた。
「うむ……これは俺が苦手とする事でな」
このように火神が自分の弱みを語る事も、これまでにはなかった事だ。
秘密の会合に参加した者達からは、物珍しそうな表情が火神へと向けられる。
「実は、この王国の連中には"矯正"という処置を行う者達がいるという」
「きょうせい……?」
「そうだ。一種の洗脳装置のようで、それをされると自我が失われ、奴らの命令通りに動くロボットのようにさせられてしまうらしい」
「なっ!?」
「ちょ、マ?」
どうやらこの事は火神以外には伝えられていなかったようで、参加者の間に衝撃が走り抜ける。
「といっても、奴らも無作為にそんな真似はしない。それなら最初から全員に施しておけば問題ないのだからな」
「……ねえ。あーしちょっと思い出したんだけどぉ、最初にゴブリンを殺った後に、一人いなくなった娘いたよねぇ?」
「大地の話では、その女はすでに矯正処置を受けているという事だ。それとは別に、最初の召喚された日に暴れた男も、同じく矯正処置を受けたと見られている」
「…………」
「チッ……、やっぱ服従の呪いなんて掛けるような連中は信用できねえな」
ここにいる参加者たちも、全員が全員精神的に落ち着いている訳ではない。
そんな状態で新たな事実をつきつけられ、心が散り散りに乱れていく。
「だが、今の俺達に出来る事はそう多くない。逆らうにしても、相手はまるまる国家一つだ。俺達がどう足掻いても、数十人程度の集団で国に逆らえる筈がない」
おまけに周辺にも逃げ道はなく、魔族の国に囲まれている状況だ。
「だが、みすみすと仲間が矯正されるのを見過ごせない」
「それもそうだけど、どうすりゃいいんだ?」
参加者の一人の質問に、火神は自分の考えを述べる。
「矯正は、精神的に使い物にならなくなった相手に対して用いられる。……つまりは、俺達が仲間の心のケアをする事で、奴らに矯正という手を打たせないようにさせる」
「……なるほど。確かにアンタが苦手そうな案件だな、こりゃあ」
「でも、そんなに上手く行くか?」
「行かせるしかないっしょ! あーしもがんばるし!」
「そうね……。互いにフォローを入れながら、火神さんの言うようにしていきましょ」
「スマン、助かる」
参加者から協力の言葉が出てきた事で、改めて火神が頭を下げる。
これも最初の頃の火神からすると、まずありえない行動だった。
その後もこの場に集まった者達は、他の事についても軽く話をしていく。
いつもこの場所に集まられとも限らないので、他に集合場所を決めておこうだとか、火神にだけ知らされていた情報の共有など、短時間ながら密度の濃い話し合いとなった。
そうした背景があって、訓練に復帰する日本人は増えていった。
不器用ながら、火神も仲間のメンタルケアに務め、表向きは落ち着きを取り戻していった……かのように見える。
しかし、いつまでたっても訓練に出席しない者達がいた。
「おい、聞いたか? あの魔法使いの女と沙織様が脱走したらしいぜ?」
「ええ? 俺が教官から聞いた話だと、あの時の任務の働きが認められて、別の部署へ配置されたって聞いたけどな」
「待てよ。その前に、他にも脱走した奴がいただろ? ゲロ男くんも一緒にその別部署に行っちまったのか?」
日本人の間でも、有象無象の噂が錯綜していた。
訓練に出席していないだけと思われたその四人は、まるで痕跡も残さずに宿舎から姿を消したという。
途中で大地らと接触した水原達エース三人組も、軒並み大地によって言動を封じられてしまったので、王国側もこの四人の失踪に長い事気付かなかった。
いい加減、訓練に無理やりにでも出そうと宿舎の部屋に押し入った結果、四人がいなくなっている事に気付き、上層部でもちょっとした騒ぎにもなっている。
まったくもってその行方が追えない事から、特別捜査班も編成されたようだが、四人の発見には至っていない。
「フッ、本当に四人だけで行ってしまったのだな」
そうした慌ただしい王国側の動きに、火神は訓練場で独り言ちた。
空は青く、絶好の訓練日和と言える。
この空の向こうで、奴らは自由と冒険を求め旅しているのだろうか。
そう思うと、自然と火神の顔に笑みが浮かんでくる。
しかし相変わらずその笑顔は、他の人から見たら到底笑っているとは思えないほどの、厳つい笑顔であった。
「また、いつか会いたいものだな。大地よ」
火神の語りかける声は、相手へと届く事なく空へと霧散していくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます