第93話 旅立ち


「な、なんだ?」


 俺が歩いていくにつれ顔が青くなっていく芦屋。

 だが気にせず俺は奴に近づいていく。


「なあに、お前達二人は信用ならないんでな」


 最後数メートルの距離を一気に縮めた俺は、芦屋の体に触れて魔法で意識を奪った後に、俺たちに関する記憶を消していく。


「彼に何をしたの?」


 命までは取られないと知って弛緩していたムードが、今しがたの行動によって再びピンとしたものへと切り替わっていく。


「俺は主人公を追い詰めた時に、冥土の土産にペラペラと機密情報を話す悪役ではないという事だ」


 言いながら芦屋の時と同じように一瞬で水原に近づいて、すれ違いざまに水原の首を、手にした短剣で切りつける。


「――ッ、何を……」


 咄嗟に切られた箇所を手で押さえる水原。

 俺は気にせず自身の人差し指も同じように切ると、再度近寄って強引に水原の傷口と俺の人差し指を重ね、ナノマシンを送り込んでいく。

 ついでに水原に掛けられている服従の呪いも解除する。


「アンタには特別に楔を打ち込んでおいた。俺たちに関する情報を敵対者に流させないようにな」


「そんな事はするつもりはないけど……、これで私を縛る枷がもう一つ増えた訳ね」


「いんや。この国の奴がかけた服従の呪いは解除した」


「そんな……簡単に……?」


 その口調は信じられないといった感じではなく、真実として捉えてはいるが、だからこそ逆に信じられないといった口調だ。


「俺からすれば所詮そんなもんなんだよ。そして、アンタとは別に俺らと同期の火神やチャラ男なんかも同様に解除済だ。ちなみに全員解除している訳ではない」


「……何が目的なの?」


「俺は別にどうでもいいと思ってるんだけどな。この先この国の連中が、日本人達に理不尽な真似をしてくるようであったら、協力してそれに立ち向かえるように、だよ」


「確かに私が最初呼び出された頃は酷いものだったけど、今ではそこまで無茶はしてこないわ」


「全体としてはそうでも、個人としては例外もいるだろう?」


 俺は視線を日向へと向けながら言う。


「……それもそうね」


 それで納得する当たり、身内からの評価も酷いんだろう。

 なんせ最初に俺らの前に出てきた後は、同期の連中は大抵日向に敵意を抱いてたからな。

 だがそれでも、ヘイガーガムシャーとしての戦力は無視できないので、俺も命までは取らず記憶を消すにとどめといた。


「っと、そうか。こいつにも楔を刺しておいたほうがいいな」


 ツカツカと日向の下に向かうと、俺は先ほどと同じように日向にナノマシンを送り付けておく。

 こいつの場合は、芦屋とは違って普段の態度もよくないからな。

 ……ただ、三人中二人に処置したんだし、こうなると芦屋にもナノマシンを送り付けといた方がいいか。


「それ……何をしてるの?」


「企業秘密だ」


 日向とついでに芦屋へのナノマシンの移植はすぐに終わり、俺は二人の下から離れる。

 何をしているか分からないせいか、水原の顔色は余りよろしくない。


「これでこいつもさっきみたいな無茶は出来なくなった。あんな調子で同朋を手に掛けるようでは、この国の行き先がどうなるか分かったもんじゃないからな」


「この国の戦況についても詳しいのね」


「ああ、調べたからな」


 そう言う水原も最前線で戦っている身として、戦況は理解しているんだろう。

 ああ、そうだ。そんな水原に一つ土産話を残していくとしよう。


「ところで、近頃はムルランジュ地方で水害があって、食料が不足がちのようだな?」


「そんな事まで……」


 洪水は上流からの肥えた土壌が運ばれてくる事もあるので、必ずしも災いだけとは言えないのだが、短期的に見れば人に被害をもたらすものでしかない。


「色々と現地の人も苦労してるようだが、これこそマンサクの出番だぞ」


「マンサク……?」


「ああ。長い歴史に埋もれて単なるハズレの魔甲機装として扱われているが、マンサクは元々農作業や土木用に作られている」


「そんな話、聞いたことがないわ」


「魔甲機装が作られたのはもう数千年も前の話だからな。それで話を戻すが、ガムシャーやリュースイのような特殊能力が、実はマンサクにも備わっている」


「……それも初耳ね」


「勿論これは操作する人間の能力にもよるんだが、マンサクは植物の生育を早める効果がある。それも土壌の栄養分を過剰に奪う事もない。これをうまく活用すれば、食料問題も少しは改善されるだろう」


 常にどこかで戦闘が繰り広げられている訳ではない。

 平時だと魔甲機装は大規模な土木工事なども行っていたりする。

 そこでマンサクを農作業に割り振って特殊能力を使わせれば、効果は表れてくるはずだ。


「マンサクだけ明らかに農具らしきものを武装としていたのは、そういう理由だった訳ね」


「そういう事だ。……では俺たちは西へ向かう。上の連中には上手い事報告しておいてくれ。下手な事を口走ると……ちょっと痛い目に会うぞ」


「……ええ、わかったわ」


 最後にそう言い残して俺は踵を返す。

 樹里達は水原との話し合いをジッと黙って聞いていた。



「待たせたな」


「……色々言いたい事はあるッスけど、それは旅の途中で伺う事にするッス」


「話は無事についたようね! これで追手も問題なさそうだし、早く行きましょ!」


「私は大地さんの判断に従います」


 樹里が殊の外テンションが高い。

 誰も死なせずに済んだからだろうか?

 それとも俺と同じように、未知なる異世界への旅立ちを喜んでいるんだろうか。


 何にせよ、恐らく王国内で起こるであろうイベントはもうこれで最後だろう。

 水原達と別れた俺達は、次の目的地インナビ村へと向かった。







「なーーんもない村ね」


 到着早々樹里の口から感想が漏れる。

 そりゃまあ辺境の村だからな。

 だがこの先にもまだ村はある。


「この村はまだ人口が数百人位はいそうだから、村としては大きいんじゃないか?」


「へー、そんなもんなの?」


 俺たちは元は日本の生まれであるし、これまで王都で暮らしていた事もあって、それなりに人の多い場所で生活をしてきた。

 しかしそういった場所はこの世界では稀で、人が暮らす場所の多くはこうした小規模から中規模の村になる。


「あ、あれ宿屋じゃないッスか?」


 こんな田舎な村でも宿屋はあるらしい。

 早速俺らはそのおんぼろの宿に押し掛ける。


 宿の人の話では、なんでもこの村では牧畜が行われていて、時折買い付けに来る商人などが利用するそうだ。


「お、それはいいな。何を育ててるか知らんが、金の使いどころがありそうだ」


「卵とかってないんッスかねえ?」


 王都でも卵は高級品で、食卓で出される事はほとんどなかった。

 まあ鮮度とかの問題もあるから大変なんだろう。


 俺は宿にチェックインした後、早速村の中をうろうろしてみたのだが、残念ながら根本の言ってた卵は手に入らなかった。

 しかし牛っぽい動物の乳はそれなりの量買い付ける事が出来た。

 ……やたらとデカイ牛だったけど、あの大きさなら乳も大分絞れそうだ。


 こうしてインナビ村では想定外に物資の補給に成功し、続くムガナビ村では養蜂が行われているようで、値は張ったものの王都で仕入れるより格安の値段でハチミツをゲットできた。


 そしてムガナビ村の次が、国内最後に寄る事になる最果てのボース村だ。

 ゴブリン国と一番近い場所にある村なので、もしかしたら俺たちが実戦訓練任務で訪れた村のように、すでに攻め落とされて村がなくなっている可能性もあった。


 だがそんな心配をよそに、ボース村は周囲に柵を張り巡らして無事に残っていた。

 とはいえインナビ村のように宿がある訳でもないので、村の広場を借りてそこで野営をする事になる。



 そして……、





「ついにこの国を脱出する時がきたのね!」


「長いようで短かった……。そんな感じがします」


「この先どうなるかは分からないけど、僕は現時点ですでに大地さんに付いてきて良かったって思ってるッス」


「ふん、調子のいいこと言いやがって」


 明くる朝になってすでに村の門を出ていた俺たちは、農作業に取り掛かっている農民の視線を感じながらも、西にある農地の外れに佇んでいる。


 沙織の言うように、数か月は滞在していた『ノスピネル王国』だったが、過ぎ去ってしまえばあっという間だったという感覚だ。


 今日は雲も少なく、朝日が俺達を照らしている。

 俺たちが目指す西の方角には、どこまでも続くかのような平原が広がっていた。


「さ、いくか!」


「はいッス!」 「そうね!」 「いざ、参りましょう」


 こうして俺たちは魔族の領域へ向けて、意気揚々と歩き出すのだった。



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