第92話 素の大地


「帝国に? 間に魔族国が幾つあるか知っているの?」


「ルートにもよるが、最低三つは通過する事になるだろう」


 まあぶっちゃけ、その辺はいまいち俺にもよく分からねーんだけどな。

 遠く離れた場所だろうが山の向こう側だろうが、どういう原理かは知らんが俺は視る・・事が出来る。


 だけど、どこからどこまでが一つの魔族国の区切りなのかまでは、流石に地形を見ただけだと区別がつかん。


「無事にたどり着ける可能性は低いわよ」


「ハッ、アンタもすっかりこの国に毒されてるようだな。普通の人ならともかく、魔甲騎士が四人もいればそこまで難しいもんでもないさ」


「日向、速人! おい! いい加減に……日向、速人!」


「……速人、命令解除」


「ハァッハァ……。クッ、しょうもねえ事させやがって……。これも全部テメーらのせいだ!」


 おおう、すげー責任転嫁だな。

 明らかにやらせたのは水原なのに、そんだけ水原には頭上がらないのか?

 ホント、こいつは粋がってるだけのただのガキって訳だな。


「西の帝国に向かうだあ? 寝ぼけた事言ってんじゃねえ! テメーらの逃走劇はここで終わりなんだよおおお! 『着装』」


「速人!」


「止めんじゃねえぞ? こいつらはもう何を言っても止まらねえ。ならこうするしかねえっだろうがぁ!」


 結局最後は暴れて喚き散らす、か。

 まあ丁度いい。

 根本辺りが不安に思ってるようだし、ここで少し俺の力のデモンストレーションをするとしようか。



「僕らもここは着装をした方がいいんじゃないッスか?」


「大地さん。私でしたら、着装しなくてもそれなりに戦えるかと思います」


「あたしも大地のお陰で魔力マギアが高まってきてるから、生身でも行けるわ!」


 樹里がやる気なのは相手が日向だからなのか、それとも魔甲機装相手なせいなのか。

 魔甲機装が相手だと、よほどの攻撃をしない限り中は安全だからな。

 うっかり人を殺す確率も低くなる。

 とはいえ、今回は俺に活躍の場を譲ってもらおう。


「いや、ここは俺がやる。お前達……とくに根本に俺の力の一端を見せてやろう」


 そう言いながら俺は前へと踏み出る。



「芦屋、私達も着装よ。速人がやりすぎた時は止めに入るように」


「了解」


 こうして俺の目の前には日向のヘイガーガムシャー、芦屋のティーガーボーシュ、そして水原のオツァーガリュースイの三体の魔甲機装が立ち並ぶ。


 しかしすでに速人は「武装」まで発動しており、手には剣を持っている。

 そして芦屋、水原両名が止めに入る間もなく、その生身の人間が持つには巨大すぎる剣を振り下ろす。


「死にさらせぇぇぇぃ!」


「っ!? 速人ッ!」


 剣だけでも人の身長より大きいというのに、それを目にもとまらぬ速さで振り下ろす日向。

 だがそんな攻撃は俺には通用せん。


 俺が右手・・で日向の振り下ろした剣を受け止めると、ガギィィィンッ! という耳障りな音が響き渡る。

 我ながら、生身で剣の攻撃を受け止めたとは思えないような音だな。

 ちなみに、痛みは全くない。


「な……に……?」


 にしても日向の奴、それなりにこの世界で戦ってきたせいか、あるいは奴の性格のせいか。躊躇なくまっすぐ俺に向かって剣を振り下ろしやがったな。

 それも攻撃はズレる事なく俺をしっかりと捉えていた。

 三人のエースパイロットの一人だけあって、腕前も大したもんだ。


「ちょっと……アレどーゆー事よ!?」


「え、いや……超能力でも使ってるん……ッスかね?」


 いや、まだそういった特殊能力は何も使ってないぞ根本よ。

 素のボディだけでもこん位の事が出来るんだなあ、これが。


「クソッがああ!」


 続けて何度か日向が剣を振り下ろしてくるが、俺の柔肌を傷付ける事すらできていない。

 若干、手がジンジンとしているくらいだ。


「ホアチャーッ!」


 そして何度目かの剣の振り下ろしに合わせ、横から思いっきり日向の剣を殴りつけてやる。

 すると陶器の壺が割れるかのように、パリパリと罅が入っていって、日向の剣が粉々に砕け散っていく。


「――ッッ!? なんっなんっだ、テメェはああぁぁぁぁ!!」


 激昂している日向など気にせず、俺はダッシュで奴の足元まで近づいていき、軽く飛び上がって左膝部分に回し蹴りを放つ。

 するとメキメキっという音と共に、奴の魔甲機装の左膝部分が半分以上破壊される。


「ウアッ! な、何が!?」


 左足が大きく損傷した事で、日向がバランスを崩して俺の方に向かって倒れてくる。

 そこを俺は奴の胴体部目掛け、拳で殴り飛ばす。


 重量だけでも相当な重さがあるはずの魔甲機装だが、俺が殴り飛ばすと数メートルくらいの高さにまで打ちあがり、そのまま二十メートル以上の距離を吹っ飛んでいく。



「おー、すげー吹っ飛ぶなあ」


 手加減する為に敢えて生身だけでやってみたが、魔甲機装程度なら問題なさそうだ。


「…………どういう、事?」


 今は水原も着装状態なので顔色までは分からないが、その声には明らかに動揺が見られる。


「見ての通り。俺は魔甲機装なんかなくても十分強い。というか、魔甲機装を着装すると逆に全力が出せん。どうだ? これでも帝国に辿り着くのは無理だと思うか?」


 茫然と尋ねてくる水原に逆に問い返す。

 他の連中は呆気に取られているのか、黙ったままだ。


「それは……分からないわね。この先がどうなってるか、私も詳しくはないもの……」


 少し離れた場所では、吹き飛ばされた日向の魔甲機装が転がっている。

 あれっきり動きはないが、生体反応はあるので死んではいないハズだ。

 ただあの状態で「脱装」したら、すぐに「着装」するのは無理かもしれないな。


「それもそうか。ま、でも俺はきちんと目算があって動いている。……ところで話をするなら魔甲機装は解除して欲しいんだが?」


「……そうね。芦屋も大人しく従いなさい」


「わかりました……」


 俺の求めに応じて二人は魔甲機装を解除していく。

 すると芦屋が俺の事を怪物を見るような目で見ている事に気づく。

 これまで見せていた、気怠そうな表情はそこにはない。



「これで立場は逆転した訳だ。まあ、最初から力関係は変わってないんだが」


 俺が少し圧を強めて言うと、芦屋の体が微かに震え始める。


「そのようですね。それでどうするつもりなの?」


「どうって……言っただろ。俺たちはこのまま西の魔族領を超えて帝国へ向かう」


「……私達はどうするつもりですか?」


「アンタはこの国に対して色々思う事もあるんだろうが、俺はそこまで特別な思いはない。だが一緒に来た日本人の奴らもいるし、ここでアンタらを殺すつもりもない」


 俺がそう言うと、芦屋があからさまにホッとした様子を見せる。


「そう……。なら速人の状態を確認したいんだけど」


「ああ。まだ死んではいないはずだから、俺が連れてこよう」


 俺は一足で日向の下まで向かうと、周りの装甲などを素手で強引に抉じ開けながら、中にいる日向を引っ張り出す。

 すると魔甲機装はすぐさま魔甲玉へと変化したので、ついでにそれも拾っていく。


「ほれ、手加減したから死んではいないぞ」


「それは助かります」


 地面に転がした日向は意識を失ったままだが、微かな呼吸音は聞こえてくる。


「手加減……」


 根本がボソッと呟くように言う。

 今はもう戦闘の可能性もないだろうから、少し離れた場所に退避していた根本らも近くに待機している。


「それで大地さん。このまま当初の目的地の村まで向かうのですか?」


「その前にやっておく事がある」


 俺は問いかけてきた沙織に答えた。

 すでにここに運んでくる途中に日向には処置を施したんだが、まだ処置をするべき相手が残っているんでな。


 俺の視線の先には、とりあえず命の危険がないと知って喜んでいる芦屋がいる。

 そんな芦屋の方へと歩き出すと、再び奴の表情が変化していくのだった。



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