第91話 日向、速人!
「ちょっと大地! どーすんのよ……」
「まー、ここまで来たらもう魔甲機装を解禁してもいいような気はするが……」
このままずっと国内を逃げ続けるのならまだしも、俺たちの目的地は魔族国を超えた先にある西の帝国だ。
こいつらさえどうにか出来れば、追手も途中であきらめざるを得ないだろう。
「おいおい、お前らに選択の余地なんざねえぜぇ? 俺一人でも十分な位だが、ここには俺達三人が揃ってるんだからなあ」
「速人の言う通りだ。確かにそこの女は日本人でありながら魔法を使い、もう一人の女もオツァーガリュースイを扱うようだが、残りの二人は戦力にはならない。もう一度言うが、大人しく投降することだ」
「私の権限も実質たいしたものではないけど、出来るだけあなた達への罰を控えるように上に掛け合うわ。だから――」
「水原マリナ。アンタだけは他の二人とは違うようだが、生憎とそんな言葉は信用できん」
俺が名指しで呼びかけると、少し水原の顔色が変わる。
俺たちとは初対面だから、名前を知られているのが意外に思ったのかもしれない。
「何故なの? あなた達は好待遇でもってこれまで扱われてきた筈。……少し前の実戦訓練で大分参っている人がいるのは聞いていたけど、それが理由なのかしら?」
「好待遇ねえ。まあその点に関しては、俺らはアンタに感謝すべきなんだろうけどな」
「どういう……意味かしら?」
「わざわざ説明するまでもないだろ? 当初劣悪だった異世界人の扱いが劇的に変わったのは、アンタが活躍したからだ」
「っ!?」
「だが、この国の上層部は基本的には変わっちゃいない。まあ国がヤバイ状況だってんだから、それも当然だろうがな」
「テメェ……、どこまで知ってやがる?」
水原との会話を黙って聞いていた日向が、苛立たしそうに尋ねてくる。
奴のこれまでの言動からして、こんな話なんてさっさと打ち切って攻撃を仕掛けてくるかと思っただけに、その反応は少し意外だ。
「おおよその事は。四年前に呼ばれた
俺のこの言葉に日向は不機嫌そうなまま口を閉ざし、芦屋は相変わらず何を考えてるか分からないような無気力な表情を浮かべていた。
そして水原はハッとしたような顔をした後、訝し気に俺を見つめる。
俺らには本来知らされていないハズの情報を匂わせた事で、軽く警戒心を抱かせてしまったようだ。
「お前が最初に俺らの前に現れた時、教官らの命令にすんなり従ったのも服従の呪いのせいだろう?」
「……チッ」
俺の指摘に日向は苛立たし気に舌打ちを打つ。
「水原マリナ。アンタは上層部の連中に掛け合うといったが、そんな言葉に意味はない。
「……そう。そこまで知っているのね」
俺が意見を述べていくと、水原はまるで秘密を知られてしまった諜報員のようなセリフを吐く。
しかし、彼女は「そこまで知られてしまったなら仕方ない。死んでもらおう」と言いだす雰囲気ではなかった。
そうではなく、そこまで知っていながらどうして俺達がこのような行動をしでかしたのかを、知りたいだけのように見える。
そこには哀れみのような感情すら窺えた。
……まあ、俺の目的は唯々この異世界を見て回りたいだけなんだがな。
特にこの国に対して思う事や、特別な理由なんてのはない。
「でもそれなら理解している筈よ。貴方達に逃げ場はないの、
そう言って水原が取り出したのは、T字型をした金属製の物体だった。
見た感じ十字架の上の部分を取っ払ったかのような、何の変哲もないアクセサリーのようにも見える。
「ああ、それか……。てかアンタにも渡されているんだな」
「……これが何なのかも理解しているのね。それなら、これを使う前にもう一度言っておくわ。抵抗せずに大人しく捕まってちょうだい」
「大地さん、あれって何なんッスか?」
水原との会話に根本が割り込んでくる。
「あれは魔操鍵とかいう奴だ。魔法的に隷属状態にある相手に、命令を下す事が出来る魔導具だな」
「なるほど……。あれで上の奴らは僕らを縛ってるんッスね」
魔操鍵については、火神らにも説明はしてある。
使用するには実際にあの魔導具に触れていないと効果が出ないので、いざとなれば相手が魔操鍵に触れる前に奪ってしまうなりすれば、行動を阻害される事はない。
この魔操鍵は、王国上層部の連中はそれなりの割合で所持している。
しかも魔力を元に個人の情報を登録する事で、他人の魔操鍵が使用できないようなセキュリティー処理もされている。
「さあ、どうするの?」
ここに至っても高圧的にならない水原の態度を見る限り、こうしてる事は彼女の本意ではないんだろう。
「アンタには従わない」
そんな感じの水原が相手なので、俺もドヤ顔で「いいぜ、やってみなぁ?」と煽る事もせず、簡潔にこちらの意思を示す。
「……仕方ないわね。そこの四人、今すぐ地面に横になりなさい」
水原が魔操鍵を片手に俺たちに"命令"を発する。
しかし、俺たち四人は誰一人指示に従う事なく佇立している。
「……どういう事? もう一度言うわ。貴方達、地面に横になりなさい!」
再度俺らに命令するも、すでに呪いは解除済なので誰も反応する事はない。
この国はもうすぐ脱出する予定だが、訳の分からん呪いがついているって状態は気分がよくない。
水原の行動によって、改めて自分達の呪いが解除された事を根本らも理解した事だろう。
「おかしいわね、壊れたのかしら?」
思っていた通りに事が運ばず、水原は魔操鍵を軽く叩いている。
だが次の瞬間に他の奴で試してみる事を思いついたようだ。
「速人、命令です。今すぐ地面に横になりなさい」
水原がテストの為、日向に対し命令を発すると今度は命令通りに即座に日向の奴が地面に横になる。
「おい、ババア! 突然何しやがるッ!!」
「…………。速人に再度命令します。スクワットをしながら自分の名前を連呼しなさい」
「なっ!? ……日向、速人! お、おい……日向、速人! ちょっと、だからやめ……日向、速人! ここまでダッシュして疲れ……日向、速人――――」
「あははははは、何アレ!? ちょっとお、笑わせないでよ!」
「うーわ、実際命令されてる様子を見るとえぐいッスね」
「……今のは自業自得かと」
ううむ、沙織の言う通りだが何故か水原に対して妙なシンパシーを感じてしまった。
水原とは感性が少し似ているのかもしれない。
「見ての通り、そいつは壊れていない。俺らが特殊……というより、普通の状態に戻っただけだ」
「そんな……事が……」
近くでは日向が名前を連呼して自己主張しているというのに、その事が頭に入っていないかのようにショックを受けている様子の水原。
「それにな。俺たちは国内を逃げ回るつもりなんかない。このまま西に向かって帝国に向かうつもりなんだよ」
俺はそんな水原に対し、この国から脱出するつもりであると告げた。
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