第90話 追手


 俺たちが城塞都市シェイラを出てから……いや、正確には街中にいた時から、何者かに後をつけられているのを俺は察知していた。

 なので、街を出て夜になれば何か仕掛けてくるのかと思ったんだが、結局昨夜は何も仕掛けてくる事はなかった。

 後を付けてきているのは二人の男で、どちらも見覚えはない。


「なんだかねえ……」


 警戒を緩める事なく、俺は尾行者を気にしながらペルストイの町を目指す。

 そしてあっさりと町まで到着し、一晩だけ宿を取ってシェイラ同様に買い物を済ましていく。


 なんせこの先には小さな村しかないので、金を持っていても仕方ない。

 直接交流のない帝国と王国では、使用している貨幣も異なる……はずだ。

 まあ金だの宝石だのといった価値はそう変わらんだろうから、すでにある程度そういったものには替えてあるけどな。


 それに、この世界の貨幣は貨幣そのものにも価値がある。

 使い切れなくても、銅貨や銀貨にはそれぞれ銅や銀が含まれている訳で、最低でも金属分の価値はあるのだ。



「次はどこに向かうんですっけ?」


 買い物も終わり、宿の部屋に戻ってくると根本が尋ねてきた。


「次はインナビ村で、その次がムガナビ村。その後が終点のボース村だ」


「まだもう少しある感じッスね」


「だが距離としては村の間隔はそう離れていないから、ボース村までは十日もあれば着くと思うぞ」


「十日……。その後はいよいよ魔族領……ッスね」


 根本は未だに魔族領に向かうという事に、不安を覚えているようだ。

 だが魔族といっても色々ある。


「あのなあ。魔族といっても西の先にあるのはゴブリンの国だ。そう心配する必要はないぞ」


「確かにゴブリン単体ならいいッスけど、周囲が敵だらけって状況は怖いッス」


「そこは俺がいるから問題ない」


「でも周りを囲まれたりしたらどうするんッスか?」


「薙ぎ払う」


「薙ぎ払うってどういう……」


「とにかく心配はいらん。それより夕飯食いにいくぞ」


 俺はまだ納得していない様子の根本を連れ出して、食堂へと向かう。

 これはあれだな。

 実際に魔族の領域に入ったらデモンストレーションしてやった方が良さそうだ。


 ノスピネル王国では力を隠して異世界転移者気分を味わっていたが、次は俺TUEEEEというのも悪くない。

 魔族領では大いに暴れまわってやろう。

 クックック……。


「ちょ、大地さん。突然悪人みたいな声で笑ってどうしたんッスか!?」


「ぬ…………、気にするな」


「いーーや、めっちゃ気になるッスよ!!」


 俺は喧しく叫び続ける根本を無視して食堂へと向かう。

 なお、夕食はいまいちだった。

 やはり当たりの店ってのはそうないもんだなあ。

 鼻孔をくすぐる香りは美味そうだったのに、残念。





 そして次の日。


 俺たちが次の目的地であるインナビ村へと移動を開始すると、再び俺達を尾行する連中がいる事に気づく。


「……なるほど」


 尾行者は先日までの二名の男ではなく、顔触れが一新した上で人数も一人増えている。

 そして、その三名の内の二名は見覚えのある顔だった。


「大地さん……」


 沙織もその尾行者には気づいているようだ。

 ペルストイの町に向かっている時とは違って、インナビ村への街道を行き来する人は少ない。

 こんなさびれた道で着かず離れずの距離で着いてこられたら、そりゃあ気づくってもんか。


「何が『なるほど』なの?」


「二人とも、何かあったんッスか?」


 まあ、この二人は気づいていないようだが。

 今二人に知らせて辺に緊張させるのもアレだし、とりあえずこのまま進むとしよう。




「さて、俺たちに用のあるお客さんがそろそろお見えだ」


 現在地はインナビ村へと移動を開始して二時間ほどが経過した辺りだ。

 すでに周囲には人の姿もなく、町からもそれなりに離れている。

 相手側もそろそろ頃合と見たのか、これまで一定の距離を取っていた距離を縮めてきていた。


「っ! まさか、追手ッスか!?」


「ご名答」


「じゃあ早く逃げないと!」


 樹里が慌ててそう言うが、追手が奴ら・・という時点ですでに、「ここで逃げ出してもなあ……」という状況になっている。

 その気になれば逃げ切る事も出来るだろうけど、そんな慌ただしく移動するよりはきちっと方を付けた方がいいだろう。


「いいや、どうせだからここで待ち受けよう」


「……やるんッスか?」


「はっはっは。根本も大分異世界に染まってきたみたいだな」


「すでに一歩どころか五歩位は踏み出しちゃってますからね」


 やはりこういったもんも慣れなんだろうか。

 それでも樹里はいつまで経っても適応しそうな気はしないし、無理にそうなって欲しくもない。


 追手を待つ事にした俺達は、その場で背後を振り返り様子を見ている。

 すでに遠くに相手の姿を確認出来ており、それは相手からしても同じだろう。

 今のところ俺達は立ち止まったままだが、逃げられてはマズイと思ったのか途中から走る速度を上げて近づいてくる。



「あっ! アイツって……」


 まだ少し距離はあるが、追手のうちの一人の顔を見て思わず声を上げる樹里。

 追手は三人いて、男が二人で女が一人いる。

 その内の男二人は樹里や沙織も見知った人物だ。


「はぁぁぁっ、はぁぁぁぁっっ。ようやく、追いついたぜぇ」


 二人の男の内、まだ若い黒髪の男が俺たちに声を掛けてくる。

 ここまで走ってきたせいで息が乱れているが、その顔には喜びの感情が反映されている。

 それも悪意の混じった喜びの感情だ。


「アンタッ……」


「いよおおう、覚えているかあ!? あの時はよくも俺に恥をかかせてくれたなあ、おい!」


 男の注目は樹里に集中している。

 途中でバトンタッチしていたから、火神にヘイトが移ったかとも思っていたが、樹里の事もしっかり覚えていたらしい。

 まったくもってねちっこい性格の男だ。


 愉悦混じりの笑みを浮かべながらも、同時に切れ散らかしているという器用な真似をしている男の名は、日向速人。

 そしてもう一人の男、芦屋幸房は、


「ふぅぅ……。お前達は、王国から指名手配を受けている。大人しく投降し、お縄につくように」


 と、相変わらず覇気のない声で淡々と告げてくる。


「大人しく捕縛されるのなら、手荒な真似はしないわ」


 最後に残った女性が気遣わしげに声を掛けてくる。

 俺たちは直接の面識はなかったが、この二人と一緒にいるという事は、この女性が水原マリナという事だろう。


 俺たちより以前にこの世界に召喚され、そして魔甲騎士として大きな活躍をなし、英雄と呼ばれている三人の日本人。


 その三人がどうやら追手として、俺たちに差し向けられていたようだった。



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