第89話 野営
俺たちは必要なものを買い足し、見た目的にも怪しまれないような旅装に整え、城塞都市シェイラを後にした。
次の目的地はペルストイという町で、このまま街道を歩いて四日ほどで到着する予定だ。
町と街を繋ぐ街道であり、距離もそこまで離れていないせいか、ガリガンチュア街道に比べると人通りが多い。
初日だけでも十組以上の人達とすれ違っている。
そしてそれよりは少ないが、何組かが俺達の後ろから俺達を抜き去っていく。
今回は基本歩きだからな。
今ならあの二人も少しは走れそうだけど、今はゆったりと移動中だ。
抜き去っていく連中の中には、時折馬ではなく魔物だか魔獣だかを用いてる奴がいる。
そういった連中はそれなりに早い速度で移動しているんだが、肝心の車の方がお粗末な作りなので、余り速度は出せないみたいだ。
「今日はここで休むの?」
夜になり、道もすっかり暗くなってきたので、俺は道を外れて脇の休憩スペースに移動する。
人通りが多い街道のせいか、このような下草が払われている休憩スペースというのが、移動中ちらほら見受けられる。
「ああ、嫌虫石を設置しといてくれ。俺は飯を用意する」
嫌虫石というのは魔石に直接錬金術を施したもので、小さな虫などの生物を追い払う効果がある。
大抵は最低ランクの魔石が使用されているので、値段もそこまでかからないし効果時間もそれなりに長い。
快適な旅には必需品といえよう。
「おっけー!」
樹里は軽快に頷くと、軽く地面を掘ってそこに嫌虫石を設置していく。
一つでは四人全員が範囲内に収まらないので、樹里は四つほど置いているようだ。
俺はアイテムボックスから、まだ温かいままのシチューとパン。それから干し肉を取り出す。
この干し肉はそこいらで売られているもんではなく、俺の自家製の干し肉だ。
そのまま食べたら明らかに健康に悪いだろう塩辛い干し肉ではなく、適度な塩味と香辛料で味付けされた干し肉だ。
使われている肉は違うが、ビーフジャーキーのようなものを目指して作ってみた。これがなかなか出来が良くて気に入っている。
俺が食事を用意している間に、根本と沙織も寝る場所の確保や焚火の準備などを始めている。
まだまだ手慣れたとは言えないが、少しは様になってきているな。
「あー、この干し肉おいしーんだよね!」
俺が食事の用意をしていると、嫌虫石の設置を終えた樹里が早速やってくる。
一応今晩のメインはパンとシチューなんだが、樹里は真っ先に干し肉へと齧りついた。
「俺特製の干し肉だからな。ちゃんと味わって食えよ」
「はひゃってるはよ……」
口いっぱいに干し肉を放り込んでムシャムシャとしている樹里。
……まあ、美味そうに食ってるのはいいんだが、もう少しなんとかならんもんかね。
「こちらの仕度は終りました。私も夕食を頂きますね」
そう言って自分の背負い袋から食器類を取り出す沙織。
各自が偽装の為に背負い袋などを持つようになったが、一応中にはこうしたちょっとしたものも入っている。
私的なものをいちいち俺のアイテムボックスから出すのも面倒だしな。
「じゃあ、今日はもう寝るぞ。今夜は沙織からだったな」
「はい、みなさんお休みなさいませ」
食事が終わり、就寝時間となった。
夜は交代で見張り当番をする事になっていて、今日は沙織が最初の番だ。
交代のタイミングに関しては、俺が王城の宝物庫からぱく……拝借してきた時計を使用している。
この時計は、魔甲機装を生み出した文明の手によって生み出されたものだ。
自動的に周囲の魔力を収集して、壊れない限りは永遠に動き続ける。
更には収集した魔力を溜めておく機構もあるので、周囲に魔力が一切ないような場所でもしばらく動かし続ける事が可能だ。
その日の最後の当番は俺であり、結局その日も特に野盗の襲撃などに会う事もなく、無事に夜を明かす事が出来た。
最初の内は慣れない野外での夜に、余り眠れていない様子の根本と樹里だったが、今では大分マシになってきているようだ。
「ほれ、起きろ」
「ふはああん、もうちょっと……」
翌朝、俺は三人を順に起こしていたのだが、すっかり野宿に慣れた樹里は熟睡こいてあそばせる。
「……」
俺は試しに樹里の鼻をつまんでみる。
「んんんーー……。うにゃむにゃ……」
「……」
次に俺はもう片方の手で口元を押さえてみる。
「…………っっ!?」
すると一度動きが止まったと思った樹里が、急に暴れだす。
「ちょ! 何すんのよッッ!」
おおう、流石にここまでやると人は目覚めるようだ。
「よう、おはよう」
「え、あ、おはよ…………じゃなくて! あんた今あたしの鼻つまんでなかった?」
「いや、正確には鼻をつまんで口を押えていた」
「もっと最悪じゃない!」
朝から元気だなあ。
この元気があれば、起きようと思えばすぐ起きれたんじゃないか?
元気があれば、何でも出来る!
「いやさ、人が寝てる時に鼻と口を押えたらどう反応するのか気になってさ」
「そんな『ちょっとこれ気になるから試してみた』風にゆってるけど、やってる事がシャレんなんないわよ!」
「大丈夫。樹里の体内にあるナノマシンは、いざとなったら酸素を生成してくれるから、そうそう窒息したりはしないよ」
「えっ……。ナノマシンってそんな事もできんの?」
「まあその分エネルギーを余計に消費するけどな」
ナノマシンの動力源は色々あるが、樹里なら魔力も多いしそれでかなり補えそうだ。
ただ沙織のナノマシンはそこまでの性能はないので、恐らく長時間の水中活動は無理だろう。
「へー、すごいのね」
「それって僕も同じこと出来るんッスよね?」
話を聞いていた根本が興味津々といった感じで聞いてくる。
「ああ、根本でも可能だぞ。沙織はナノマシンの種類が違うので、ちょっと難しいだろうけど」
「あ、でもその話は少しだけ聞いたことがあります。実際に試してはいませんが、一時間くらいでしたら私でも水中で活動が可能なそうです」
「ほおう、そんだけ時間があれば、水中を移動し続けるのでもない限り窒息の心配もないな」
「ナノマシンなんてSF小説でしか見た事なかったけど、ほんと凄いんッスね」
俺のナノマシンは特にあの火星人の生み出したもんだからな。
SF小説に出てくるような超技術は、大抵実現してる感じの連中だ。
俺たちはそれから朝食を取り、ペルストイへと向けて再び歩き出す。
これまで現代日本人には少しきつめな旅を続けているが、今のところ疲れが溜まっている様子もないようなのが何よりだ。
「……結局仕掛けてこなかったか」
「ん? 大地、何か言った?」
「いーや、なんでも」
っと、また声が漏れてたみたいだ。
俺は気になる気配を背後に感じつつ、樹里にそう答えるのだった。
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