第88話 買い物


「ほら、これが新しい身分証だ」


 俺は三人にそれぞれ身分証を渡していく。

 元々持っていた身分証を見せたら、こちらの居場所を知らせるようなもんだからな。


「へー。わざわざこんなのも用意してたのね」


「見た目はほとんど変わりませんね」


「なんか適当にそれっぽいのを作れば偽造もいけそうッス」


 俺が渡した身分証を手に、それぞれ感想を述べる三人。


「一般民が所持してる奴はそこまで凝ってないからな。そこら辺、現代日本と比べたら大分ユルユルだ」


 俺たちに配布された身分証なんかは、軍属であり尚且つ魔甲騎士でもあったので、特殊な細工がされているものだった。

 別に街に入るだけなら一般民のでも問題はないので、今回はそうしている。



 魔法談義をしている内に、順番がすぐそこまで迫っていた俺達は、なんら問題なく街の中に入る事が出来た。

 勿論人攫いから奪った二頭の馬も一緒だ。


「それで、これからどうなさるんですか?」


「まずは宿を……と言いたい所だが、この二頭の馬を先に売り払おう」


「えー、タロウとジロウ売っちゃうのーー!?」


「ああ。まだしばらくは王国内を移動するけど、今の俺らにそこまで必要でもないしな」


「うぅぅっ……。タロウ、ジロウ……、あんた達の事は忘れないからね!」


 どうやら樹里は、この十日余りですっかり馬に愛着を持ってしまったようだ。

 名前まで付けて、馬のケアにも気遣っていたからなあ。

 ……まあ、この二頭の馬は両方雌なんだけど。

 玉がついてない事にたまたま気付かなかったのかな?



 馬を売りさばくといっても、初めてくる街では勝手も分からないので、人に尋ねながら街を探索していく。

 王都で暮らしていたとはいえ、まだこちらの世界に慣れているとは言えないので、ちょっとした街の風景でも観光気分が味わえる。


 一時間程街をウロウロした結果、馬を捌く事が出来たので、次は俺らの泊まる宿へと向かう。

 こちらも馬屋を捜しつつ一緒に聞き取り調査はしていたので、すでに候補は絞ってある。


 『大空亭』というその宿は、若干高級宿よりのようで宿泊費は高めだが、料理は美味いと評判らしい。

 金に関しては、王宮から支給されていた給料もあったのだが、それとは別に王都で俺がこっそり稼いでいた金があるので、このクラスの宿なら支払いに困る事もない。




「……やっぱりここでも藁ベッドなんッスね」


 根本が残念そうにベッドを確認している。

 ちなみに今は二人部屋を二つ取って、男女で分かれて部屋に入った所だ。


 王都で暮らしていた時も、寝具は基本木組みの寝台に藁を乗せたものだった。

 ブランケットを藁の上に敷くなど、他の奴は色々工夫はしていたようだが、この宿では一応藁の上にシーツが敷かれてあるので、大分マシな方だろう。


「俺はふかふかすぎる布団よりは、固めの方がいいけどな」


「でも藁ベッドはちょっと固すぎですよ」


「でもこっちに来て大分慣れたんじゃないか?」


「うーん、それでもやっぱ日本のベッドが恋しいッス」


「こっちでも綿や羽毛が使われた寝具はあるけど、貴族や金持ちの商人が使うようなもんだぞ」


 と根本に言いつつも、俺は実を言うと自分用の綿布団を王都にいる時から使用していた。

 だが旅の途中の野原で使用するもんでもないので、王都を出てからは一度も使用していない。


「はぁ……。ここの食事は美味しいと評判みたいだし、せめてそっちで楽しむ事にしますよ」


「そうか。じゃあ俺は今夜はこの布団で寝るとしよう」


 アイテムボックスから布団とブランケットを取り出して、自分のベッドにセッティングしていく。


「ちょっ、な、それ、何なんッスか!?」


「オー、ディス、イズ、フトン。オーケー?」


「『オーケー?』じゃないですよ! ちゃんとした布団持ってたんッスね?」


 興奮してる時でもしっかりツッコミを入れてくる根本。

 やっぱそれって大事な事だよな。


「持っていないとは言っていない」


「他にはないんですか?」


「んなもんある訳ないだろ。これは俺が王都で暮らしてた時に使ってたマイ布団だ」


「あっちで暮らしてた時からそんなの使ってたんッスか? 僕はブランケットを多めに敷いて使ってましたよ」


 俺みたいな綿布団まで買ってる奴はいなかったけど、寝具関係は結構各自で拘っていたみたいだな。

 この辺りの事、こっちの一般民はそこまで拘ったりはしないみたいだけど、俺らとしては結構大事な問題だ。


「それってこの街でも買えますかね?」


 今は部屋をチェックしてるだけで、この後すぐに四人で街に買い物に行く予定になっている。

 どうやら根本の買い物リストに新たに一つ加わったみたいだが、


「布団を買っても、旅の途中だと使えないと思うぞ。汚れを気にしないなら使えない事もないが」


 と、注意をしてやる。

 実際に俺もこの十日間で使ってなかった訳だしな。


「ぬぬぬ……」


「それよりも早く部屋を出るぞ。二人が待ってるかもしれん」


 唸る根本に声を掛け、部屋を出ると根本もすぐその後に続いて部屋を出てくる。


「あ、出て来たわね! それじゃあ買い物に行くわよ!」


 すでに廊下で待ち構えていた樹里が、俺たちの姿を認めて声を掛けてくる。


「買い揃えたいものはちゃんとリストアップしておいたか?」


「もっちろんよ!」


 俺は部屋の扉を空間魔法で固定しつつ、樹里に声を掛ける。

 元の世界でも海外のホテルなどでは、室内の金庫に保管しておいても従業員が中身を盗むなんてよくある事だと聞く。

 さっき勢いで綿布団なんかも出しちゃったので、念のため出入り出来ないように封鎖しておいた。



 それから俺達四人は必要なものなどを買い揃えていく。

 俺も色々な事を想定して、色々なものを王都で揃えていたつもりではあったが、やはり実際に旅に出ると欲しいものが浮かび上がってくるものだ。


 例えば俺達は、アイテムボックスがあるから身一つで移動していた訳なんだが、これがまた通りすがる人からは奇異な目に映っていた。


 街道を移動するというのに、そのような軽装で移動してるのは確かにおかしいわな。

 そこで、とりあえず見た目をごまかす為の背負い袋など、あれやこれやを買い求めた。

 中身はほとんど空だったりするけど、これを背負ってればとりあえず旅人っぽくは見える。


 他にも、男の俺では思い浮かばなかったような品なども買い揃えていき、一通り満足するまで買い物が済んだ俺達は、宿へと戻って自慢の料理というのを堪能した。

 確かに、この世界基準だと美味しい部類だとは思うのだが、現代日本での食事と比べるとそこまで絶賛する程ではなかった。


 それでも十分に満足の行く料理ではあったので、なんだかんだで三人とも喜んでいたようだ。





 そして次の日。


 着いて早々だが、俺たちはシェイラの街を出立する事になった。

 この街での一番の目的は買い物であり、それはすでに昨日済ませている。


「慌ただしいわねえ」


「仕方ないだろ。俺たちは脱出中なんだからな」


 次の目的地は、このシェイラの街から南西に向かった先にあるペルストイという町だ。

 シェイラよりは断然規模は小さいが、町とつくだけあってそれなりの規模の人が暮らしているらしい。


 そこでも、何か気になるものがあったら仕入れていく予定だ。

 なんせ、その先は村ばかりが続いている。

 この国を脱出する俺達としては、お金を使う場所としてはペルストイがほぼ最後となるだろう。

 小さな村では大した商店もないだろうからな。


「ま、いーわ。じゃ、行きましょ!」


 樹里の元気な声と共に、俺たちは次の目的地へと向かって歩き出していった。



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