第87話 異世界の魔法


 馬での移動を開始してから十日が経過した。


 この十日間で根本の方のナノマシンも機能し始めたようで、段階的に身体能力が強化されている。

 これは樹里も同様で、最初の頃はジョギングしているだけでヒイヒイ言っていたのだが、今ではほとんど疲れを見せずに最後まで走り切る事が出来ている。


 人攫いの件も、もう表には出さないくらいには明るく振舞っているが、実際にどう思っているかまでは不明だ。


 ナノマシンについては、特殊能力の調整として根本には超能力を、樹里には魔力を主に伸ばすよう、調整したプログラムを送ってある。

 これは俺の体で得たデータを参考して作られており、科学的に超能力や魔力といったものを扱っていた火星人の技術や知識も用いられている。


 その結果、樹里はすぐに魔力アップの効果を実感する事が出来たようだが、根本の超能力の方はそこまで影響が出ていないようだ。

 まあ元々そこまで強い超能力を持っていた訳ではないからな。






「あ、大地! 遠くに見えてきたあの街がシェイラってとこ?」


「そーだ。ノスピネル王国、北西部の要ともなる城塞都市だな」


 シェイラより先にも小さな町や村などは点在しているが、もし魔族の大規模侵攻などがあった際には、それらの住人はこの街まで避難してくる事になるだろう。


 俺たちは街の感想などを述べながら、先へと進む。

 すでに街の外観が見えてはいたが、俺たちが実際に街に到着したのはそれから五時間後もかかってしまった。


 この辺りには視界を遮るような森などがなく、しばらく平地が続いていた事から、遠くまで見通せたのだろう。

 勿論、街が大きいというのも理由のひとつだ。



「うわー、たっかいわねえ」


 城門の前に並んでいる俺達は、馬から降りてゆっくりと進む列に並んでいる。

 馬で移動してから五日ほどすると、段々と人を見かける機会が増えてきて、シェイラ周辺まで近づくとさらにその数は増えていった。


 あれからは、野盗に襲われる事などもなくここまで来れた。

 五日目辺りから人が増えだしたので、恐らくはその前辺りまでの間が、野盗などにとってやりやすい区間なのかもしれない。


「二十メートル以上はあるな。どうだ、根本。フライングしてみるか?」


「嫌ッスよ! なんで大地さんは僕をすぐ飛ばそうとするんッスか!?」


「いや……、生身で空を飛ぶって人類の夢のひとつだろ?」


「そういった夢は大地さんおひとりで見てください!」


 ううむ、これはいつかまた飛ばしてやりたいなあ。

 俺も昔は高いところが得意ではなかったけど、空を飛べるようになってからは、すっかりそんな事もなくなったしな。

 あの空を飛ぶ解放感を、根本もぜひ味わってもらいたい。


「あたしは魔法で飛べるようになりたいわね!」


「空飛ぶ魔法は樹里の世界にはなかったのか?」


「うーん、あるにはあったけど、ほんの一部の人しか使えなかったわね。それも燃費が悪いらしくて、あれならまだ車とかで移動したほーがマシって感じ」


「へぇ……。確かこの世界だと、風系のクラスⅥ魔法に空を飛ぶ魔法があるらしいな」


「え、そうなんだ? でもこっちの魔法とあたしらの魔法ってなんっか違うのよねえ」



 俺は樹里の世界の魔法を詳しくは知らないのだが、実はある程度の予想はついている。

 そしてこの世界の魔法についても、王都で暮らしていた頃に調べた事があった。


 そこで判明したのは、この世界の人たちは魔法書を読んで魔法を覚えるという事だ。

 といっても普通に読書をして覚えるのではなく、魔法書の表紙にある魔法陣に魔力を通す事で、書の中に記されている魔法を覚える事が出来るという仕組みだ。


 書に記された魔法を使用するのに十分な魔力さえあれば、それだけでその魔法書に記された魔法を覚える事ができる。

 そのうえ、魔法書が破損しない限りは何度も再使用が可能なので、魔法の本が一冊あれば複数人が同じ魔法を覚える事が可能だ。


 魔法を覚えた後は、キーワードとなる呪文を唱えるだけで、その魔法が使えるようになる。

 樹里の世界の魔法と比べると、非常にイージーな仕組みだ。



「ま、こっちの魔法は簡単に覚えられるのはいいが、デメリットもあるからな」


「デメリット?」


「ああ。魔法容量って言葉を聞いたことないか?」


「聞いたことはあるけど……。それって魔力量の事じゃないの?」


「違うんだなあ、それが」



 俺は樹里に魔法容量についてを説明していく。

 

 この世界の人達は魔力さえあれば、魔法書で気軽に魔法を覚えられる。

 しかし、覚えられる数には限界がある。

 限界を迎えてしまうと、それ以上魔法書を用いても魔法を覚えられなくなってしまうのだ。


「え? じゃあ、限界までいったらどーすんのよ?」


「それは簡単だ。まずはこれまで覚えた魔法書の中から、必要のない魔法を選ぶ。そんで、魔法を覚えた時同様に再度魔力を通す。すると、その魔法を忘れる事ができるんだよ」


「何よそれ。一体どーゆー仕組みなのよ?」


「それは説明すると長くなるから省くが、要するに魔法書をなくしてしまうと魔法を忘れる事も出来なくなる。まあ、一般的な魔法なら写本も多いから、同じものを買い直せばいいけどな」


「ってことは特殊な魔法書なんかは、紛失しちゃうと忘れることも出来ず、邪魔になってしまう事もあるんッスね」


 樹里と魔法談義をしていると、そこに根本も加わってくる。


「なんだ? 根本も魔法に興味あるのか?」


「そりゃあ無いと言えばウソですけど、僕に魔力なんてあるんッスかね」


「魔力自体は大小はあれど誰にも備わってはいるぞ。無論、根本にもな」


「え、本気ッスか?」


「まあ、簡単な魔法を一回発動するだけで精一杯、って奴も中にはいるけど」


 そこで俺は意味ありげに根本に視線を送る。


「うっ……そう上手くは行かないって事ッスね」



 すっかり悄気返ってしまう根本。

 態度で暗に示した形にはしたが、実は根本はそこまで魔力がないという訳でもない。

 超能力と同じように、中途半端にだが微かに魔力を持っている。

 その微かな魔力を伸ばすように、根本には内緒で魔力開発プログラムを実行中だ。



「話を少し戻すが、この世界の魔法には他にもデメリットが幾つかあってな。その内の一つが、魔法の威力や効果が固定だという所にある」


「威力や効果が固定? それって逆に凄い事なんじゃないの?」


「確かに軍隊などで大人数の魔法部隊を編成するなら、同じ威力の方がいいかもしれん。だが、威力が固定という事は、応用性がさっぱりないという事だ」


「それって魔力の量を調整して、強めたり弱めたりはできないの?」


 その質問は、魔法の形態がこの世界とは異なる樹里ならではの質問だ。

 しかし、この世界の魔法使いと呼ばれる連中は、そういった器用な真似は構造的な問題で出来ない。


「それが出来ないんだよ。例えば、同じ【ファイアーアロー】の魔法でも、一本だけ炎の矢を生み出す通常のものや、三本生み出すもの。威力が高めのものと通常のもの。といった感じで、同じ【ファイアーアロー】にも複数の種類の魔法の本が存在する」


「それってもしかして、その違う種類のを覚えるには、別の魔法書が必要って事ッスか?」


「そーゆー事だ。樹里の使ってる魔法はもっと応用が効くだろ?」


「ちょっと呪文を変更すれば、それくらいの応用は効くわ。っていうか、そんなんじゃこの世界の人は大分不便なんじゃないの?」


「だが、それがこの世界での一般的な魔法だ。最初に言ったように、魔力があれば魔法が覚えられるから、敷居が低いってのも利点だな」


「ふーん……。こっちの魔法にも興味あったけど、案外びみょーなのね」


「皆さん、そろそろ順番が来ますよ」



 ここでこれまで黙って話を聞いていた沙織が、注意を呼び掛ける。

 おっと、そういえば三人に渡すものがあるんだった。

 俺は慌ててアイテムボックスからアイテムを取り出すのだった。



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