第86話 乗馬


 作業を終えた俺達は、再び街道まで戻っていく。

 死体はそのまま放置してあるが、この小さな森にもそれなりに動物の気配はあったので、彼ら森の仲間たちが後は処分してくれるだろう。



「終わった……の?」


「ああ」


「……っ」


 俺のあっさりとした返事に、樹里の拳に力が入るのが分かる。


「別に慣れろとは言わん。今後同じような事があったら、お前の分は俺が処理しよう。だが、そういった甘さや情けをかけた結果、自身に害が及ぶような行動はするな」


「う……ん……」


 完全に納得してないのは丸分かりだが、これ以上強く言っても効果はないだろう。


「ところで、この馬と荷車はどうするんッスか?」


 暗い雰囲気を払拭しようとしたのか、根本が話題を変える。

 この話題については元々しようと思っていたので、俺は根本に乗っかる事にした。


「それについては二つの案がある」


「なんかあんま良い予感しないけど何ッスか?」


「む? そうか、根本は俺の提案が不服か。それなら第三の案として『根本街道引き回しの刑』ってのもあるぞ。他にも丁度馬が二頭いるので、根本の左足と右足にロープを繋げて、反対方向に馬を走らせるってのもいいな!」


「『いいな!』、じゃないッスよ! 死ぬッス!」


「なら素直に提案を聞いとけ。で、一つ目なんだが……、まあ、普通にこのまま荷車を引っ張ってもらって移動するって方法だ」


「……それは、ちょっと、ダメっぽい」


 すっかり大人しくなっていた樹里だが、ここまで来るのに散々気分悪そうにしていたので、気力を振り絞ってでも拒否反応を示してきた。


「まー、そうだろうな。なら第二の案、荷車を乗り捨て、馬に直接乗って移動するってのはどうだ?」


 二頭の馬の頭部には、荷車を曳くための革製の馬具が取り付けられているのだが、背の部分に鞍は乗せられていなかった。

 しかし荷台をよく調べてみると、馬に装着する用の鞍などの馬具があったのだ。


「でも馬は二頭しかいないッスよ? 二人で一頭ずつ乗るんッスか?」


「短距離ならともかく、これからしばらく移動するんだから、あんま馬に負担はかけられん。交代で乗りつつ、残った二人はジョギングだな。お前達の体力強化にもいいだろう」


「うぇぇ……」


 ついでに馬の乗り方ってのもちょっと学んでおきたい。

 まあこれは実用的な話じゃなくて、完全に俺の趣味になるけど。


「この世界には、馬以外にも人を乗せたり物を運ぶ生き物はいるけど、世界を旅するなら馬くらい乗れるようになった方がいいだろ?」


「んー、それは確かにそうかも……」


「乗馬でしたら私が経験ありますので、皆さんにお教え致します」


「へえ、なら沙織に頼もうか」


「はい、お任せください。ではまず鞍の取り付け方などから説明しますね」


 意外にも経験者がいたので、すんなりと馬具の取り付けが完了し、早速馬に乗って移動する事となった。

 ただ沙織の話によると、拍車や鞭など幾つか足りないものもあったようだが、最低限は揃っているようなので、問題はないらしい。





「ぶるるるるっっっ!」


「うわっととと……」


 最初に馬に乗るのは根本と樹里に決定したのだが、根本が馬に乗ろうとすると、馬がいなないて軽く暴れ出す。


「ヘイヘイ根本、舐められてるぜ?」


「うっ、これはそういう事なんッスかね?」


「根本さん、先ほど乗ろうとした時に、軸足に体重を掛け過ぎたんだと思います。もう少しスッと乗らないと馬に負担が掛かってしまいますよ」


「って言ってもねえ。足を掛ける位置が高いんッスよねえ」


 根本の奴の言う通り、鐙が少し高い位置にあるので、踏み台のようなものがないと、初心者では乗りにくいだろう。


「わっ……。や、やったわ。ちゃんと乗れたー!」


 一方樹里の方はすんなりと馬の背にまたがっている。

 乗馬という初めての体験に、先ほどまでの沈んだ様子も影を潜めている。


「一色さんの方は大丈夫そうですね。では根本さんはもう一度」


「はいッス」


 結局根本もあれから二度ほど失敗したが、無事に馬に乗る事に成功。

 初めは道を外れようとしたりと大変だったが、今では前に走らせるだけなら問題ないレベルになっている。




 その後も適度に休みや飼い葉を与えながら小走りしていると、次は交代で俺と沙織が馬に乗る番になった。


「大地、ちゃんと乗れるのぉ?」


 すっかり乗馬をマスターした気でいる樹里が、調子こいて尋ねてくる。


「問題ない……さっ!」


 俺は颯爽と馬に跨る事に成功する。

 そして軽く手綱を引いて、足先で軽く合図してやると、馬は俺の意図した通りにゆっくりと歩き出す。


「え、大地って馬に乗った経験あんの?」


「いや、これが初めてだ」


「はぁ、見事なもんッスねえ……」


 まあこれまで二人が乗ってる様子をじっくり観察してきたからな。

 馬は生き物だから上手くいかない可能性もあったが、馬に負担を掛けないように乗ったので、乗るときに負担を掛ける事もなかった。


 それと、精神魔法の応用みたいなもんで、こちらの意思を伝える魔法をここに来るまでの間に構築しておいた。

 相手が動物だろうと何だろうと、ある程度の知能がある相手なら通じる奴だ。


 高度な内容を伝えるには相手の知能も高くないと無理だが、ゆっくり歩けとかそれ位だったら問題はない。

 まあダメだったら何度か調整していこうと思ってたんだが、どうやら一発で成功したようだ。


「流石大地さんですね。その様子でしたら、このまま移動しても問題なさそうです」


 沙織のお墨付きももらったので、そのまま街道を移動していく事となった。

 馬での移動といっても、今俺達が載っている馬はサラブレッドのような馬ではなく、農耕馬のように背が低く、ガッシリとした体格の馬だ。


 元々速さを出すには向いていなさそうだが、そもそも馬といっても長距離を移動する場合、それほど速度は出せないものだ。

 まあ、この異世界ではどうなのかわからんが……。

 ただ、時折俺と樹里が回復魔法を掛けているので、恐らく普通よりは大分負担が減っているはず。


 移動速度に関しては、大体人が早足で歩く位だ。それでも二時間ごとに三十分くらいの休憩は挟んでいる。

 俺は別段馬に詳しい訳ではないが、"鑑定"によって馬の状態はしっかり把握できる。

 このペースで行けば、毎日移動しても馬に負担が掛かる事はないだろう。



 こうして交代で馬に乗り換えつつ、俺たちは街道をひた進んでいった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る