第85話 人攫い


 結局あの時の集団野外実習は、イレギュラーによって途中で中断されたので、俺たちにはサバイバルな経験というものが足りていない。

 それを補うためにも、シェイラに着くまでの期間を慣らし期間にしようと思っていた。


 ……のだが、早々に騒動に巻き込まれてしまった。




『さあて、大人しくしてもらおうか』


「ちょっと、急に何なのよッ!」


 今俺達は刃物を突き付けた、十人ほどの集団に囲まれている。

 そんな奴らに対し、樹里が通じるはずのない日本語で文句を言う。


『こいつ何言ってんだ?』


『さーな。でも上物にはちげえねえ。言葉が通じない程度なら、そう値は変わんねーだろ』


『確かにな。こんだけ上物なんだし、売りさばく前に俺らで味見と行こうぜ』


『バッカ、前にそれやったらえれー買い叩かれただろうが』


『ありゃー、ちょっとハッスルしてやりすぎちまっただけだろ。一度全員で輪姦すくれーなら壊れたりしねーだろ』


『……それもそうだな』



 俺らを囲んでいる連中の内、下種な話をしていた男二人がそう言って、品性の欠片もない笑みを浮かべている。

 その二人の会話を聞いて、樹里は相変わらず日本語で喚き続けているが、沙織の方は明らかに嫌悪の表情を浮かべていた。


 こりゃあ、やっぱ沙織はそれなり以上にこっちの言葉を理解出来てるっぽい。

 後でその辺の事を聞いておくか。



 さて、俺達がこのような状態になっているのは、二時間ほど前の商人との出会いが全ての始まりだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「ねえ、大地。なんかむこーから人が来てるわよ」


 俺たちが今歩いているガリガンチュア街道は、この辺りで一番大きい街道であり、幾つもの支道が存在している。

 そうした支道への分岐が俺たちの行く数キロ先にもあって、その分岐点へと通じる支道には、馬車で移動している二人組の男女の姿があった。


 馬車といっても屋根もついていない、荷車をただ曳いただけのものだ。

 この距離からだと樹里や根本には人数までは視認できないかもしれんが。


「ガリガンチュア街道はこの辺りでは一番大きい街道なんだ。そりゃあ、他に通行してる奴だっているだろ」


「このままだと合流しそーね」


「それはどうかな。向こうは馬車だし、俺たちより先に行っちゃうんじゃねえか?」


「でも、馬車っていっても、なんかすんごいゆっくり移動してない?」


「それでも徒歩よりは早い」


 あの支道は、本道であるガリガンチュア街道に対し斜めに向かって走っている。

 俺の謎センサーを使用すれば、両者の移動速度と、分岐点までの距離を正確に求められる。

 それによると、このままの速度で両者が移動を続ければ、俺たちが分岐点に着いた時には、三キロほど前方に馬車は移動している計算となる。



「そっかー。馬車っていいなあ」


 馬車ねえ……。


 あの馬車を見ても分かる通り、このようなガタガタ道を単純な構造の荷車で曳いているので、速度はゆったりとしたものだ。

 せいぜいが徒歩よりはマシ程度って速度だろうし、乗り心地だって最低ランクだろう。

 馬だって休みを入れないといけないから、自動車で移動するようにとは行かない。


 俺たちはその後も遠目に馬車を捉えながら、さしてその事自体は気にせず歩き続けていた。

 ……のだが、支道との分岐点に近づくにつれ、件の馬車との距離は縮まっていく。


「なーんだ。このままだと結局あたしらと合流すんじゃない?」


「そーだな」


 そりゃあそうだろう。

 明らかに向こうの方が、こちらに合わせて速度を調整していたからな。

 一体どういう意図なのやら。


「合流してもお前は喋るなよ?」


「何でよッ!」


「何でって……、お前こっちの世界の言葉話せるのか?」


「あっ……そーだったわね。教官たちが日本語で話してたから、つい忘れちゃってたわ」


 とはいえ、一応簡単なこちらの言語くらいは樹里でも知っている。

 日本人の中には、市民街で買い物したりする奴もいたしな。


「簡単な単語くらいは樹里も知ってるだろうけど、そんなカタコトの言葉を話す奴がいたらどーしても目立つ。俺たちは脱出中だって事を忘れるな」


「そっか、それもあったわね」


「根本達も頼んだぜ」


「分かったッス」


「はい」




 こうして俺達は支道との分岐点で、二人組の商人に出会った。

 男の方がノアで、女の方がオリビア。

 夫婦だと名乗った二人は、ガスケツの村に商品を卸しにいった帰り道だと言う。


『それは分かったが、商人なのにそのガスケツの村とやらでは仕入れをしなかったのか?』


 荷車を見る限り、彼らの私的な荷物とおぼしきものと、馬に与える飼い葉くらいしか載せられておらず、商品らしきものが見当たらない。


『あ、ああ。余りいい品がなくてな』


 男の態度に俺は不審なものを感じていたが、それは一緒に同行しないか? と誘われた辺りから更に強まった。


『先に言っておくが、金は持ってないぞ?』


『金なんか取ったりしねーさ。"偶然の出会いさえ、運命によって定められている"って言うじゃねえか』


 言うじゃねえか、とか言われてもそんなの初耳なんだが。

 俺の言語翻訳はこういった慣用句に関しては、実際に目にしたり耳にしたりしないと、インプットされないんだよな。

 まあ、ニュアンスからして「袖振り合うも他生の縁」ってところか?



 それからもなんだかんだでしつこく誘ってくるから、仕方なく俺はこいつの提案に乗る事にした。

 ちなみに、この時点ですでに九十パー以上こいつらの事を疑っていたが、ここまで来ると逆に何があるのかも気になる。


 俺は事の経緯を奴らに聞こえないように小声で樹里達に伝え、荷台に乗せてもらって移動する事となった。


 恐らくは全員とも、こうした馬が曳く荷車に乗るのは初めてなんだろう。

 声に出さないまでも最初は楽しそうな表情を浮かべていたのだが、移動していくにつれてその顔色も変わっていく。


 移動自体がゆっくりなため、あまりガタガタと激しく揺れたりはしないのだが、それでもやはり揺れは強い。

 樹里の顔色が悪くなり、今にも吐き出すんじゃないかって段に至った所で、俺は道の先に潜んでいる者たちに気づく。

 この時点で、この二人がクロだという事はほぼ確定した。


 俺は何があっても対処できるよう身構えつつも、奴らからのアクシデントを待つ。

 そうして更に少し進んだ所で、潜んでいた連中が姿を現わす。


 それが人攫い集団との出会いだった……。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「出会いだった……って、こいつらどーすんのよ!」


 今、俺たちの目の前には、縄で縛られた人攫いたちが転がっている。

 しっかり口にも縄を巻いてあるので、ろくに喋る事も出来ない。

 あのあと襲ってきた連中は、着装なんかするまでもなく、俺と沙織によって全員が速攻で無力化された。


 そんな彼らの前で、俺は仲間の三人にこれまでの経緯を話していた。

 それを最後まで聞き終えるなり、最初に樹里が上げたのが先ほどの問いだ。


「奪えるもんは奪ったし、息の根を止めて、そこにある林に住む生き物の餌になってもらえばいーんじゃね?」


「ちょ、本気なの!?」


「こいつらは直接俺たちの命を奪おうとはしなかったが、素直に捕まってたら死んだほうがマシな目に会わされてたぞ?」


「それでも、殺すのはやりすぎよ!」


 うーん、ゴブリンとかの魔物に関しては大分ドライな所がある樹里だけど、人間に対してはまた反応が変わるな。


「根本はどう思う?」


「どうって……。そうッスね。僕としてもこういう輩は生きる価値なしって思うッス」


 おお、出たな素の根本。又の名を黒根本。

 本当に興味なさそうに言っている辺りがポイント高いぞ!



「そんな!」


「こいつらを見逃せば、今度は違う誰かが攫われる事になる。そして、こいつらを官憲に突き出すにしても、一番近い街まではまだ遠い。というか、そんな事して派手に目立ちたくはない」


 益々もって、こいつらを生かしておく理由はないな。


「そこまで嫌がるなら処理は俺が済ましてこよう」


「……僕も手伝うッス」


「私も」


「二人……とも……」


 根本と沙織も手伝いを申し出てくれた。

 勿論両者とも進んでそんな事をやりたい訳ではないだろう。

 多分二人はこの先この世界で生きていくにあたっての、覚悟を決めたんだと思う。

 そんな二人に対し、樹里が掛ける声には力がない。


「もう近くに敵はいないから、お前はここで待っていてくれ」


 俺は縄で縛られた連中を荷車に乗せ始める。

 無言でその作業を手伝う根本と沙織。




 そして向かうのは、奴らが隠れ潜んでいた小さな森。

 街道からは視界が通らない、少し奥まった所まで荷車を移動させた後、締めの作業に入る。


「……」


「……ッッ!」


 無言で首の骨を折っていく沙織に、俺がアイテムボックスから取り出したハンマーで、黙々と撲殺していくサイコパス根本。

 俺は普通に首を斬って落としていく。


『ひゃ、ひゃふへてふへ!!』


 無言で仲間が殺されていくのを見た人攫いの一人が、何やら喚きたてる。

 まー、こいつらにも何らかの事情はあるのかもしれん。

 だがどんな事情があろうとも、素直に攫われる訳にはいかんし、これまでのお前達の行いが消えてなくなる訳でもない。


『武器を持って襲い掛かってきたんだから、自分が殺されるって覚悟もしないとな』



 最後にそう言ってやった後に、首を落とす。 

 人攫いの数は十一人。処理するのは三人がかりだった事もあって、作業はすぐに終了した。



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