第83話 王都脱出


「ところでこの壁はどうやって超えるんで……ッスか?」


 根本の奴、途中で口調を意識したせいか、妙な感じになっているな。

 まあその辺は後々に期待するとして、宿舎を囲っている壁は、高さ三メートル以上はある。

 上りやすいようなとっかかりもないので、確かに俺や沙織じゃないと素で登れないかもしれん。


「んー、そうだな。こん位の壁なら俺が放り投げてやろう。ジッとしてろよ」


「え……?」


 俺はツカツカと根本の下まで歩み寄って、大雑把に根本の両脇を抱えるようにして持ち上げる。


「ちょっと……?」


「そいや!」


 こんなしょうもない動作でありながら、計算されつくした俺の第一投目は、見事に根本を壁の上に着地させる事に成功する。

 ぴったり壁の上に着地出来るようにしたので、着地の衝撃もほとんどないハズだ。


「よし、上手くいったな。その高さなら降りるときは一人でいけるだろ?」


「……ちょっとした絶叫マシンに乗った気分でしたよ」


「ほおう。無料で乗れてよかったな」


「もう乗りたくはないですけどね」


 ハハハ、根本の奴も言うようになったじゃないか。

 さて、次は……。



「うっ……、あたしはいいわよ! 自力でどーにかするから」


 樹里はそう言うと、慌てた様子で詠唱を唱え始める。

 こんなピンポイントで使えるような魔法があるのか? と思ったんだが、どうやら魔法による身体能力の強化を行ったようだ。


「フゥッ……ハァァッ!」


 一発では上手くいかなかったが、助走をつけて壁に飛びつき、手足をジタバタさせながらがらも、樹里は俺の手助けを受ける事なく壁に上り切った。

 昔やってた某筋肉番組を思い出す動きだ。まあ、あっちの壁は垂直じゃなくて反り立っていたけど。


「おー、やるじゃないか」


 俺は感心しながら、ひょいっと軽く跳躍して壁の上に立つ。

 その後を沙織も同様に飛び乗ってくる。


「……アンタ達には敵わないわよ」


 俺と沙織の事をジト目で見てくる樹里。

 根本の奴はすでに下に降りているようだ。


「樹里もナノマシンが機能するようになれば、多少は身体能力を強化できると思うぞ」


「それは楽しみにしておくわ」


 そう言い放つと、樹里も下へと降りていく。

 っと、案内するのは俺なんだから俺が先行せねば。



「じゃあここからは俺が先行する。お前達は静かに俺の後をついてきてくれ」


「分かったわ!」


 俺の言葉に沙織と根本は黙って頷いていたが、樹里だけが普通に声に出して返してくる。

 一応樹里に指で静かにするようにジェスチャーを送るが、こりゃあ余り樹里に下手に指示とか出さないほうが良さそうだな。



 それから俺は探知機能を駆使して、見回りの兵士などに見つからないように、西の城壁を目指す。

 自然とメタルでソリッドな気分になってくる。

 ちなみに段ボールは持っていない。


 俺らが済んでいるこの北西の地区は、軍事関係の施設が多い。

 そのため夜には兵士が見回りをしており、このようにこそこそ集団で移動してる奴なんかを見つけたら、職務質問される事請け合いだ。

 っと……。


 俺は一旦建物の影で足を止め、後続の三人にジェスチャーで動きを止めるように伝える。

 今度は樹里も声を上げる事はなく、目の前の道を兵士が通り過ぎていくのを、ジッと待ち続ける。


 距離が一定以上離れるのを確認した俺は、再び目的地へと向けて歩き出す。

 そうして三十分ほど移動を続けた結果、ようやく目的地である西の城壁へとたどり着く。



「城壁には辿り着いたようですけど、ここをどのように突破するのですか?」


「あ、あの方法はもう御免ですよ!? 今度は高さも半端じゃないですし!」


 根本の言うように、城壁の高さは十メートル以上もある。

 ……まあそれでも同じように放り投げる事もできるんだが、今回はちょっと違う方法でいこうか。


「任せろ。俺にいい方法がある」


「何だか嫌な予感がするんですけど……」


「心配ない。行くぞ」


「わっ、またそんな急に!」


 根本の事はほっといて、俺は超能力で全員の体を宙に浮かし、そのまま城壁をひょいッと乗り越えていく。

 流石に状況を理解しているのか、根本と樹里は口をしっかり閉じてはいたが、大分慌てふためいている様子だ。

 逆に沙織は最初は驚いた様子だったけど、すぐに俺に身を預けるように状況を受け入れていた。


「これで一先ず王都は脱出だな」


「だ、大地さん!」


「何だ?」


「こういった事をやる時は、前もって言っといてください!」


「そ、そうよ。いきなりするからビックリしたじゃない!」


「何だぁ、お前達。もっとドンと構えておけよ。沙織なんかはほとんど動じてなかったぞ?」


「一色はちょっとその辺ふつーじゃないのよ!」


「え……っ?」


「そうッスよ。それに比べ僕たちその辺は普通なんですから……」


「こまけー事は気にすんな。それにちゃんと見回りについても調べてあるから、この時間の城壁付近には兵士はいないハズだ。バレる心配もないぞ」


「ふつうじゃ……ない……?」


 今現在も俺の探知は働いているが、前もって兵士の見回りルートも調べておいてある。

 さっき一度だけすれ違った、ルートを外れるような奴の事を除けば、完璧なルート取りだったと自負している。


「それよりも、こんな所でお喋りしてる時間はない。少し走るぞ」


「ふつう……」


 ブツブツ言っている沙織を引きずるようにしながら、俺は王都から距離を取っていく。

 この所々に低木が生えている場所を南西に進めば、ガリガンチュア街道へと通じる道に出る。

 まずはそこまで移動しなければならない。





 走り始めてから二十分ほどが経過した。

 根本も樹里も、体力訓練は行っていたはずだが、すでに二人ともへばりつつある。

 仕方ないので、俺は一旦走るのをやめて立ち止まって少し休憩を取った。


「はぁ……はぁ……。ねえ……、もうここまできたら、着装しても、いーんじゃない?」


「いや、ダメだ」


「ふうぅ……ふぅ……なんで……よ?」


「着装して魔甲機装を起動させると、奴らに居場所がバレる」


「そう……なの?」


「ああ、城に潜り込んで確認済みだ。城の中にある古代の装置で、現在稼働中の魔甲機装の位置が分かるようになっている。認識出来る距離は、この国のほぼ全ての領域だ」


「それは……厄介ですね」


「え? ……ってことは、しばらくはずっと歩きって事?」


「そういう事だ」


「えええぇぇぇッッ!」


 辺りには何もない野原が続くだけとはいえ、ちと樹里の声は大きすぎるな。


「ほらほら、そんな大声は出すなよ。俺たちは脱出中なんだから」


 やってる事自体は脱走かもしれんが、なんか今回の件ではその言葉は使いたくないので、脱出という言葉を代わりに使っている。

 まあそんな事気にしてるのは俺だけっぽいけど。


「で、でも大地さん。正直このまま夜通し走り続けるのはキツイッスよ」


 なんだか根本の口調が、親分に話す時の子分みたいになってきてるな……。

 これが素なのか?


「その親分に話す時の子分みたいな口調は何なんだ?」


 っと、思ってた事がそのまま口に出てしまった。

 俺のその言葉に心外ですといった感じで、根本が言い返してくる。


「大地さんが口調をどうにかしろって言うんで、意識して変えたんじゃないッスか」


「いや、まあ、それはそうなんだが……なんでそんな口調なんだ?」


「これでも僕は、学生時代にバリバリの体育会系サークルに入ってましてね。その時はいつもこんな感じでしたよ。これはこれで素ではないかもしれないけど、楽っちゃ楽なんッス」


「へー、そうなんだ」


 まあ俺としては、あの丁寧な口調は沙織がプレッシャーを発する時を彷彿とさせるから、ちょっと変えて欲しいって思っただけなんだが……。


「なんか他人行儀ッスね」


「そんな事はないぞ。根本らしくてその口調はピッタリだ!」


「……褒められてるんだか貶されてるんだかよく分からないッスよ、その言い方」




 そんな話をしている間に、根本も樹里もすっかり息が整ってきたようだ。

 だが、確かに根本が言っていたように、あの調子では夜通し移動しつづけるのは厳しそうだな。


 ……よし、ここはひとつ、今思い付いたアイデアを実践するとしようか。


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