第82話 確認作業
「ああっと、沙織は……だな。すでにナノマシンが入っているんだ」
「……私にはそのような記憶はないのですが……」
「ああ、いや。俺のじゃなくて、ミャウダ人とかいう宇宙人の奴だよ」
「それは……確かにそうかもしれませんが、それが問題なのですか?」
「ああ。輸血する場合にも血液型によってはダメな場合があるだろ? ナノマシンの場合も同じようなケースがあるんだ」
「…………そうですか。残念ですが仕方ありませんね」
「そうですか」の前の貯めがすんげー重くて、俺だけじゃなく根本と樹里の二人までも息を止めたような感じになっててヤバかったな。
何がどうヤバイのかよく分からない所がヤバイ。
「とりあえず大発表会はここまでだ。この先は、今後の予定について話していくぞ」
「とりあえず大地の言ってたとーり、お昼の内から無理して寝たけど、夜はずっと逃げるの?」
「そうだ。とりあえず最初の夜は夜通し移動して、ガリガンチュア街道まで向かう」
「がるばん……なんちゃらかいどーって何よ?」
「王都の南西にある城塞都市、シェイラに通じる街道だ。俺たちの最初の目的地はまずそこになる」
俺は大まかに三人に移動ルートを説明していく。
といっても、知らない固有名詞を幾つも出されたせいか、樹里は早々に覚える事を放棄しているようだ。
「――そして、ムガナビ村から更に西にあるボース村まで辿り着けば、そっから先は魔族の国の領域になる」
「そこからが本番という訳ですね」
「まあ、そうだな。そっから先は俺も地形データしか把握していないので、地名までは分からん」
「……正直知らない名前ばかりでさっぱり分かりませんでしたけど、大地さんが下調べを綿密に行ってたって事は分かりました」
「国内に関する事位はな」
一応その先の魔族国の領域に関しても、事前に調査はしてある。
人工衛星を打ち上げて通信してる訳でもないのに、謎の火星人技術で遠く離れた場所の地形まで、調べようと思えば調べる事が出来るのだ。
……というか、遠く宇宙の彼方にある惑星の様子まで見る事が出来るので、同じ惑星上くらいなら基本どこでも見る事が出来る。
正直この辺は考えても理解が及ばない領域なので、あんま深く考えない方が良さそうだ。
あの火星人の文明は、カルダシェフ・スケールで言えばタイプⅢ以上はありそうだしな。
「そんで、具体的に今から何すんの?」
「まずはこの宿舎を脱出する……んだが、監視の目を欺かないといけない」
「監視ですか?」
根本がキョトンとした様子で尋ねてくる。樹里も同じような表情だ。
しかし、沙織だけは少し様子が違う。
「……どこか視られていると感じる事がこれまで何度もあったのですが、やはりあれは勘違いではなかったのですね」
「そういう事だ。俺たちは身分証を発行され、この国の民として認められた後も、監視対象に入っていた」
「え! 全然気づかなかったわ」
「大分距離を取って監視されていたからな。それに、一人一人に付きっ切りって訳でもなかったから、そうそう気づくことは出来んだろう」
「でも、大地さんと一色さんは気づいてたんですよね?」
「私は……時折それらしい気配を感じていただけで、確信には至っておりませんでした」
以前、沙織は気づいてそうだなあと感じた事はあったが、あながち間違ってはいなかった訳か。
「まあそういった訳で、特に正門なんかはこんな夜中だろうとしっかり監視されている。なので、宿舎裏からこっそりと抜け出る」
「宿舎裏……。あっ! だから大地っていっつもあんなとこから出入りしてたのね!」
「しぃぃぃぃ。静かに」
「あ、ご、ゴメン……」
ここでの会話までは流石に監視してる奴に届かないとは思うが、樹里の場合脱出途中でも迂闊に大声で叫びそうだから怖い。
「宿舎裏から出た後は、俺が先導して西の城壁まで向かう。人目を避けて移動するが、さっきみたいな大声は気を付けてくれ」
「うん……分かった」
さて、これで伝える事は大体伝えたかな?
一応最後に確認しておくか。
「最後に、出発前にこれだけは聞いておきたいという事はあるか?」
「あ、はい」
俺が最後の確認を取ると、真っ先に根本が手を上げる。
「なんだ?」
「あの、街を出るのに手ぶらっていうのがすごく不安なんですけど、そのアイテムボックスというのに、必要なものが全て入っているんですか?」
ああ、そういえばその辺説明しておいたほうがいいか。
「ああ。日常生活で必要なものから、食料まで、四人で消費するとして数年分は確保してある」
「す、数年分って……」
「ただ実際に脱出した後に、足りなかったもんが出てくる事もあるだろう。その辺は、途中のシェイラの街などで随時調達していく予定だ」
「途中で補充も考えているんですね。それなら問題なさそうです」
俺一人だと色々抜けもあるだろうが、四人もいればその抜けも補完できるだろう。
「他には何かあるか?」
「あ、あの……」
再度俺が尋ねると、樹里がおずおずとした様子で手を上げる。
「まだ気になる点があるのか?」
「えっと、そうじゃなくて……。もう、すぐに出発しちゃうの?」
「質問等がなければそうするつもりだ」
「その……ちょっと、おトイレ……。行きたいんだけど……」
「……おっきい方か?」
「なっ!? ちっちゃい方よ!」
「笹井さん、お静かに……」
俺の質問に再び大声を上げてしまった樹里に、沙織が冷静に注意する。
「だ、だって!」
「それならその倉庫の隅で済ませてこい」
「えっ……? じょ、冗談でしょ?」
「それが嫌なら、倉庫を出て宿舎裏に向かう途中の茂みなどで済ませろ」
「い、一旦宿舎まで戻るのはダメなの?」
「時間に余り余裕がない。どうせこれからの旅の途中は、大自然全てがトイレみたいなもんだ。ちょっとその辺の茂みでするくらい、今のうちに慣れておかんとな」
「う、ううぅぅ……分かった……わよ」
「他に質問のある奴はいないな? では、これより行動を開始する」
そう呼びかけながら、俺は倉庫の扉を開けて外に出る。
外はすでに真っ暗だったが、それなりに月や星の明かりがあるので、根本らでもある程度視界は通る。
特に月が二つあるせいか、地球での夜に比べるとこちらの世界の夜は明るい。
外へと出た俺達は、早速宿舎の裏まで移動する……途中に、樹里が用を足すために一旦二人ずつに分かれる。
「上手く……いきますかね?」
根本と二人で先に宿舎裏に辿り着くと、心配気に根本が尋ねてくる。
「大丈夫だ、問題はない。それよりも、いい加減そろそろお前のその口調、何とかならんのか?」
「ええっ? どういう意味ですか?」
「そのクソ丁寧な口調だよ。それが素の口調って訳じゃないんだろ?」
「それは……まあ、その……」
ゴブリン村での時もそうだったが、それ以外にもちょこちょこ聞いてはいるんだよな。根本の素の口調を。
「これから俺達は、何の因果か一緒にこの国を脱出する仲間なんだ。もうちょいうくだけた感じでいいと思うぜ」
「……えっと、気を付けま……ることにしてみるよ」
「んー、十五点だな」
「き、厳しいっすね……」
根本とそんな話をしていると、樹里と沙織の二人も宿舎裏へと集合し終わった。
さあ、王国脱出の第一歩を刻むとしようか。
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