第79話 火神との対談


 コンコンッ……。


「……誰だ?」


 俺が部屋のドアをノックすると、少し間を置いて中から誰何される。

 落ち込んでる奴が多い中、その声は相変わらずしっかりとした力強さが感じられた。


「俺だ。俺だよ俺」


「…………大地か? 今、開ける」


 詐欺師っぽく答えてみたんだが、どうやら俺の声を認識したらしい。

 すぐに扉が開かれることになった。


「どうした? お前が俺の部屋に訪ねて来るなんて初めてではないか」


 俺がノックしたのは、男寮の火神の部屋の扉だ。

 ここを訪れたのは勿論、先ほどの樹里との話の中にあった件を伝える為だ。


「ちょっと話があってな。今、時間いいか?」


「……分かった。中へ入ってくれ」


 樹里のように慌てて部屋を片付ける事もなく、火神は俺を室内へと案内する。

 部屋の中は……いかにも火神らしいといった感じだ。

 余計なものは一切置かず、きっちり整頓されて必要なものだけが配置されたといった感じだ。


「部屋の中を見ただけで、あんたの部屋だって事が分かるな」


「そうか?」


 火神は疑問そうな顔をしているが、同期の日本人だとあとは他に沙織くらいじゃないか?

 こういった部屋に住んでそうなイメージの奴って。


「ああ。もっと……こう、テーブルの上に食べかけのくいもんが置いてあったり、綺麗な花でも飾ったり……色々あるだろ?」


「綺麗な花はともかく、食べかけの食べ物を放置しておく意味が理解できん」


「そりゃあ、ちょいと小腹がすいた時につまんだりするんじゃねーか」


「間食は健康によくないのではないか?」


「健康によくない事が、必ずしも人間にとって不要って訳でもないだろ」


「大地……。相変わらずお前の言う事は俺にはよくわからん。だが、お前がそう言うのならば、そこに何かしらの意味があるんだろうな」


 かー、相変わらずこいつはカッチコチに硬い奴だな。

 ううん、こいつを柔らかくするには俺にはもう時間が足りん。

 さっさと本題に入るとするか。



「別にそんな深い意味はないさ。ただ人間ってのは、意味のある事だけを求めるもんではないと、俺は思ってるぜ」


「話というのはそういった話の事なのか?」


「ああ、いや。これは単に世間話だよ。本題は他にある」


 言いながら、俺はテーブル傍に置いてある椅子に腰掛ける。

 この辺のテーブルや椅子は、最初から備え付けられていたもので、俺の部屋のものと同じ作りだ。


「それで本題なんだが……」


 完全に話を切り出す前に、同じく着席した火神の様子を窺う。

 巌のようなゴツイ顔つきは、子供が見たら泣き出してしまうんじゃないかという程の、迫力がある。


 俺を真っ直ぐ見つめる瞳は真摯であり、奴は常に相手の目を見て話してくる。

 なので、そういうのが苦手な人や、後ろめたいものを抱えてる人は、面と接して火神と話したいとは思わないだろう。


 ……うん。


 まあ、こいつなら伝えても大丈夫か。

 もし俺が話をした後に、こっそりその話を教官連中に報告したとしても、俺はそれでも構わないと思えるだろう。


「どうした? それだけ切り出しにくい話なのか?」


「まあ……そうだな。だが、腹は決めた」


「そうか」


 まあもし密告されたとしても、ちょいと計画を早めればいいだけで、大きな問題はない。

 俺はようやく火神に脱出の事を伝えることにした。



「実はな。俺と……あと数人とで、この国を脱出しようと思っている」


「………………」


 ギロリという表現がピッタリな感じで、火神が俺を睨みつける。

 睨むといっても、憎い相手を見つめるとかそういった感じではなく、ただ眼力を強めたといった感じだ。

 だが火神がそれをやると、相手からしたらすんげーガンを飛ばされているように感じるんだよなあ。


 俺はしばし火神のガン飛ばしを受け続けると、火神がようやく口を開いた。


「この間の任務が原因か?」


「それは、あー……少なくとも俺に関しては違う。もっと前の段階から、いつかこの国を出ようとは思っていた」


「そのような事を考えていたのか……」


 俺の言葉が意外だったようで、表情が微かに険しくなる。

 こいつは普通に笑顔とかそういう変化じゃなくて、「いかつい顔」、「険しい顔」、「厳しい顔」とかで喜怒哀楽を表現するから、すんげー分かりにくいわ。


「ああ、脱出は近い内に行う予定だ。その前に、日本人たちのリーダーみたいな立場になってるお前に、ひとこと言っておこうと思ってな」


「そう……か」


 一言そういったっきり、黙りこくる火神。

 ううん、こいつとの流れるようなコミュニケーションは、俺と奴の脳の回路を直結でもしない限り無理そうだ。



「それでだな……」


「お前は……」


 この沈黙を破るため俺が話を続けようとすると、丁度同じタイミングで火神も口を開いてきた。

 むうん、どうもかみ合わん。


「何だ? 俺の方はいいからそっちから言ってくれよ」


「そうか、では……。お前は、その事を俺に伝えてどうしようというんだ?」


「それは俺が気になっていた事でもある。火神は俺が伝えた事を、どう処理するつもりだ? 教官たちに報告するか?」


「俺は……」


 そこで火神は一旦黙り込む。

 今度はただ間の持たせ方が分からない、といったものではなく、俺の質問に真剣に考えを巡らせているんだろう。


「……この事を誰かに言うつもりはない。そして俺自身は、お前にはここに残って欲しいと思っている」


 ……参ったね。


 この先の呪い解除の話をする前の、ちょっとした前座のつもりだったんだが、思ってもみなかった事を言われてしまった。


「……まあ、こう見えて最弱魔甲機装を操りながら、試合では好成績を残しているからな。引き留めたくなる気持ちは――」


「そうではない。そういった事と関係なく、お前の存在がこの先必要だと思ったからだ」


 こいつは……いつも直球勝負だな。

 昔の少年漫画から抜け出てきたような性格をしてやがる。

 つか、愛の告白みたいな言い方はやめてくれ。


「だが……お前が出ていきたいと思っているのなら、無理に止めはせん」


「……悪いな。今更考えを改める気はないんだ」


「そうか。残念だな……」


 不意に顔を横に逸らす火神。

 どこか遠くを見つめているような表情だが、何を思っているんだろうか。


「ただ、ちょっと出ていく前に置きみやげは残していってやるよ」


「置きみやげ?」


「ああ。その話をする前に、前提となる少し重要な話もする。これからする話の内容は、お前の判断で他の連中に伝えてもいいし、そこはお前に任せる」


「分かった」



 ここで俺は、これまで根本達に話してきたような内容を伝えていく。

 それに加え、まだ根本らに話していない事も伝えた。

 今ここで伝えておかないと、次の機会はないかもしれんからな。



「………………」



 俺が話をしている間、火神は黙って俺の話を聞き続けた。

 大分衝撃的な内容も含まれていたと思うんだが、火神は小動もせずにジッと動かない。


「……という訳で、お前が拒否しないのならば、お前にかかっている服従の呪いを解除しようと思う。さっきも言ったように、解除する事が必ずしも良いかどうかは分からない。判断はお前に任せる」


「……その前に。幾つか質問がある」


「おう、何でも言ってくれ」


 余りに動きがなかったので、静止画像を見ているのかと思い始めていたんだが、しっかりと俺の話は聞いていたらしい。

 俺の話を聞いて気になった点などを、幾つか火神から尋ねられた。

 その一つ一つに俺は丁寧に答えていく。


「……話は大体把握した。その上でお前に頼みたい。俺に掛けられた服従の呪いとやらを解除してくれ」


「いいんだな?」


「男に二言はない」


 かー、そんなセリフ普段そうそう口にする事はないと思うんだが、こいつが言うとシックリ来るなあ。


「分かった、ではすぐに解除を行おう」


 俺は右手を火神の肩にあて、火神に仕込まれている魔法の術式を解いていく。

 恐らく施術されている火神からしたら、ほんの短い間の事のように感じられた事だろう。

 しかしこちらは精密な魔力操作や、緻密な魔法の構成を構築しないといけないので、なかなか神経が削られる作業だ。


「…………これでいい。お前に掛けられていた服従の呪いは解除された」


「……特に何も感じなかったのだが」


「感じられるようだったら、自分で呪いの事に気づいているだろ」


「ふむ、そういったものか」



 キツネやタヌキに化かされたといった様子の火神だが、俺の言った事は一応信じているらしい。

 って、そういえば俺慌てて出てきちまったから、樹里と沙織の呪い解除をやり忘れちまったな。


 そんな事を考えながら、火神とはその後も話を続けた。

 その結果、他にも呪いを幾人か解除するという方針が決まり、誰を選ぶかの話し合いがしばし行われる事となった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る