第78話 樹里との対談


「大地……呪いの解除って、時間はかかるの?」



 これは、俺が樹里に呪い解除の話を伝えた場合、返ってくるだろうと想定した反応の一つだ。

 ……だからこの話はしないでおきたかったんだがな。


「それを知ってどうする?」


「時間をかけずに解除出来るんなら、全員を解除して欲しい」


「…………」


 さて、どう答えるべきか。

 シミュレーションはしてあったが、実際はその通りにテキパキとは対応できんもんだな。


「どうして……黙ってるのよ?」


「大地さん……」


 ちっ、考えてる間に根本の奴まで辛気臭い声出しやがって……。


「……時間はそうかからん」


「それなら――」


「だが、全員の呪いを解除するつもりはない」


「えっ……?」


 俺の言葉に樹里の表情が変わっていく。

 怒りや憤りといったものではなく、困惑一色といった状態だ。


「どうして? 時間はそんなかからないんでしょ?」


「理由を説明する前にまずハッキリ言っておくが、今言った言葉はお前達が何と言おうと撤回するつもりはない」


 俺の言葉に樹里はショックの余り震えている。

 根本は俺の真意について考えを巡らせているようで、沙織はジッと俺を見つめていた。


「それで理由なんだが、まずは中途半端に呪い解除する事が、必ずしもいい結果になるかどうか分からんからだ」


「何でよ? だってそのままにしてたら、命令された時に何だってやらされちゃうのよ?」


「その事は既にこの国の奴らも分かっている。今後戦局が厳しくなっていくというのに、そう無茶な命令などはさせないだろう」


「厳しくなってって、どういう事?」


 ここで俺は根本にしたのと同じような内容を伝える。

 百年、二百年先にこの国がどうなっているか分からないっていう例の話だ。



「……だから、あたし達に無茶な命令はしないっていうの?」


「中には勿論、職権乱用するような奴もいるだろう。だが、全体的にはそういった奴は一部だ。現に、俺たちのこれまでの様子を振り返ってみろ? 最初は酷いと思った事もあったかもしれんが、この国の一般的な国民に比べれば、大分優遇されているんだぞ」


「優遇……」


「つまり、現状のままでも概ね問題はないという事だ」


「あたしは……そうは思えないわ」


「僕は……ちょっと考えがまとまってないんですけど、大地さんがどうしてそうまで仰るのか、理由を知りたいです」


 根本も……か。

 しゃあない、それらしい理由を巻き散らしてみよう。


「まず全員の呪いを解除っていうが、"全員"ってのはどの範囲までだ?」


「えっ?」


「俺たちと一緒に召喚されてきた奴らだけか? それとも、それ以前に召喚された奴も含むのか?」


「それは……出来れば多ければ多いほうがいいんじゃ……」


「恐らく全部で百はいないと思うが、それでもこの国のあちこちに配属されている日本人魔甲騎士全員と、短期間で接触を取るなんてまず無理だ」


 作戦中で、戦いに赴いてる奴もいるかもしれんしな。


「俺たちの同期に絞るにしても、最初の着装テスト時に歯向かった男や、最近脱落した女など、行方が掴めない奴もいる」


「最初に歯向かった人…………。あっ! あの人って無事だったの!?」


 もう数か月以上前の話だったせいか、樹里もすぐに思い出せなかったようだが、完全に忘れてはいなかったようだな。


「俺の調べた範囲だと、別の都市に送られたってとこまでしか掴めなかった。まあ、死んではいないだろうよ。貴重な魔甲機装の適合者なんだからな」


「そっかあ、よかったあ……」


「…………」


 敢えて言わんが、確実に"矯正"は受けてると思うけどな。

 根本もその事に気づいているようだが、口に出したりはしないようだ。



「話を戻すぞ。俺たちの同期だと、他には樹里を暗殺しようとした大森。同じ日本人にイジメのような事をしてた連中。そういった奴らの解除まで俺はするつもりはない!」


「え……、暗殺?」


 ん? そいえばこの辺の話は根本にはしてなかったか。

 まあ、こいつの事はひとまず置いとこう。


「……じゃあ、それ以外の人だったら解除してもいいって思ってるの?」


「そこで最初の話にもどるが、解除した事がより悪い結果に繋がるかもしれん」


「どういう事よ?」


「解除した人間が多ければ多いほど、この国の奴らに『実は服従の呪いが解除されてましたー』って事がバレる可能性が高まる」


「それがどうだっていうのよ?」


 ううむ、樹里の奴オウム返しって感じだな。

 これはあんまよくない傾向な気がするぞ。


「少しは自分で考えてみろよ。猛獣につけられていた足枷が外れていたら、お前ならどうする?」


「そんなの付け直すに決まって…………あっ」


「そう。気づかれてしまったら、また服従の呪いをかけ直される。それも、更に強力なのが掛けられるかもしれない。なんせ一度解除されたんだからな」


「ううぅ……」


「それと同時に、他にも解除されている奴がいないかの調査も入るだろう。それで他のやつらも芋づる式に見つかるって寸法だ」


「うううん…………」


「奴らにとって俺たちは国を守る救世主であり、逆にそれだけの力を持った猛獣のようなもんでもある。自分達の制御下から離れる事があるとなれば、再び以前のような極悪待遇に逆戻りする事もありえる」


「………………」


「それと、俺は近いうちにこの国を脱出するので、これより先に召喚されるであろう日本人の解除も勿論出来ない」


「大地さん、その、それくらいでいいんじゃ……」



 むっ……

 樹里の奴、すっかり意気消沈って感じになってしまってるな。

 適当にそれらしい事を並べただけなんだが、予想以上にダメージが入ったようだ。


 だが、俺のした話は別にありえないという訳でもない。

 俺たちが暮らしてた現代と、この国の連中の人権意識なんて相当な差があるんだからな。

 ましてや、この国にはあまり余裕もないことだし。


「……とまあ、これが大まかな理由だ。あとは俺が個人的に、そこまでして解除してやるつもりがないと思ってる事も、理由の一つだ」


 というか、そっちの理由の方がほぼ全部だ。


 俺はどうも樹里のように、同郷だからというだけで見知らぬ他人を助けようなんて気にはなれない。

 俺は完全に性悪説派だが、樹里は真逆で性善説派なんだろう。



「あの、大地さん」


「ん、沙織。なんだ?」


「大地さんのお考えは分かりました。そこで差し出がましい提案なのですが、彼……火神さんなら呪いを解除しても良いのではないでしょうか?」


 お?


「彼なら迂闊な事はしないと思いますし、一人でも呪いを解除した者がいれば、何かあった時に役立つ時も来るのではないでしょうか?」


 ふうむ。

 これまでただ黙って話を聞いてるだけかと思ってた沙織だけど、しっかりと考えていたみたいだな。


「そうだな。俺もそれくらいは想定に入っていた。他にも……あの任務以来、人が変わってきたチャラ男も解除していいかもしれない」


 前回の任務は、精神的なダメージを負った奴が多かった。

 しかしそういうのとはまた違う、悪い意味での影響を受けた奴もいるし、チャラ男のように良い意味で影響を受けた奴もいる。


 悪い意味で影響を受けた奴は……ゴブリンが村人を人質に取ってるのも気にせずに、村人ごと皆殺しにしていくような……そんな奴もいたって話だ。

 当然そういう奴の呪い解除はしたくない。




「という訳で、どうなんだ? 樹里」


「……どうって何の事よ?」


「あのなあ……。途中で話が膨らんちまったが、そもそもは俺たちの旅にお前がついてくるかどうかの話だっただろ?」


「そ、そうだったわね」


「俺はお前の望みに全部答えるつもりはない。だが、沙織の言うように火神やあと他に数名程度なら呪いを解除してもいいとは思っている。解除する奴は厳選させてもらうがな」


「うん……」


 これは……あと一押しか?


「樹里。なんだかんだ言ったが、俺はお前に一番付いて来てほしいって思ってるんだ」


「大地……」


 うっ……。

 言っている事は俺の正直な気持ちなんだが、急激に脇から強いプレッシャーがッ……。

 だが、今更ここで止める訳にもいかん!


「毒を盛られた時のように、お前の事は俺が守ってやる。だから……俺と一緒にきてくれ!」


「大地……。そこまであたしの事を……」


 ううぅ……。

 樹里からの純粋な視線と、脇からの突き刺すようなプレッシャーの板挟みが、とても危険でデンジャラスだ!


「分かったわ! 大地にそうまで言われたら仕方ないわね。あたしもついて行ってあげるわよ!」


「よし、言質取ったからな。じゃあ、さっさと荷物まとめておけよ。出発はこの五連休最後の日辺りの予定だ。俺は予定が出来たから、失礼するぞ」


 樹里の意志を確認できたので、俺はテキパキと段取りを告げて、慌ただしく樹里の部屋から出ていく。


「ちょ、ちょっと……大地? え? ほんとにすぐ出ていくの? なんかあたしに他に言う事ないの!?」


 無駄に高性能な俺の耳が、ドアを閉めたはずの室内の樹里の声を拾っている。

 俺は自分でもよく分からないまま、次の目的地まで早足で移動するのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る