第77話 服従の呪い


「樹里。お前の態度からして、他の連中を置いて行くよりも、俺たちと一緒に行くほうがいい、……という印象を受けるんだが、何故だ?」


「何故って……。今の皆の状況を見れば分かるでしょ? 今後もあれ以上にもっと酷い現場に向かわされて、嫌々戦っていかなきゃいけないのよ? だったらあたしらだけじゃなくて、全員で逃げればいいじゃない」


「それは俺と一緒に着いてきたとしても同じ事だよ」


「えっ?」


 小さく驚きの声を出す樹里。

 思考が一方向に寄ってるせいか、その他の事に目を向けていない感じだな。


「お前達には俺の方から声を掛けたし、その……なんだ。それなり以上に関係は築けているから構わない。だが、他の連中は最悪帝国まで連れていくのはいいとしても、その後どうやって生きていく?」


「それ……は……」


「適正の問題や登録問題があるから、魔甲玉を奪われる可能性は低いかもしれん。まあ、実際はどうなるか怪しいもんだけどな。しかし、帝国に無事着いたとしても、結局は魔甲機装を使って戦う……いや、戦わされる事になる可能性は高い」


「でも普通に……魔甲機装の事を隠して、村人とかになって暮らせばいいんじゃないの?」


「村人……ねえ。お前だけなら魔法も使えるし色々潰しも効くが、他の連中はそうもいかん。農業用の耕運機もない世界の農作業がどんだけきついか知っているか? それに結局領主からの命令があれば、村人だって戦場に駆り出される事もあるだろう」


「…………」


「要するに、下手に帝国に行けたとしても、お前や……火神のような奴でもない限り、今より生活水準が悪くなるだけだ」


 俺が話をしている脇では、根本も深刻な顔をして俺の話を聞いていた。

 恐らくこいつの事だから、俺が言ったような事は既に考えた事もあったんだろう。

 そして沙織の方は…………、うむ。見なかった事にしよう。

 まっすぐ俺の方を見る眼圧がヤバイ。



 ここで俺は敢えて、静まり返った場を動かす事なく、少し時間を開ける。

 その間、樹里は俺の言った事について考えを巡らせているようだった。

 樹里の様子を見つつ、少し時間が経過してから俺は再び樹里に話しかける。


「確かに直近であんな事があったから、今はお通夜ムードになっちまってるが、人間の適応力ってのは意外とバカに出来んもんだ。今は辛く感じても、いつかは慣れていく」


「…………」


「だから、お前がアイツらにそこまで気を遣う必要もない。この世界に呼ばれちまった以上、どうしたって以前の生活には戻れねーんだ。腹を括るしかねーんだよ」


 ……と、ここまで言っても頷いてはくれんか。

 となると、やはりあの事には気づいていると見るべきだな。

 一応探りを入れてみるか。


「……分かった。お前を誘うのは諦めて、俺たち三人で帝国に向かうとする。今話した事については誰にも言わないでくれ」


 そう言って俺は席を立ち、玄関の方へとゆっくり歩きだす。

 沙織はすぐに後を付いてきたが、根本は戸惑った様子で視線を俺と樹里に交互に向けている。



「待って! 行っちゃダメよ!!」


「……行っちゃダメ? それはどういう意味だ?」


「それは……」


 これで確定したな。

 樹里は俺たちを召喚する時に仕組まれていた、服従の呪いについて気づいている。

 これに縛られている限り、脱出は絶対成功しないと思っているんだろう。


「……なんてな」


「え……?」


 詰問口調からの少しお茶らけたセリフに、樹里は一瞬呆け顔になる。

 ドッキリでしたーとスタッフが駆け込んでいった時の、ひっかかった被害者のような顔つきに近い。


「今の反応で確信したが、俺はお前がどうして俺たちを行かせまいとしているのか。その理由を知ってる」


「う……そ……?」


「嘘じゃあない。お前が気にしているのは、俺たちに掛けられている服従の呪いについて、だろ?」


「ッッッ!?」

 

 俺が答え合わせをするように告げると、面白いように樹里の表情が変化していく。

 と同時に、物騒な響きのキーワードが飛び出してきた事で、根本の顔色も一緒に変わっていく。

 沙織は……通常運転だ。

 いや、ほんと沙織が顔色変える事ってあるんすかね。



「何なん……ですか? 『服従の呪い』なんて、物騒な響きですけど……」


 樹里の勧誘に協力する、という役割も忘れ、俺に問いかけて来る根本。

 その表情は、例の素に近い無機質なものへと変わってきている。


「そのまんまの意味だよ。まあ、実際には呪いっていうよりは、召喚時に仕込まれた追加効果みたいなもんだけどな。これのせいで、召喚された日本人は最終的には召喚した側の命令に逆らう事ができないようになっている」


 これまで特に顔色を変えていなかった沙織だが、服従の呪いについての説明をしていくと、微かに表情が変化し始める。


「根本にはこないだ話しただろ? "自殺者も多かった"って。その中には、服従の呪いに逆らおうとした奴や、呪いのせいで絶望して命を絶ったって奴もいたんだよ」


「あれは……そういう事だったんですか……」


 テンションがガタ落ちになっていく根本。

 と、ここで、これまで黙って話を聞いていた樹里が大きな声を上げる。


「そうよ! 大地が何をしようとしても、結局この呪いがある限り、あたしらにはどーしようもないの! どうしようも……ないのよ……」


 ガクリと項垂れながら語る樹里の声は、徐々に小さく力の無いものへと変わっていく。

 樹里のこの様子からして、自力でこの呪いを解除出来ないか散々試していたんだろうな。



「樹里、ちょっと俺に触れてみろ」


「……こんな時に何を言い出すのよ」


「いーからいーから。俺に触れて、魔法かなんかで調べてみろ。お前の事だから、呪いを解除しようと自分でも試してたんだろ? そん時みたいにさ」


 俺が強めに言うと、樹里は渋々といった様子で言われた通り、俺の腕にぴたっと触れてくる。

 そして俺の体の中に、樹里の魔力が浸透していく。


「……これは…………そんな……まさか……?」


 俺は火星人に埋め込まれたガリなんちゃら機関に、樹里の魔力が流れこまないように魔力の流れを逸らす。

 これに触れられると、俺の異常な魔力について一発でバレるからな。


 まあ、それだけで済むならまだいいんだが、下手すると強烈な魔力が逆流して樹里に流れこむかもしれない。

 そうなるとどうなるのかちょっと想像がつかん。


 それと、できるだけ一か所に集めて誤魔化しはしたが、俺の体内の魔力量が多い事には確実に気づかれただろう。

 根本の奴にも、魔力じゃなくて超能力関連で疑われてる気はするし、沙織も沙織で俺の体内のナノマシンに何か感づいているかもしれない。



「分かるだろ? 俺には服従の呪いは掛かっていない。そして、俺はお前達の呪いを解除する事も出来る」


 優しく樹里の手を離させながら、俺は言葉にしてその事実を伝える。

 樹里だけでなく、同じくこの場にいる沙織や根本にも。


「どう……やって……? あたしも散々色々な事を試してみてダメだったのに、どうやって!」


「どうやってって言われてもな……」


 正直、俺自身の呪いは召喚前からカットしちまってただけだ。

 樹里達の呪いが解除出来るというのは、俺自身魔法に関しての知見が増えた事と、召喚された当初から方法を探っていたからに他ならない。

 それと、密かに根本で実験を繰り返していたからな。


「ありがとな、根本」


「え、そこでどうして僕の名前が出てくるんですか?」


「いやあ……。実は密かにお前で呪い解除の実験をしていてな。あ、別に命に危険があるとか、体の中から爆発するとか、そういったアレじゃないから心配しなくていいぞ」


「え"っ…………」


 お、出たぁぁッ!


 根本のプロの声優顔負けの演技!

 っつか、演技じゃなくて、ただ本物のリアクションなだけなんだけど。


「え? 根本も!?」


「ああ。自分だけじゃ不安なんで、近くにいた根本でちょちょいと……な」


 慌てたように、根本に触れてチェックしはじめる樹里。

 その顔からして、結果を聞かなくてもどうだったのか、俺以外の二人に伝わった事だろう。



「これで、呪いについても問題ない事が分かったな? それを踏まえて樹里はどうする?」


 改めての俺の問いかけに、樹里の答えは――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る