第76話 話し合い


「はい、ついていきます」


「えっ? いや、ちゃんと考えた? 即答できる内容じゃなかったと思うんだけど」


「考えるまでもありません。私は大地さんについていきます」



 ……根本と同じ話を沙織にしてみたんだが、こちらが引くほどに迷いなく即答されてしまった。

 まあ、俺も沙織は着いてくるだろうとは思っていたが、こうまで迷いなく返事してくるとは思わなかったぜ。


「そ、そうか……。まあ、まだ詳細は決めてないんだが、それでもここを出るのは早ければ今の五連休が明ける前になる。大分急な話になるんだが……」


「いつでも構いません」


 うっ、食い気味でまたしても即答されてしまった。

 愛なのか何なのかよく分からないが、とにかく……重い。


「わ、分かった。この話はすでに根本にはしてあって、後で樹里にも同じ話を持ち掛けるつもりだ。そん時は宜しく頼む」


 樹里に関しては沙織や根本とは違って、正直一緒に来てくれるかどうか自信がない。

 その樹里の勧誘確率を上げる為にも、先にこの二人に話を持ち掛けておいた。

 根本にも、樹里の勧誘の際にフォローをするように言ってある。


「……そうですね。初めは誤解しておりましたけど、実際に接してみると笹井さんは良い方でしたので、一緒に行けるといいですね」


 百パーセント賛成という訳でもなさそうだが、沙織も沙織なりに樹里の事は認めているようだ。


「そうだな。じゃあ沙織はいつでも出れるように、荷物を纏めておいてくれ」


「はい」


「それと、早速だが今日の午後に樹里にも同じ話をする。根本には既に話を通して同席する事になってるが、沙織も来てくれるか?」


「それは勿論参加致します」


「そうか、助かる。じゃあ午後になったらまた沙織の部屋を訪ねるよ」


「大地さんでしたら、特に用事がない時でもいつでもいらっしゃってください」


「あ、ああ……。機会があったらな」



 最後に、一際プレッシャーを感じながらも言葉を返す。

 沙織と話していると、突然このプレッシャーを発したりするから、気を抜いて話してるとドキっとしちまうぜ。


 だが、これでとりあえず下拵えは完了だ。

 あとは樹里がどういう反応を返すか、だが……。

 まあぶつかってみないと分からんな、この辺は。





 それから俺はこっそり城へ忍び込んだりして用事を済ませた後、午後になってから根本と共に女子寮を訪ねる。

 根本はこっちの建物に入るのは初めてのようで妙に緊張していたが、構わずそのまま沙織の部屋へと直行する。


「お待ちしておりました。では笹井さんの所に向かいましょうか」


「ああ」


 短く返事した俺は、足を樹里の部屋の方角へと向け歩き出す。

 すでに何度か樹里の部屋には行っているので、案内などなくとも問題ないレベルだ。

 女子寮の中は普段より人気が少なく、入口から入ってすぐのロビーにも、一人ボーっと椅子に座ってる女がいた位で妙に静まり返っている。


 石造りの床はカツンカツンという人数分の足音を、静寂に満ちた建物内に響き渡らせていく。

 しかしそれもほんの僅かの間のこと。

 すぐに俺達は樹里の部屋の前へとたどり着く。


 コンコンッ……。


 俺がドアをノックすると、少し間が開けて中から声が返ってくる。


「……誰?」


「俺だ、大地だ。お前はもう包囲されている! 無駄な抵抗はやめ、大人しくドアを開けるんだ!」


「はぁ……、大地ったら何言ってるの…………って、二人も一緒だったの?」


 呆れた様子でドアを開けた樹里は、そこに俺の他に根本と沙織がいる事に驚いている。


「どうも、こんにち……は」


「こんにちは、笹井さん」


「あっ、えっ? こんにちは……」


 二人に挨拶をされた樹里は、反射的にこちらも挨拶を返す。

 うむ、その辺りは大変日本人っぽいな。


「今日はお前に話があってな。……中、いいか?」


「うっ、ちょ、ちょっと待ってて!」


 何やら慌ててドアを閉めて、中へ戻っていく樹里。

 部屋の中からはがさごそと音が聞こえてくる。


「ふぅっ、ふぅっ……もういいわよ!」


 部屋の前でしばし待たされた俺たちは、部屋主の呼び声を聞いて、部屋の中へと進入していく。

 元々現地の人用に作られた建物なので、玄関部分には靴入れや段差などもないのだが、そこは日本人らしくきちんと玄関で靴を脱いでから、中へと入っていった。



「で、何なのよ? 皆してあたしの部屋までくるなんて」


「ああっと、僕らは付き添いというなんというか……」


「私達は大地さんの付き添いできたんです」


「大地の?」


「そうだ。お前に話があってな」


 樹里の注意が俺に向いたのを感じ取り、早速話を切り出す。


「……話ってなによ?」


 樹里もいつもとは何か違うという事を感じ取っているようだ。

 微かに身構えた様子で俺に尋ねてくる。


「俺は……そこの二人と一緒にこの国を脱出して、西にあるという『帝国』へと向かう。だからお前も……ついてこい」


「……それって本気で言ってんの?」


「本気も本気。本気と書いてマジって読む位にはな」


「この四人で逃げ出そうって訳? 他の人はどうすんの?」


「誘うのはお前達だけだ。他の連中はこれまで通り、この国で魔甲騎士として過ごしていくだろう」


「彼らを置いていくっていうの?」


「そうだ」


「………………」



 そこで樹里は一旦質問を止めて黙り込む。

 眉間に皺を寄せ考えこんでいるその姿を見るに、やはり素直についてこないという俺の予想が当たっていたようだ。


「あたし……は、勉強とか得意ではないけど、こっちに来て色々学ばされた事があるわ。これまでも、魔族の国を超えて帝国を目指した人たちはいたけど、誰一人たどり着いた人はいないって」


「確かにそう言っていたな。だが、それを鵜呑みにするのはよくないぜ」


「どーゆー意味よ?」


「この周囲を敵国で囲まれたノスピネル王国としては、人の大量流出は避けたい。下手に帝国へと渡る為に、多勢の人が難民のように押しかけていったら困る訳だ」


「…………」


「俺が調べた所、城の中には帝国と通信するための魔法装置はあった。古いものだが、今でもかろうじて通信する事はできる。だが、実際に帝国に辿り着いた連中がいたとしても、それを正直に民衆に伝えれば、後に続くものがでてくる」


「つまり、実際には帝国まで辿り着いた人はいたってこと?」


「そこまでは確認とれてないが、少人数の集団ならそれほど目立たず通り抜けることも、不可能ではないさ」


「そうですよ。それに僕らは全員魔甲機装が使えるじゃないですか! こないだの任務は最悪でしたけど、魔甲機装での移動速度は笹井さんも体感したはず……」


「そうですね。魔甲機装があれば、荷物だって持ち運びできますし、決して無謀な旅ではないと思いますよ」


 うむ、前もって頼んでおいた通り援護射撃が飛んできたな。

 しかし、樹里の表情は相変わらず冴えないままだ。



「……でも、あたしはここにいる人たちを置いて、自分達だけ逃げるつもりはないわ」


「樹里。俺が最初に言ったのは『脱出』であって、『逃げる』ではない」


「どう……違うってのよ?」


「つまりだな、望ましくない何かしらの原因があって、そこから離れたり遠ざけたりする事が『逃げる』って事だ」


 そこで俺は根本と沙織へ軽く視線を這わす。


「そこの二人は知らんが、少なくとも俺はこのファンタジーな世界を楽しむために、西にあるという帝国に向かう。『逃げる』んじゃなくて、俺が『行きたい』から行く」


「でも……他の人達を置いていくことは変わらないんでしょ?」


 樹里の言う『他の人達』ってのは、野外実習以来仲良くなった女達を除けば、ほとんどがおまえに良い態度を取っていない。

 それだってのに、やはりそいつらの事を気にかけるんだな。

 まあ連中の態度は、樹里の元々の態度にも原因はあったんだが……。


 さあて、どう説得したもんか。



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