第75話 語られる裏事情


 根本は"矯正"について興味を示しているようなので、少し話してやる事にした。

 まあ、誰でもそんな物騒なワードを聞けば、気になるのも当然かもしれんが。


「最初に言ったように、元々は教官たちが話していたのを聞いたんだよ。で、その後に俺の方でも独自に調査してみた」


「調査って……。影でそんな事してたんですか?」


 おう、俺は色々影で動いてるからな。

 魔甲機装の事などについても、城の奥にまで侵入して色々調査済だ。


「俺の事はスーパーニンジャと呼んでくれ」


「……で、そのスーパーニンジャさんはどういった情報を入手したんですか?」


 むう、ノリの悪いやつだな。

 樹里だったらもうちょっと反応を示してくれるのに。


「あー、その前にまず、この世界には俺たち以外にも召喚されている連中がいるのは知っているな?」


「それは知ってますよ。今回の指揮官もそうですよね」


「うむ。俺たちの時は大規模な召喚陣が組まれていたが、それまではせいぜい一人か二人。多くて八人くらいといった感じで召喚されていた」


「はぁ……そうなんですね」


「余り関心がなさそうだな?」


「それは……まあ。あの二人以外、直接目にした訳でもないので……」


「だが彼ら先人がいた事によって、今の俺たちの優良な環境が実現している」


「優良? ……それは、どういう意味ですか?」


 眉を顰めて問い返してくる根本。

 どうやら、少しは興味が沸いてきたようだな。

 ならササッと大筋の部分を話しておくとしよう。



「最初に日本人が召喚された頃は、扱いが奴隷と変わらなかったんだよ。召喚した日本人はミドルクラス以上の適正がある事が多い。だから、最低限の訓練だけしてさっさと戦場に送り、戦死するまで使い潰された」


「…………」


「しかし、中には精神的に病んでしまって、使い物にならなくなる事も多かった。自殺者も多かったようだしな。そこで開発されたのが"矯正"という、魔法と薬による人格改造だ」


「そんな事が……あったんですね」


 根本もようやく自分の今の立場が実は最悪ではなく、これでも改善されたものだとに気づいたようだ。

 まあ、別に知らなければ知らないで良いような情報かもしれんが。



「そうした日本人の境遇を大きく変えたのが、三英雄の一人。オツァーガリュースイの使い手の女だ」


「三英雄って、今回の指揮官の人と、あのちょっとアレな人がそうでしたよね?」


「ああ。だがあの三人の中だとその女が一番の古株だ。他の二人は彼女の影響を受けた後に召喚され、それほど厳しい待遇は受けていなかったと聞いている」


「なるほど……」


 とりあえず、"矯正"に関しての話には納得したらしい。

 しかし俺は続けて話をしていく。



「とまあ、"矯正"についての話は以上だ。まあ、召喚された側としてはふざけるなと言いたい所だが、この国の状況からすると理解は出来る」


「……それはつまり、それだけこの国が逼迫しているという事ですか?」


「そうだ。一応国という大きな集団であるから、十年や二十年で滅びるという事はないだろう。ただ、百年、二百年後にこの国が存在しているかは怪しいな」


「でも……巻き込まれる側からしたら、そんなの関係ないですよ」


「それもそうだ」


 持っていき場の無い感情が、根本のギュッと握っている右手に力を与えている。

 やはり根本はこの世界に召喚された事に、不満を持っているんだろうか。


 同じ召喚された日本人の中でも、最初はそれなりの割合で召喚された事を喜んでる奴らもいた。

 最初に魔甲機装というエサが与えられたのもでかいだろう。


 しかし、今時点だと召喚された喜びを維持できてる奴は少数だ。

 まあ俺もなんだかんだで、その少数に含まれる訳だが……。



「大地さんは、この国の状況がよくないから、危険を覚悟して帝国へ向かう事を決意したんですか?」


「いや、そんなんじゃねーよ」


「では一体……?」


「お前らには悪いが、俺は今の状況を楽しんでいるんでな。帝国に向かうというのも、単に異世界を色々見て回りたいとか、そういうしょーもない理由だけだ」


「そんな……理由で、死地に赴くというんですか?」


「死地だあ? 俺からすりゃあ、別にただの修学旅行と変わんねーよ」


 この国の人々は、魔族国を抜けて帝国に向かう事がどんだけ無謀な事かを知っている。知らされている。

 根本はそれにちょいと毒されすぎてる気がするな。


「それにさっきも言ったが、別にこの国がやばいっつっても、すぐに崩壊する訳でもない。しかも俺達は魔甲騎士なんだから、待遇もいいし、やばい相手がでなきゃ死ぬ事もあんまりない」


「あんまり……なんですね」


「なんつーか、漫画とかゲームの世界だとよくあるだろ? 強さのインフレっていうか、やたらと強さに幅があるという奴。俺たちのいた世界では数は力だったが、この世界では個が数を凌駕する事がある」


 この世界の人達も、平均的な国民は元の世界の奴とそう変わりはない。

 しかし、そこに魔法やらプラーナが関わってくると、個の能力が足し算ではなく掛け算で強くなったりする。


「ほら。俺たちが最初に着装した時に、暴れた魔甲機装を生身で止めたオッチャンいただろ? あいつとか、ガムシャータイプのむさ苦しいオッサンとかは、プラーナという気功の使い手だ」


「ああ、それは耳にしたことがありますね。習得するのは難しいけど、使えるようになると超人になれるっていう……」


「そう。だが、それは俺たち人間だけじゃなくて、魔族も同じだ。ゴブリンはともかく、オークとかオーガの中でプラーナを使える個体ってのは、普通に魔甲機装を屠る事もあるらしいぞ」


「実際に僕もあの時見てましたからね……」


 なんだかんだで、この世界に来てから数か月は経ってしまっている。

 それでも召喚された当初に見た、小さな人間が巨大ロボを吹き飛ばす光景は、根本の脳裏にしっかり焼き付いているらしい。


「ちなみに生身の状態の沙織でも、ロークラスの魔甲機装なら倒せるんじゃねーかな?」


「え"っ…………」


 まるでプロの声優の演技のように、たった一言で感情を俺に伝えてくる根本。

 ううん、別に言ってる事はデタラメではないんだが、こいつのこういった反応を見るのは楽しいな。


「だから、沙織に関しては本気で怒らせないことだな。じゃ、そろそろ出発らしいし、今日の話はこの辺にしておくぞ」


 そう言って俺は集合場所へと向かう。

 根本はしばしその場で棒立ちしていたが、やがて我に返ったのか、慌てて集合場所へと走り出した。






 

 あの後、途中で休憩を挟みつつ、何時間も魔甲機装で移動を続けた結果、俺たちはその日の内に王都へと帰還する事が出来た。

 それもまだ日が暮れる前であり、今まで通りであれば、訓練後に市民街に繰り出しにいく奴なんかもいたような時間帯だ。


 しかし陰惨な実戦と、息の詰まるような土木作業を終えて帰ってきた彼ら日本人達は、その多くが宿舎へと引き篭っていった。


 楽しい旅行や日帰りで遊園地などに行った後なんかも、同じような行動をする事はある。

 しかし、今回は精神的に来るものがあったので、翌日以降に彼らがどうなっていくか予想がつかない。


 一応、任務を達成したという事で、これから五日間の休息は与えられている。

 だからといって、「わーい休みだー!」と遊びにいく元気のある奴は皆無だ。



 五日間の休息……。


 この間に準備を整えて、行動を起こすとするか。

 となると、まずは……。


 俺はこれからの予定を考えつつ、久々の自室へと戻った。



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