第74話 根本への勧誘
俺たちが『アトラ村』へと到着し、樹里と再会してから更に二日後。
最後の部隊Aのメンバーもこの村に到着した。
火神率いる部隊Aも人的損害はなかったが、見た所精神的にやばそうなのはいた。
予想してたのとは違う形でのやばい奴がな。
「…………」
しかし任務に向かった奴らが軒並みこんな状態で、これから先どうするんだろうねえ。
使い物にならなそうな奴が多いけど、片っ端から"矯正"を施していくのかあ?
そんな俺の不安をよそに、しばらくこの村での復興作業の手伝いは続いた。
予め準備はしてあったようで、『アトラ村』の最寄りにある『レレライル』という街に、資材の輸送を発注してあったようだ。
俺達はその運ばれてきた資材を元に、力作業が必要となる場面でとにかくコキ使われた。
初めは休みを取っていた奴らも、徐々に作業に従事させられる。
といっても肉体労働というよりは、特殊車両を操作する土木従事者といった感じなので、肉体的な疲労は少ない
魔甲機装が一つ所にこんだけ集まるというのは、相当大きな戦いでないとありえない。
それは戦闘に関してだけでなく、こうした土木作業においても大きな成果を発揮する事が可能だった。
「ようやく帰れるんですね……」
根本が疲れ果てたサラリーマンのようにぼそりと呟く。
あれから一週間ほどこの村で作業を続けていた俺たちだが、その一週間で今できる作業は殆どなくなってしまった。
そこで俺らには帰投命令が下された。
この一週間の作業は、内容的には別にキツイものではなかった。
作業自体は魔甲機装があるので、時折休憩を入れれば身体的な負担は少ない。
それに俺たちがこの村に到着した時には、すでにこの村の死者は粗方火葬された後だったので、そういった面での負担もなかった。
「辛気臭い帰り道になりそうだけどな」
この一週間はある意味リハビリというか、別な事をすることで気を紛らわすには良かったと思う。
そしてこれから王都へと帰る間は、黙々と魔甲機装を走らせ続ける事になりそうだ。
「それも仕方ないんじゃ……ないですかね」
そう言う根本だが、最初のころよりは大分マシになっているように俺には感じられる。
まだ精神的に落ち着いてない奴もいる中、根本は切り替えが早いと言えるだろう。
……話を切り出してみるか?
辺りには他に誰もいない。
話すなら今がチャンスだ。
「根本、話があるんだが……」
「……何でしょう?」
俺の態度がいつもと違う事に気づいたのか、根本は一瞬遅れて俺に尋ね返してくる。
「お前、俺と一緒にこの国を出ないか?」
「え……」
何を言ってるか理解できないといった根本。
まあ、突然こんな事言われりゃあそうなるわな。
「あー、誤解すんなよ。俺たち二人だけじゃなくて、あの二人にも声を掛ける予定だ」
「あの二人……。笹井さんと一色さんですね?」
「そうだ」
最初にお前に声を掛けたのは、丁度タイミングが良かった……というのもあるが、お前なら話に乗って来るんじゃないかと思ったからだ。
まあ、そんな事は口に出しては言わないが……。
「……この国を出てどこにいくんですか?」
「西に向かう」
「西って……。魔族の……確かゴブリンの国がある方角ですよね?」
「そうだ。そして帝国のある方角でもある」
「帝国って……、まさかあそこまで向かうつもりなんですか? 間には魔族の国が幾つもあるんですよ?」
「なあに、俺がいれば問題ない」
「大地さん、あなた…………」
根本が訝し気な視線を俺に送る。
今の根本は恐らく大分素に近いんじゃなかろうか?
いつもの八方美人スマイルではなく、酷く冷静で合理的に物事を考えているかのような……そんなツラをしている。
「いいか? お前を誘うのはこれが最初で最後だ。よーく考えて判断してくれ。俺と一緒に帝国に向かうか、それともこの国でいいように使われるか」
「……一つ質問してもいいですか?」
「んーー、そうだなあ。よし、なら一つだけ質問に答えてやろう」
「ありがとうございます。では質問ですが……、勝算はあるんですか?」
「ある」
「それは一体どのくらいの確率ですか?」
「残念だが、質問は一つまでだ。その質問には答えられんなあ」
「なっ……」
俺の答えに間抜けな表情を浮かべる根本。
だが俺は気にする事なく、何やらブツブツ独り言を言い始めた根本の答えを待つ。
「………………」
「そろそろ答えは出たかあ?」
俺が話を持ち掛けてから五分ほどが経過した。
その間、根本の頭の中では色々な損得計算が浮かんでは消え……といった感じだったんだろう。
まるで、ポーカーのテキサスホールデムでキング二枚を引いて強気にベットしたら、相手からオールインが返って来た時のような迷いっぷりだ。
「決め……ました……」
「おお、そうかそうか。それで結論は? 別に断ったからといって、咎めはしないぞ」
「大地さんと一緒に着いて…………いきます」
「……ファイナルアンサー?」
「えっと……? ふぁ、ファイナルアンサーです」
「……………………」
俺が妙に間を作ると、根本が不安そうな表情を浮かべ始める。
もしかしたら、根本のいた日本にはあの番組がなかったか、根本が普通に知らない可能性があるな。
まあ、かくいう俺も昔のテレビ番組特集で見たくらいで、リアルタイムで見てはいなかったけど。
「………………正解!!」
「えっ……? 正解って、何が正解なんですか?」
うむ、見事に動揺しているようだな。
まあこれで根本は引き込めたとみていいだろうから、幾つか情報は出すか。
「これで迷う事なく誘いを断るようなら、それはそれでそっちが正解だったのかもしれん。けど、お前は迷った末に着いてくる方を選んだ」
「そう……ですけど、それが何か関係あるんですか?」
「悩む……という事は、現状に納得していないという事だろう?」
「それは……皆そうなんじゃないですか?」
「どうだろうな。人間ってのは劣悪な環境だろうが、ある程度は慣れてしまう生き物だ。少なくとも魔甲機装って戦力があれば、戦場で死ぬ可能性は低くなる。魔甲騎士であれば、生活にも困らない。それなら安定した生活を取る奴の方が多いんじゃあないか?」
「でも……今回のゴブリンとの戦いは大分堪えたと思いますよ」
「うむ……そうだな。もしかしたらまた脱落者が出るかもな」
「脱落者って、もしかして清水さんの事ですか?」
……清水?
ああ……、あの女の名前か。
そういうのさっぱり気にしてなかったから、名前言われてもすぐに気づけなかったわ。
清水という女については、日本人の間でもよく話題にされていた。
精神的に大分不安定になっていたから、専用の施設に送られた――そう日本人には説明されている。
「そう、その清水某さんだ。今頃はどこぞで戦いに繰り出されてる頃だろう」
「戦い……ですか? でも彼女は施設に送られたって……」
「ああ。"矯正"施設に、な」
「何……ですか? その"矯正"施設って……」
根本の表情がまた素の表情に戻ってきている。
重要な話をしている時は、いつもの建前のような表情が上手く維持できないようだ。
「その名の通り、"矯正"するんだとよ。魔物が怖い! 魔族と戦うなんて無理! って言ってる奴も、"矯正"を受ければあーら不思議。すぐにも魔族とガチンコバトルが出来るようになるって寸法だ」
「……その情報はどこから?」
「俺が最初に聞いたのは、お前も近くにいた時だったぞ」
「えっ?」
「ほら、最初にお前がサイコパス発動して、ゴブリンを殴り殺していた儀式の日。あの日清水某さんが、ゴブリンにボロクソにされていただろう?」
「はい、勿論それは覚えてますけど……」
「あの後、教官連中が話しているのを耳にしてな。そこで"矯正"って言葉が初登場したって訳だ」
「……僕の記憶にはないんですけど、本当なんですか?」
根本は俺を疑うというよりは、その日の事を詳しく思い出せない事をもどかしく思っているようだ。
「まあ記憶にあっても意味ないだろう。教官たちは現地語で話していたからな」
「え、現地語ですか? って、大地さんは彼らの言葉が分かるんですか?」
「当然だ。恐らくだが、沙織もある程度以上理解してると思うぞ」
「当然って……。そんなの初耳……ですけど」
「まあ、俺も沙織も言ってないからな。沙織は実際はどうだかは確認していないけど」
根本は驚きの連続で、すでに素の表情から偽りの表情に切り替える事も忘れてしまったようだ。
俺としては、今の根本の方が付き合いやすい気はするんだが……。
「奴ら、俺たちが現地語を覚えるという発想がない……事もないんだろうけど、この短期間で言語を覚えられるとは思ってないようでな」
「それはそうでしょうね。なんだかんだで毎日訓練なんかもありましたし、みんな好き好んでここに来た訳でもないですから」
「そう。だから、奴らは結構俺達の前で俺たちに知られるとマズイような事を、平気で現地語で話していたぞ」
「それは……」
根本はなんとも言えない顔をする。
そして気になる事を思い出したのか、俺に質問をしてきた。
「ところでその"矯正"についてですけど……」
全ての情報を今ここで明かすつもりはないが、俺はもう少しだけ根本との話を続ける事にした。
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