第56話 矯正?


「ウオオオオォォッ!!」


 自分を奮い立たせるように声を上げて、斧を持った男がゴブリンに向かっていく。

 斧の武器はボーシュタイプが使用するものだが、ボーシュタイプの場合は武装した時に盾も生み出す事が出来る。

 今突進していった男も斧と盾を手にしていた。

 この辺は人それぞれで、盾は邪魔だと両手持ちの斧で戦う奴もいる。


 実はマンサクも鍬だけじゃなくて、鋤も武器として生み出せるのだが、形状的に攻撃に向いていそうな鍬の方を皆は使用していた。

 この二つって漢字だとどっちがどっちだか分からなくなるよな。


 話を戻すが、先ほどの男は盾を前面に押し出し、体を隠すようにして突進していく。

 そしてそのまま盾とゴブリンが衝突し、そこで今気づいたかのように斧を振り下ろす。


 途端にゴブリンからはうめき声が漏れるが、男の方はその声も聞こえていないのか、ひたすらに斧を何度も振り下ろしていた。


「そこまで!」


 教官が静止の声を掛けると、男はがっくりとうなだれたまま舞台袖へと戻っていく。




 すでにこの儀式のようなナニカは後半戦を迎えていた。

 その内、先ほどの男のように取り乱す者も何名かはいたが、中には暴力を振るうのが楽しいといった様子の奴も混じっている。


 出身世界は微妙に違うかもしれないが、これまでは同じ日本人として一緒にやってきている。

 そうした仲間意識が芽生えてきたような段階で、突然そのような狂態を見せられてしまい、思うところがある奴もいるようだ。


 別にこの程度なら極限状態って訳でもないけど、そういった状態になると人の本性ってのが出てくるようだ。

 あ、ちなみに沙織はふつーに槍で突き殺してたし、樹里もなんだかんだで訓練はきちんと行っていたので、ゴブリンを数度切りつけて止めを刺していた。


 大森の事であんなに取り乱してたので、意外に思った俺は樹里にゴブリンを殺るのに戸惑いはないのか尋ねてみた。

 すると、


「うーーん、そうねえ。あたしがいた世界だと、特定の条件が重なった場所とかで、ああいった奴が現世に迷い出る事があったのよ。他にも魔法師が異界から呼び出して使役していたりね。そーゆーのと戦ったりしてたから、そんな気にはならないかな?」


 と言っていた。

 特定の条件ってなんだよって思ったが、今となっては樹里のいた世界に戻れる可能性も低い。

 聞いても無意味だろうと、俺はそれ以上深く追求はしなかった。



 そうこうしてる内に、ゴブリンとの戦闘は後残すところ数人といった所になっている。

 これまでの統計的には、青い顔をしていつもよりぎこちない動きでゴブリンを殺していくのが六割。

 取り乱した様子でゴブリンを殺していくのが二割。

 楽しそうな様子なのが一割で、残りはその他って所だ。


 今ゴブリンとやり合ってる奴は、"その他"の一人に分類される。


「いたっ、や、やめて……」


 よほど気が弱いのか、目の前にゴブリンが迫ってきているというのに、その女は床にへたりこんだままだった。

 それをゴブリンが見逃すはずもなく、子供のような背丈でありながら、子供よりは若干力が強いゴブリンの攻撃に晒されている。


「どうした!? そのままでは無駄にケガをするだけだぞ! 立てッッ!」


「ううぅぅ……、もういやぁ……。日本に帰してえええぇぇ!!」


 ゴブリンは泣き叫ぶ女に興奮しているようで、一物をギンギンにさせながら殴り続けている。


 背丈は子供、アソコは大人!


 とか冗談言ってる状況ではなく、余りに興奮してしまったせいか、別の意味で女に襲い掛かろうとするゴブリン。


「チッ」


 それを見て流石に教官も動きを見せ、一瞬でゴブリンの首は撥ねられる。

 一瞬遅れてドサッという音と共に、女の傍の闘技場の床へとゴブリンの首が落ちた。


「お前はもう下がっていい」


 教官が女にそう告げるが、女はその場を動こうとしない。


 業を煮やした教官が力づくで連れていこうとすると、沙織が前に出て教官に訴え出る。


「彼女は私が連れていきますので」


「そうか、任せた」


 教官の許可を得て女の元まで駆け寄った沙織は、少し迷った素振りを見せた後に、お姫様抱っこの状態で女を連れだした。


 ……俺は五感が強化されているので、最初の時点でも異臭に気付いていたんだが、やはり床の方にも痕跡は残っているか。

 沙織もどうにかしようとしたようだけど、あの場面では他にどうしようもないだろう。

 なので、せめて他の人から離れた場所へとでも考えたのか、沙織は女を抱えて移動していった。


 その場に残された跡だが、この舞台袖からは若干距離があるので、床が濡れている事に他の連中が気づいていない可能性はある。


「……しゃあない」


 別にその女とは特に話をしたこともなかったんだが、武士の情けだ。

 俺は水たまり部分の水分を魔法で蒸発させ、しかる後に消臭の魔法もかけて後始末をしておく。


「ん? なんか……今……?」


 おおっと、こっそりやったつもりだけど、樹里が魔法使用時の魔力に微かに反応しちまったな。

 魔法を掛けた場所が少し離れてたから、ちょっと魔力を隠すのをミスったみたいだ。



『……かもしれんな』


 ん?

 後始末に集中してる間に、教官の二人が何やら小声で話をしていたようだ。

 タイミング的に気になったので、盗み聞きしてみよう。


『もう少し様子を見て、ダメそうだったら"矯正"……か』


『ゴブリン一匹殺すのにあの様子では、そうなる可能性は高いな』


 ぬぬぬ?

 なんか不穏なワードが飛び出したな。

 それって間違いなくさっきの女の話だよな?


 "矯正"ってのはなんだ? 自己啓発セミナーみたいなのに参加でもさせんのか?

 んー、それとも召喚時に施されていた服従の機能でどうにかするのか?

 でも『強制』ではなく『矯正』だと言っていたから、やっぱ別の方法か?

 日本語だと同じ読みだけど、この世界の言語では勿論違う発音だからな。

 意味をはき違える事はない。


 このゴブリンを使った儀式のような何かは、ああいった奴を早めに見つけ出す為に、やっているのかもしれない。




 その後、残り数人となった儀式は滞りなく進んでいく。

 結局、この立派な舞台では他の戦闘訓練をする事もなく、訓練はこれにて終了した。


 その日の男性宿舎での夕食時、幾人か食堂に降りてこない連中もいたが、二日もすればそういった事もなくなって、食事時に姿を現わすようになっていく。

 ただ、まだ若干引きずってる奴もいるようだ。


 このゴブリンとの戦闘訓練は、再度行われる事はなかった。

 恐らくだが捕虜? のゴブリンの数に余裕がなかったか、捕らえてくるのが面倒だとかそんな理由だろう。


 その代わり、訓練はまた一段階先へと進む事になったようだ。

 いつものように訓練開始前の教官の話で、訓練の内容が告げられる。

 それを聞いて、日本人たちの間に緊張が走るのを俺は感じていた。



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