第57話 野外実習
「今日からお前らには王都の東にある、バンダリンの森で魔物狩りをしてもらう!」
冒頭の教官の言葉から、既に何人かは嫌な予感を感じ取っていたようだが、教官は構わず話を続けていく。
「バンダリンの森には魔物が住み着いているが、ゴブリンやまんまるネズミなどの大した魔物しか生息していない。お前らの訓練にもってこいの相手という訳だ」
まんまるネズミって何ッスかねえ。
キュインキュインと回ってから加速する、画面内を駆け巡る青い奴の事か?
「一応我々も同行するが、基本的に手助けはせん。だが、お前たちは一般兵の訓練は受けていないので、野営のやり方などはその都度指導する! 出発は今からで、期間は一週間。期間中は魔甲機装の着装を禁止とする!」
え、泊まりなの?
しかも今から出発って、昔のテレビ番組の企画じゃないんだから、急すぎるだろ。
着装禁止というのは……まあ、相手がゴブリンとかだから逆に着装状態だと過剰戦力になりそうだから理解は出来る。
辺りを見渡すと、他の奴らは突然の教官の言葉に戸惑っている奴が多い。
そんな中、火神の奴がスッと手を上げる。
「む、火神。何か質問か?」
「ああ。教官殿は今からと仰ったが、我々は何も準備をしていない状況だ。準備をする時間を頂きたい」
「それはならん。というより、最低限の野営用具と食料はこちらで用意する。お前たちは、今手にしている武器があれば十分だ」
「……そうか」
その有無を言わさぬ言い方から、これ以上言っても話は通らないだろうと思ったのか、大人しく火神は口を閉じる。
「他に質問のある者はいるか!? …………いないようだな。では、早速バンダリンの森に向けて出発する。まずはこの間とは逆の、北東門へと向かうぞ!」
そう言って教官は颯爽と歩きだす。
まるで学外行動時に生徒を引率する教師のようだ。
というか、あの教官が質問あるか? って言っても、まともに質問を出来る胆の据わった奴はそうそういないんだよなあ。
見た目がゴツい上に声も大きいから、つい飲まれてしまってる奴が多い。
その中でも例外が火神や沙織、それから樹里も割とズケズケと言う方か。
ちなみに俺はあんまそういった事はしていない。
あんま教官連中に目を付けられたくはないからな。
「なんだか大変そうな展開になってきましたね」
ズンズン先へと進む教官の後を慌てて追いかけた俺達は、今は町中を横断するように東の方へと歩いている。
今までもそうだったが、こうした移動の時には整列して歩けだの、私語を注意したりなどはされない。
まあ、よっぽど騒がしくしていたら注意されるとは思うが、こうして根本が話しかけてくる程度ならとやかく言われた事はなかった。
「当然ではあるが、段々実戦的になっているな」
「ですが、私たちが実際に現場で戦う時は着装状態で戦うハズ……。教官は着装禁止だと仰ってましたが、それで意味があるのでしょうか?」
「そうですねえ。実戦経験を積ませたいからとか?」
「フンッ! ゴブリン位ならこてんぱんにしてやるわ!」
いつの間にか、根本だけじゃなくて沙織や樹里も集まってきていたようだ。
俺も三人の会話へと加わる事にする。
「根本の言ってる事は良いセンいってる気はすんな。こないだのゴブリン殺しの奴は、その第一歩って事なんだろ」
「間にクッションを挟んだって事ですね。確かに、いきなり森で戦わされるよりは良さそうですが……」
俺を含んだこの四人の中では一番あの儀式に堪えていたせいか、少し苦み走った顔で話す根本。
「まあ、今回の相手は魔族のゴブリンじゃなくて、魔物のゴブリンだからな」
魔物のゴブリンでも、切りつければ血も噴き出るし、切った時の感触などに大きな違いはないらしい。
だが、殺してしまえば体から飛び散った血や肉片も一緒に消える。
ある種ゲーム感覚な奴らなので、実戦に慣れていくにはもってこいの相手かもしれない。
「でも倒しても経験値はもらえないんですよね」
「そんなゲームチックな世界だったら、この国も魔族の脅威に怯える事はないんじゃないか? なんかそんな世界なら勇者とか出てきそうだし」
「ゲームだったらあたしが魔法師で、一色が武闘家ってとこかしらね」
「じゃあ、俺は何なんだ?」
「ええっ? ……そうねえ、大地は特別に勇者にしてあげるわよっ!」
おっ?
俺ってそんな勇者っぽい感じなのかあ?
どっちかっつと、勇者より魔王のが性に合ってそうなんだけど。
「じゃあ、それだと僕は何になるんでしょう?」
「お前は商人でいいだろ」
「え、商人って……。一人だけ戦いとは無縁そうですけど」
「そんな事知らん! 文句なら開発者に言ってくれ」
実際、ふざけた職業の遊び人は賢者に転職できるというのに、商人は戦闘では役に立たんからな。
イベントで必要なら他にもやり方はあっただろうに。
と、そんなどうでもいい話をしている内に、北東門へと到達したようだ。
門の所では、教官が何やら門番の兵士と話している。
近くには恐らく教官が言っていた、テント用品や食料などが積まれた荷車が置いてある。
肝心の荷を引く動物の姿が見えないが、俺達で分担してあの荷物を持っていくのだろうか?
「って、お前が引くのかよ!」
「……なんか凄いですね」
俺達の視線の先では、三十人分以上の荷物を積んだ荷車を引く教官の姿があった。
別に自分達の食料なんだろうし、俺達に分担させて持たせてもいいとは思うんだが……。
「フンッ! ……フンッ!」
鼻息荒く荷車を引いている教官は、当然というべきかプラーナを使用している。
もしかしたら、あれは親切心でやってるんじゃなくて、ただの自分の訓練の為にやってるのかもしれん。
「あの方。見た目は厳しそうに見えますが、性根は優しい方なのかもしれませんね」
沙織は見た通り好意的に捉えているみたいだけど、実際はどうだかなあ。
「でもさー。わざわざ生身で運ばなくても、着装して運べばもっと楽なんじゃないの?」
「あっ」
樹里のもっともな言葉に、思わず声を上げる沙織。
うん、まあそういう事もあって、あれは単に自分の訓練の為なんじゃないかと思う訳だよ。
俺としては、教官の性格なんかは別にどーだっていいと思ってるんだけど、ああして常に自らを鍛える事に余念がない姿勢は、少し見習ってもいいかもな。
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