第55話 イニシエーション


「……まずは俺から行こう」


 結局最初に名乗りを上げたのは火神だった。

 誰も立候補しないようならば、自分が出ようと決めていたような感じだ。


「まずはヒカミ、お前か。では他の者は離れた場所で観戦しているように!」


 教官の指示に従い、俺達は一歩下がった位置で見守る事になった。

 ゴブリンを連れてきた兵士が、足枷の錠を外していく。

 その間ゴブリンは他の兵士に取り押さえられている状態だ。

 そしてゴブリンの足枷を取り外すと、兵士達は一目散にその場を離れる。

 残されたのは剣を手にした火神とゴブリンだけだ。


「では行くぞ」


 戦闘開始の合図などはなく、火神は何の気負いもないような足取りでゴブリンへと近づいていく。

 子供の背丈ほどのゴブリンにとって、百九十センチ近い火神はまるで壁のように見えているはずだ。


 だというのに、ゴブリンは奇声を上げながら火神へと素手で襲い掛かっていく。


「…………」


 その何の工夫もない突撃に、火神は僅かに眉を顰めると、手にした剣を自然な形で前に突き出す。


「GYBCB!」


 突き出された剣を避ける事も出来ず、ゴブリンの胸部……人間でいう所の心臓がある部位を突き刺した火神。

 特に何か言うでもなく、そのまま火神は剣を引き抜くと、後にはドサッというゴブリンの倒れる音だけが聞こえてきた。


「流石火神、見事だ」


 初めて……多分初めてだよな? の実戦だというのに、火神はまるで歴戦の戦士の如く、あっさりと哀れなゴブリンを屠って見せた。

 火神の突き刺した胸部からは、緑色の血が流れている。

 それを見て、顔が青ざめている奴が何人かいた。


「見ての通りだ。背丈も低く、知能も高くはない。落ち着いてやれば倒せる」


 火神…………。


 恐らく他の連中にとって、問題はそういった問題ではなく精神的な面だと思うんだけどな。

 一人口元を抑えて気分悪そうにしてる女もいるし。

 でもまあ、あれも火神なりに皆を思っての事なんだろう。


「次は誰だ?」


 教官が早速次に戦う奴を求めてくる。

 うーん、なんか今のを見て、ますます周りの連中の士気が下がってる気がするぞ。

 めんどくせーからさっさと終わらすか。


「次はお……」

「つ、次は僕に行かせてください!」


 俺が立候補しようとすると、丁度同じタイミングで根本の奴が声を張り上げた。

 奴にしては珍しく緊張気味のようだ。


「えっ、あっ、大地さんも……ですか?」


「ん、いや、別に俺は後で構わんぞ」


「そうですか。では先に僕が行かせてもらいます」


 なんだか妙にやる気……のようなものを感じさせながら、根本は舞台へと上がる。

 奴が手にしているのは、タンゾータイプの武器であるメイスだ。

 ……まあ、どちらかというとハンマーって感じなんだけどな。


 根本が舞台に上がると、然程間を開けずに次のゴブリンが解放される。

 今度のゴブリンも武器一つないというのに、馬鹿の一つ覚えのように真っ直ぐ根本へと向かっていく。


 なんだ?

 ゴブリンにはそういう習性でもあんのか?


 まっすぐ向かってくるゴブリンに対し、根本は少しへっぴり腰になりながらも、手にしたハンマーを振り下ろす。

 訓練の成果なのか、敵がまっすぐ向かってくる状態でも、目を閉じたりはしていない。

 その結果、しっかりと狙いを定めて振り下ろされたハンマーは、ゴブリンの脳天にぶち当たった。


 頭部を真上から思いっきり撃ち抜かれたゴブリンだが、床に倒れた後もまだ手足をバタバタと動かしているので、今の一撃だけでは死んでいないようだ。

 そんなゴブリンの様子を固まった表情で見続ける根本に、教官が声を掛ける。


「どうした? まだそのゴブリンは生きているぞ?」


「……ッッ」


 教官の声に操られるかのように、根本はフラフラと前へ歩いていくと、追加のハンマーの一撃を哀れなゴブリンへと振り下ろす。


 一度……二度……。


 根本がハンマーを振り下ろす度に、鈍い音が俺らのいる所まで聞こえてくる。

 まるで感情が抜け落ちたような根本の表情は、いつもの作り笑いとは程遠い。


 やっている事が事だから、そういった表情になるのもおかしくはないのかもしれないが、俺にはどうもその表情の根本が自然に感じられた。


「よし、もういいぞ。そいつはもう死んでいる」


 教官の声で我に返ったかのように、根本は動きを止める。

 鈍器で殴ったというのに、頭部が派手に潰されてしまったせいか、さっきの火神の時以上に緑色の血が辺りに飛び散っている。


 おい、根本よ。

 お前のせいで、益々他の連中の顔面がブルーになってるぞ。


「お待たせ……しました。次は大地さん……ですか?」


「お前なあ、周りを見てみろよ。お前のせいですっかりdonbiki.comだぞ? 叫びながらとかならまだしも、無言で延々叩き続けるもんだから、余計お前のシリアルキラー感が強まったじゃねーか」


「は、ははは……。そう、ですかね?」


 根本の返事はまだ力ないものだったが、表情に色が差し始めたので、少しは立て直してきたか?

 ま、野郎の事なんざどーでもいいんだが。


「ほれ、どけ。次は俺がサクッと華麗に倒してくるわ」


「期待してますよ」


 そう言って根本は舞台袖へと引っ込んでいく。


「次はお前か。よし、少し待て」


 すでに次のゴブリンの準備の為に、兵士が舞台へと誘導をし終わった所だ。

 俺はそのゴブリンに対し"鑑定"を掛けてみる。


 教官も言っていたし、事前に収集した情報にもあったのだが、ゴブリンの単体での戦闘能力というのは低い。

 成人した町人でも、武器があれば一対一で倒せる程度の強さだ。

 まあ、それはゴブリンの中でも一番ランクの低い奴の話で、ホブゴブリンだとかゴブリンロードともなると、話が違ってくるらしいのだが。


 だが基本ゴブリンは集団でこそ力を発揮する種族であり、俺の鑑定結果もそれを証明するものとなっている。


 ……心臓は人間とそう変わらない位置か。

 他の臓器に関しては、人間にはない器官や逆に人間が持っている器官が無かったりというケースもあったが、基本的に生物である以上弱点というものは存在する。


 俺は先ほどと同じように突進してくるゴブリンの頸部を狙い、鍬を逆向きに持ち替えて、石突の部分で一突きする。

 つか、使ってんのが鍬だから石突っていうのもちと違う気もするが。

 まあとにかく、俺はやる事はやったので、ゴブリンが倒れるのも確認せずに根本たちのいる舞台袖へと歩き始める。


「おい待て。戦闘はまだ終わっていないぞ」


「それは死体を攻撃しろという事か?」


「むっ、何……?」


 俺がその場を立ち去ろうとすると、教官が言いがかりをつけてきた。

 と同時に、瞬時にして命を絶たれたゴブリンが、バランスを維持出来なくなって床へと倒れていく。

 つか、あんた教官なんだし、死んでるか死んでないかの区別も瞬時につかんのか?


「た、確かに息絶えてます!」


「そ、そうか。ならばよし」


 確認に向かった兵士が教官に向けて報告すると、教官は取り繕うようにOKサインを出す。



「どうだ? 華麗だっただろ?」


「……流石ですね」


 俺が華麗にゴブリンを倒して戻ってくると、根本の奴は大分気持ちを立て直したようで、いつもより若干元気がないかな程度の返事をしてきた。


「ちょっとアンタやるわね!」


「私も負けていられません。次は私が行かせてもらいます」


 沙織の武人魂が刺激されたようで、次の戦闘に立候補する。

 相変わらず他の日本人たちはお通夜モードではあったが、時間が経過してきたせいか、覚悟を決めたようなツラもチラホラ見受けられた。


 訓練とは名ばかりの、イニシエーション的な儀式はまだ続いていく。



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